飛語
「タイヘンナコトニナリマシタネ」
最上級飛空艇スキーズブラズニルにて僕たちはジェニファーに出迎えられた。
しかも事情を説明してないのに、知っているような口ぶりで。
きょとんとする僕たちの表情を察してか、ジェニファーは
「ジョバンニサマニツケラタキノウデス。ジョウホウシューシューノキノウガツイテイマス」
「じゃあアリーが今どういう状況か分かってるんだ」
「エエ。ナントモナゲカワシイコトデス。ハッシンゲンハ“ウィッカ”ノヨウデス」
「そこまで分かってるんだ。当たり前だけど、やっぱり救済スカボンズじゃなかったんだ。でもどうして先にウィッカが?」
「ソレニツイテモ、サキホド、イロスエーサトイウカタカラレンラクガ」
「イロスエーサが? なんで?」
アリーが問いかけるが、どうも表情が無理をして取り繕っているような気がしてならない。
からげんきのまま感情が出ているせいだろう。
「アッテ、チョクセツオハナシガシタイ、ト」
「行こう。飛行艇から降りるのは危険かもだけど。ジェニファー、救済スカボンズまで行ける?」
「ソウイワレルトオモイマシテ。ジドウソウジュウヲセットシテオリマス」
「自動操縦? いつの間に!?」
「ジョバンニサマノオチカラデス」
「色々試されてるなあ」
ジョバンニに何度もジェニファーごとスキーズブラズニルを貸している。
ジェニファー《JEN1-4A》に調理機能が付け加えられたと思ったらスキーズブラズニルにも調理場ができ、そしていくつかの個室――そのひとつになぜかジョバンニの部屋までできていた。
その過程でスキーズブラズニルが自動操縦できるようになっていた。ようするに操舵用女形機人たるジェニファーがいなくても、目的地を入れればそこまで飛んでくれるらしい。
簡単にだがジェニファーが説明してくれる。ジェニファー自身も操舵用女形機人の枠を超えて、万能になっていく。
以前はランク7相当の強さを持っていたが、ジョバンニの改良によってもっと強くなっているのかもしれない。
アリーはずっと甲板から下を見ていた。
まるで飛空艇が泳いでいるように雲を割き、進んでいく。
飛空艇に乗る回数がまだまだ少ないからだろう、上から下の景色を見る経験はまだ新鮮だった。
「見えた……」
アリーの言葉につられて、僕も下を眺める。
森の中にある、不釣り合いな六層からなる塔のような建物。その一階から煙が立ちのぼっていた。
「シュウゲキ、デショウカ」
「ちょっと、大変じゃないっ!」
アリーが飛び降りていた。
「アリー!」
「転移させて、着地は任せたわよ」
「ああもう。ジェニファー!」
「ルスバンハオマカセクダサイ!」
「優秀で助かるよ」
僕も飛び降りた。先に先行するアリーをめがけて【転移球】を投擲。もう一方の【転移球】で自分自身を転移させる。
地上すれすれに転移先を設定して、ふたりとも同時に着地する。
「頼りになるわ」
嬉しげなアリーに僕は軽く頷く。その言葉には今までのからげんきもないように思えた。
「こっちである」
不意に声。
茂みから呼ぶのはイロスエーサだった。
「何があったの?」
周囲に誰もいないことを確認して、僕とアリーはイロスエーサの元に向かう。
「デマが出回っているのである」
「アリーのこと?」
「どこまで知っているであるか?」
「どうだろ。ジェニファーはウィッカが関わっているって言っていたよ」
「そこまで知っているであるか!」
イロスエーサが驚いていたが、急いで僕は付け加える。
「そこだけだよ。最初は悪いけど、どころかコーエンハイムさんたちを少し疑っていた」
「無理もないである。とはいえこちらの不手際である」
「不手際?」
「恥ずかしい話であるが、あの時の会話を盗み聞きした集配員がいたである」
気まずそうにひげを触ってイロスエーサは告げる。
「【秘匿領域】を使用していたであるが、同社集配員であれば、断片的にでも聞けてしまうのである」
「じゃあその人が……ウィッカに持ち込んだってことなの? 何のために?」
「理由は分からないである。まじめな商人で集配員の仕事も嫌がってないように見えたである」
イロスエーサは気まずそうに話す。自社の不祥事を話すようなものだ。しかもそれが信頼を気づきあげてきた僕たちとの間に起こってしまった。それが申し訳ないのだろう。
「そういうこともあるわ。それでその子は?」
もう起こってしまった事情に対しては仕方ないと割り切っているのか、それとも諦めているのか、それでも名前を聞こうとするのは何か事情が分かるからだろう。
しかしそれはイロスエーサの口に指を当てて制止がかかる。
「と話は一旦ここまで、また来たである。やつらをどうにかしない限り、中には入れそうもないである」
救済スカボンズの本社の前に数名の冒険者がやってきて「隠ぺいを許すな」「俺たちは騙されない」口々に叫んでいた。
「やつらのせいで死者も出たようである」
「彼らはもしかして……」
心当たりがありそうな僕の問いかけにイロスエーサも静かに告げた。「純正義履行者……である」
「やっぱり。私のせいね」
「むしろこっちの責任である。情報漏洩した結果がこれであるから」
お互いがお互いに申し訳なさそうに見合い、顔を逸らした。
「とりあえず……」
折れた会話をもとに戻すように僕が言葉を続ける。
「あいつらを何とかしよう。中に入らなきゃ。対処するよ」
「心強いである」
***
戦闘はすぐに終わった。アリーとイロスエーサが囮になって向かってきた冒険者に【転移球】を投げて空中に飛ばし、トドメを刺す。
彼らは誰しもが自爆を選択して宙に散っていた。
言い分はこうだ。彼らは他の集配社を懇意にしていて、かつてその集配社がもたらした情報を救済スカボンズが訂正したことがあった。
そのせいでその集配社の情報は信頼をなくした。けれど今回の人災で、むしろその人災を隠蔽しようとしていたのは悪である。
だとしたらかつて訂正したその情報も本当は虚偽だったに違いない。許せない。
真実は分からないが彼らは彼らの正しいと思うことが否定され、そして否定したものこそが実は本当は悪だと決めつけて行動していた。
純正義履行者となった冒険者は悪に思い知らせるために、その思想に染まっていた。
僕たちの言葉での説得もすべて自分たちの意見の否定だと取られ、話し合いにすらならなった。
この戦いは精神的にきつい。アリーもイロスエーサもげっそりとしていた。
おそらく情報を訂正したのはイロスエーサなのだろう。それで他の集配社が信用を堕としたとしても、イロスエーサにはイロスエーサの信念があった。
その結果がこの結末だとやるせない。感謝している人だってきっといるのだろうが、何重の喜びより、ひとつの否定のほうが重く重くのしかかるものだ。
***
「上で皆、待っているである」
黒焦げた一階には誰もいなかった。二階には怪我人とそれを治療する癒術士、そして集配員が多数いた。
視線はアリーに向けられている。情報漏洩があったと言われてもそれは幹部の会議でのことだ。
その会議に自社であれ関わってない集配員たちにとっては他人事だった。
そのせいで巻き込まれた。アリーのせいで巻き込まれた。そう言っているような視線だった。どう見ても笑顔の歓迎ではない。
それでもコーエンハイムが話をしたいのなら、この視線に晒されながら向かうしかない。
アリーには相当きついかもしれない。僕はイロスエーサに連れられて前を行くアリーの顔を見た。
無表情でぶっきらぼうにすら見える表情は、辛さを耐えているのかもしれない。
こういうとき手を差し伸べれない僕は相当の根性なしだ。オドオドしながらアリーと周囲を何度も見て、何かがあったら対処できるように、変に緊張して、ずっとふたりの後へついて上へ、上へ。
アリーが謝罪した部屋を通り過ぎて、ひとつ上の階――最上階へ。名目上は社長室。そんな柄じゃないんだなあ、とか言いながらもコーエンハイムが仕事を行う部屋だった。
そこの扉をイロスエーサが開くと、待っていたのは
「すまない」
土下座したコーエンハイムだった。
その痛烈な謝罪が、アリーの表情を曇らせる。自分の招いたことで、対応しようとしてくれた人が謝罪する光景をアリーは見たくなかったのかもしれない。
けどコーエンハイムの謝罪も対応しては当然だった。それも理解してアリーの表情は複雑になっていく。何も言えないもどかしさがアリーを苦しめていく。
やっぱり僕が押すべきだった。僕は僕で後悔ばかりが募っていく。




