石像
3.
飛空艇はネイレスの言うとおり一時間弱で共闘の園に着いた。艇内の魔方陣に乗ると転送され、浮遊大陸に辿り着いく。ネイレスが上を指した意味をここで理解した。
「ここにある洞窟を二人一組で明日までに突破したら合格。飛空艇が迎えに来るのも明日の朝。合否に関係なく乗り遅れると一週間は迎えが来ない。もちろんそれを見越してか、時間になるとここまで強制転移されるわ。準備はいい?」
「とっくにできてますよ」
鉄球を【造型】した僕は駆けるネイレスの後ろに続いた。
「でどれに入るんですか?」
僕は5つの入口を前にしてネイレスに相談する。難易度が変わったりするのだとしたら独断では決めれない。
「どれでも変わらないような気がするから、キミが選んで」
「じゃあ、左から二番目で」
迷ったときは利き手で選ぶ。という言葉を信じて左を選ぶ。二番目にしたのは一番左だと何か良くないことが起こりそうな気がしたからだ。
「それで行きましょう」
忍士のネイレスが忍術【抜目】を発動。
「罠はないみたいだからそのまま進むわ」
【抜目】によって罠の有無を確認して、疾走。罠に対しての警戒をやめ、魔物のみ警戒に切り替える。
その通路はまるで誰かが造ったように頑丈な壁で整えられていた。一定間隔で壁にかかった蝋燭台に灯された明かりが不気味に迷路を照らす。
もちろん、魔物のうめき声も聞こえる。
「早速お出ましだね」
現れたのはインプの群れ。インペットというのが正式名称で、枝分かれという意味も持っているらしい。サタンから枝分かれして生まれたらしいというのが命名の理由だとか。
悪戯好きとして有名だが、魔法を使おうにも祝詞が分からず、何かを作ろうにも致命的な部分が足りず失敗する。その腹いせなのか悪戯をするはずだった冒険者に対してキィキィと鳴きながら尖った爪で襲いかかるというのが特徴だ。
人間の顔ぐらいの大きさで全身は紫。小指程度の角と、大人の手ぐらいの翼があり、千切れそうなほど細い尻尾の先には大きな三角の尾尻。今にも飛び出そうなぐらい大きな瞳を持つ反面、口は小ぶり、耳は尖っていて鋭い。
僕が観察している間にもネイレスは上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕を両手で持ち、振り回しながらインプの群れへ突っ込んでいく。膝下にいたインプを上へと蹴り飛ばし、上下刀を分解。左に握る短刀〔嘘吐きテアラーゼ〕で蹴り上げたインプを切り裂き、右に握る短刀〔正直者アリサージュ〕で漂うインプを刻む。僕はネイレスの上で警戒しているインプめがけて【速球】を放つ。
【速球】が直撃したインプの顔が吹き飛び、胴体を落下させながら血を撒き散らす。
「ふぅん、結構速い球投げるのね」
「一応、修行はしてましたから」
「なるほど。だったらこのまま援護をお願い」
「分かってます。得意分野ですから」
僕が笑うとネイレスも笑った。
そこからはずっと無言でインプが出ては戦い、倒せば迷路を進み、と手探りで探索をしていた。一時間ぐらいだろうか、ようやく狭い通路から解放され、僕たちは広間へと出る。
僕たちが広間へ入った途端、地鳴りが響く。入口が封鎖されたのだと分かったのは後ろを振り返ってからだった。
「正面に続く道はないね」
ネイレスが呟く。
「どうする? 引き返せないだろうし。唯一、行けそうなのは上だけど」
僕が見上げるとそこは今までの土壁もなくになっており夕日が差し込んでいた。
「うーん、上によじ登っても意味ないと思うわ。それよりも少し待ってみましょう」
「なんで?」
「待っていれば分かる」
ネイレスに言われた通り、少し待ってみることにした。
「ここは? 行き止まりか?」
「そうなのかな?」
右側の壁が開き、出てきたのはアルとリアン。
「あんたたちはここで何を?」
「待っていれば分かるわ。あと一組到着したら始まると思うから」
「何が始まるって言うんだ?」
アルがネイレスに尋ねる。ネイレスが答えを言う前に左側の壁が開き誰かが出てくる。
「おやおや皆さん。おそろいで」
「残念だけどバッドエンドだねぇええ」
現れたのはセレッツォと名の知らない女性だった。インテークの桃髪に布製の黒鴉の額当をあつらえ、鼻には絆創膏を貼っていた。
「最後の一組があんたらなんて最悪」
「どういうこと?」
「ブラジルさんが三組六人で力を合わせて戦う場所があるって言ったの。それってたぶんここのことだと思うの」
「それがどうかしたの?」
僕はさらに続く言葉を待つ。
「それは別にいいの。問題はセレッツォとハイレムよ」
「何が問題なの?」
「あいつらは情報収集をしながら戦いの邪魔をする正真正銘の邪魔者。一緒になんて戦ってくれないの」
「ご謙遜を。大丈夫ですよ、永遠の新人ネイレス・ルクドー。私ども、邪魔は致しません」
「そうそう、あちきらはただお前らが苦戦する様を楽しんで、記事にして貶めて、さらにお前らの技を流布して冒険者としての価値を辱めるだけだよぉお」
「それを邪魔するって言うのよ」
ネイレスがセレッツォたちへと向かおうとする最中、それは上空から現れた。
獅子と豚を足して二で割ったような顔を持ち、人間によく似た屈強な身体は狼の毛を生やしていた。その全ては灰色でまるで石像を思わせる。その石像のような悪魔の化身の目は赤く輝き、不気味さを感じさせた。ガーゴイルだった。
ガーゴイルは蝙蝠の羽を何倍かぐらいしたような強大な翼を羽ばたかせてゆっくりと地面に着地。醜悪な顔で僕たちを一瞥し、舌をなめる。そして不気味に笑った。
「こいつらをどうにかしたいところだけど、来るわ」
ネイレスはセレッツォたちへ向かうのをやめ、舌を打つと上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕を構える。
僕も鉄球を【造型】。ふと〈双腕〉だということをネイレスに言ってないことに気づいた。しかしそれどころじゃないだろう。
アルが刀剣〔優雅なるレベリアス〕の柄に手を当てる。よく見れば鞘に半分だけ刀剣をしまっていた。島に居たときとは違うスタイルだった。
リアンも白銀石の樹杖〔高らかに掲げしアイトムハーレ〕を構え、辺りを警戒する。誰かに弟子入りし、心得でも聞いたのかもしれない。顔つきも違って見える。
セレッツォもとりあえず短剣〔兎耳のレーナ〕を握り締め、ハイレムも革鞭〔何も知らないアージゼット〕を準備運動がてらなのか、二、三回地面に叩きつけた。
ガーゴイルの笑みがさらに歪み、突如姿が見えなくなる。標的を決めたガーゴイルの鋭利な爪がアルを強襲。アルは瞬時に刀剣〔優雅なるレベリアス〕を引き抜く。ガーゴイルの手の平に刀剣の刃が刺さるも、切断には至らない。ガーゴイルの石壁のような皮膚が硬すぎるのだ。それでもガーゴイルの歪んだ笑みが苦痛と悔恨の笑みに変わる。ガーゴイルは自分の硬さに自信を持っていたようだ。
逆にガーゴイルの強襲を防いだアルが笑みを浮かべる。再び刃を鞘に戻すとリアンの手前まで後退。再び柄に手を当て、構える。ガーゴイルは警戒したのか、獲物を変えようと視線をめぐらす。
僕とネイレスは気づかれないようにガーゴイルの背後へと迫っていた。ネイレスが上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕を下から上へ振り上げ、ガーゴイルの股間を狙う。殺気を感じたガーゴイルは瞬時に翼をはばたかせ、飛翔。
それよりも早く、僕はガーゴイルの頭上へと【速球】を放つ。当たる直前に球の存在に気づいたガーゴイルはわずかな時間で体勢を逸らす。しかし気づくのが遅すぎた。避け切れなかった右腕の骨を僕の【速球】が破砕。
怒りの咆哮をあげるガーゴイルに迫るのは、リアンが詠唱していた攻撃魔法階級4【炎帝】の魔法。炎を象った人型が飛ぶようにガーゴイルへと迫る。咆哮をやめ、急降下するガーゴイルの下には刀剣を構えるアル。それを見てガーゴイルが急降下を急停止。合わせるようにアルが飛び出す。
「【新月流・上弦の弐】!」
アルが鞘から刀剣を抜き、そのままガーゴイルのいる上方へと切りかかる。
「キャハハ」
その型を見てハイレムが笑う。
「笑うのはやめるべきですよ、ハイレム」
「無理でしょ。というかあの耄碌ジジイまだ生きてやがったんだぁあ」
アルは【新月流・上段の弐】を繰り出しつつも何かを知っているふたりを一瞬だが睨む。それがまずかった。ガーゴイルの回避に時間を与え、刀剣の狙いが逸れる。ガーゴイルの胴体には直撃せず、すでに骨折した右腕の付け根にしか到達しない。
胴体切断を回避したガーゴイルが一休みする暇なく背後から炎が強襲。正体はアルが攻撃する前にリアンが発動していた【炎帝】。若干の追尾性能を持つ【炎帝】がガーゴイルの急降下に合わせて追尾していたのだ。
衝撃で地に倒れるガーゴイルだが、黒煙が晴れるとともに立ち上がり、怒りの咆哮をあげる。
「そろそろ行きますか、ハイレム」
「そうね、セレッツォ」
鞭を何度も地面へと叩きつけるハイレムと、短剣を舌で舐めるセレッツォがガーゴイルを無視し、リアンのもとへと向かう。魔法という高火力を持つリアンに何かするつもりだった。
「あいつらっ!」
ネイレスが怒り狂ってセレッツォたちへと向かい、
「師匠を愚弄した償いはしてもらう。それにリアンに手は出させない」
自分の剣技を嘲笑されたことと、リアンを守る使命感からか、アルもセレッツォたちを警戒する。
「キャハハ。耄碌ジジイの剣技であちきがどうにかなると思ってるのぉお?」
「無駄口叩いているとあんたが死ぬわよ」
ネイレスが目にもとまらぬ速さでハイレムの背後へと近寄っていた。
「私もお忘れですよ、ネイレス」
セレッツォがネイレスの背後に回る。
「あんたはガーゴイルを忘れてるわ」
ネイレスの背後へと回ったセレッツォの目が見開く。
普段は冷静なはずのセレッツォも因縁めいたネイレスの邪魔をしようと執着してしまい、周りの警戒を怠っていた。しかもネイレスはそのセレッツォの執着心を利用し、さらにガーゴイルの動きを読んでセレッツォを嵌めていた。
ガーゴイルの高速から放たれた蹴りがセレッツォに直撃。ガーゴイルのつま先の鋭い爪が斬撃となってセレッツォの腹を抉り、吹き飛ばす。
その方向には僕がいる。巻き込まれるだなんて痴態を晒す意味もないので【転移球】で回避。セレッツォはそのまま壁に激突する。
「セレッツォ!」
いつもはおどけているハイレムが真剣な声色で叫ぶも、ネイレスの刃がそれ以上の言葉を遮る。
「あんたも殺しはしない。だけどおとなしくはしていて貰うわよ」
刃を翻し【峰打】を繰り出すネイレスによってハイレムは気絶。
戦闘不能に陥ったハイレムとセレッツォだが、この一瞬の邪魔が致命傷。ガーゴイルがセレッツォを蹴飛ばした後、向かった先はリアンだった。
ネイレスは丁度ハイレムを気絶させていた頃で、いち早く気づけたアルでさえも少し距離があった。僕とリアンの距離は一番離れていたが、瞬時に身体が反応した。【転移球】をふたつ同時に【造型】。間に合うかどうか心配だが、全身全霊で【転移球】を放つ。
高速で自分に近づいてくるガーゴイルに気づいたリアンも距離を取ろうと逃げるが幾分遅い。ガーゴイルに追いつかれる間際、僕の放った【転移球】がリアンに当たり効果発動。しかしガーゴイルの爪の先がリアンに触れていたのか【転移球】によってガーゴイルも転移してしまう。けどそれすらも予測して【転移球】をふたつ用意していたのだ。
僕はリアンに【転移球】を投げた直後、もうひとつの【転移球】をアルへと放っていた。転移先は転移後のリアンの傍。ふたりが引き合うように僕はふたつの【転移球】を投げていたのだ。
転移したリアンが一緒に転移されたガーゴイルに蹴飛ばされる瞬間、アルの転移が終了。アルが鞘から素早く刀剣を引き抜くと、瞬時にガーゴイルの左足を切り裂く。しかし一歩間に合わずリアンが蹴り飛ばされてしまう。左足を切断されたガーゴイルは痛みによって動きを停止。
「大丈夫か」
アルが急いでリアンのもとへと向かい声をかけていた。
その間にネイレスがガーゴイルに迫る。
ネイレスがトドメとばかりに上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕を振り上げるも手に痛み。上下刀はガーゴイルに当たるどころか、そのまま宙へと放りだされる。
「クソ女っ! 【死振】だったのね!」
ネイレスが睨む先には気絶したとばかり思っていたハイレムの哂う姿。【峰打】で気絶したのではなく盗技【死振】によって気絶を演じていただけだった。
トドメの一撃を邪魔するが如く、革鞭〔何も知らないアージゼット〕でネイレスの手を殴打していたのだ。
武器を失い、ネイレスは現在無防備。最接近しているガーゴイルは嘲笑を浮かべ、急上昇。すぐさまネイレスめがけて急降下していた。
リアンの怪我の具合を見るために【転移球】を、治療のために【治療球】をすでに【造型】していた僕は他の球を【造型】することはできない。それにどちらかを投げた後に【速球】を使ったとしても間に合わないと経験からかそう判断していた。
焦りのなかで冷静に思考を巡らす。そして辿り着いた。何も投球する必要はない。
僕は【転移球】を自分に放ち、ガーゴイルの頭上へと転移。あたりを見回し、それを見つける。ハイレムの邪魔によってネイレスの手から離れ、宙を漂い、今まさに落下しようとしていた上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕だ。それを掴むと掴み所が悪かったのか、短刀〔嘘吐きテアラーゼ〕と短刀〔正直者アリサージュ〕とに分解される。僕が掴んでいたのは短刀〔正直者アリサージュ〕だけ。慌てて【治療球】を手放し、なんとか短刀〔嘘吐きテアラーゼ〕を掴むと、そのまま落下。
そこで自分の考えが欠如していたことに気づく。僕の落下よりもガーゴイルの急降下のほうがネイレスに到達するのが早い。
ネイレスへとガーゴイルの蹴りが直撃。
僕は自分の思考の甘さに唇を噛締めるが、蹴りの犠牲になったのはネイレスではなくネイレスが着ていた隼の外套〈整〉を羽織った丸太。ネイレスは忍術【空蝉】を発動し、回避していた。それを確認した僕は安堵するとともにそのままガーゴイルの背めがけて落下。二本の短刀がガーゴイルの背中へと突き刺さる。悲鳴をあげながらガーゴイルは暴れ回り、僕を振り落とす。
背中を強打しながらもなんとか立ち上がると、さらし姿のネイレスがこちらに笑みを浮かべ、ガーゴイルへと向かっていく。ガーゴイルの背中から二本の短刀を引き抜くとバク転してこちらへと戻ってくる。
「もう一息よ」
ネイレスの言葉を体現するかのようにガーゴイルには以前のようなすばしっこさはなかった。
目つきに宿る闘志や殺意は消えてなどいないが、立つだけで精一杯のように見える。右腕は付け根から消失。左足も踝から下がない。背中の刺し傷からは赤い流血。翼は若干ながら焦げていた。
「キェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!」
ガーゴイルが四方八方に衝撃波を放つ。衝撃波を避け切れなかったハイレムが気絶する姿が見えた。【死振】の可能性も否めないが、避けるのに必死で確認できそうもない。衝撃波が止まるとガーゴイルの姿が変貌していた。
満身創痍の身体に充満する殺意が流血を止め、筋肉を肥大させていた。素早い動きで今まで戦っていたとすれば今度は力で押そうとしているのだろう。
「援護をお願い」
僕が頷き、ネイレスが駆ける。
「俺も行く」
僕の左をアルが駆ける。
リアンも立ち上がっていた。僕が二本の短刀をガーゴイルに刺した際に手放した【治療球】がリアンに当たったのだ。手放す際にリアンを対象としていたからだろう。援護技能と同じく回復技能も対象を追尾する。手放したために速度はなかったが、それでもゆっくりとリアンのもとへと向かっていたのだ。
しかしリアンの足はおぼつかない。回復量が少ないというは本当らしい。それでもリアンは詠唱を始める。
「精霊さん、精霊さん、私の声が聞こえますか」
ガーゴイルが片足で飛び跳ね、前進する。筋肉が肥大しているためか、歩くたびに床に足跡が象られる。それは細身の身体に強大な力が凝縮しているようにも見えた。
ネイレスが上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕を振り下ろすとガーゴイルは折れていない左腕で刃を受け止める。アルも刀剣〔優雅なるレベリアス〕を振り上げ、ネイレスの刃を止めたガーゴイルの左腕を狙うが、それすらも筋肉の増大された左腕に止められ、切断に至らない。
ガーゴイルがネイレスへと蹴りを放つ。ゆっくりとした動作で放たれたその蹴りをネイレスは避けるが増大された蹴りから放たれた衝撃波がネイレスの柔肌に切り傷を作る。
アルはそれを見て後退。瞬間、ガーゴイルが何かを口から高速で射出。アルの肩をかすめ、壁へと付着。付着した壁が溶ける。それはガーゴイルから吐き出された【酸性唾】だった。
「リアンの魔法に頼るしかないのか?」
切断できなかったアルが無念そうに呟く。僕は【治療球】でふたりの傷を癒すも気休めにしかならない。
「今度は僕も行く」
リアンの護衛もしていた僕も今度は攻撃へと参加することにした。リアンの魔法もおそらく完成間近のはずだ。ネイレスとアルが僕に同意。駆けるふたりとは違い、立ち止まるとガーゴイルを見据える。
「狙うのは眼球に、耳。筋肉を増大させたとしてもそこは鍛えられないわ」
ネイレスがアルに指示。
「一点集中なら得意だ」
「そう見えたからあなたに任せるのよ」
「霍乱を頼めるか?」
「それはアタシの得意分野」
上下刀を短刀〔嘘吐きテアラーゼ〕と短刀〔正直者アリサージュ〕に分解。両手にそれぞれ一本ずつ持つとアルよりも速度を上げてガーゴイルに向かう。
ガーゴイルが笑みを零すとネイレスの身体に蹴りを放つ。直撃したネイレスだったがそれは【煙分身】によって生み出された残像。後方に現れたネイレスがガーゴイルの背中に一撃。しかし筋肉を肥大させた身体を貫くことはできない。ガーゴイルが回転し、左腕で後方にいたネイレスの身体を切断。脆く崩れたネイレスの身体はまたしても分身、【煙分身】よりも緻密に作られた【影分身】。途端、地中からガーゴイルの顎を狙い、ネイレスが飛び出す。【潜土竜】によって地中に潜んでいたのだ。
ガーゴイルの顎へとネイレスの短刀〔嘘吐きテアラーゼ〕が直撃し、ガーゴイルの身体が微弱ながら宙に浮く。そのままネイレスは跳躍。短刀〔正直者アリサージュ〕を握る手が素早く動き印を結ぶ。
宙に浮いたガーゴイルをアルは刀剣の範囲内に収めると立ち止まり、柄を握ったまま目を瞑る。あまりにも無謀な行為だがそれを援護するかのごとく僕が【煙球】を展開。ガーゴイルの視界を封じアルの特定を防ぐ。
次いで【毒霧球】を発動。微弱な毒だと判断したガーゴイルはその霧を無視。この程度の毒はガーゴイルには効かないらしいが、ガーゴイルが毒だと判断する時間を与えるのが僕の目的。
――準備は全て整った。
アルの目が見開く。着地したガーゴイルの両目を刀剣が一閃。それは剣技ではなく、アルが極限の集中により高めた一撃。
ガーゴイルは痛みに喘ぎ、空を見上げる。
その瞬間、ネイレスが紡いでいた印が完成。短刀〔正直者アリサージュ〕が雷を帯びる。ネイレスはそのまま短刀をガーゴイルへと向けて放つ。【伝雷】によって雷を帯びさせたのだ。それは若干ながら魔法剣に似ているが、魔法剣と違い、すぐ投げなければ自分もその帯びた雷で傷を負う諸刃の剣。放たれた短刀は痛みに喘いでいたガーゴイルの口腔へと突入。途端、雷が全身を焼いていく。
さらにガーゴイルの全身に衝撃。リアンが攻撃魔法階級4【雷疾】を発動させたのだ。【突雷】を超える速さでガーゴイルの肢体を雷が貫く。内外からの雷が、ガーゴイルの全てを焼き焦がしていく。
地面へと倒れるガーゴイルだが、再び立ち上がる。僕たちはその光景に戦慄した。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアグォオオオオオオオオォ」
最後の雄叫びが断末魔となって部屋に響く。
ガーゴイルが再び倒れる。ガーゴイルは死ぬまで敵意と殺意を向けてきた。
途端、地響き。僕たちが入ってきたのとは逆の壁に三つの入口が現れる。
「倒したら開く仕組みか」
「好きなのを選んでいいわよ、あなたたちから」
ネイレスがアルに選択権を譲るとガーゴイルの身体を引き裂き、中から血に塗れた短刀〔正直者アリサージュ〕を取り出す。
「先に選んでいいのか?」
アルが再度確認するがネイレスは頷くだけに留める。
「行こう、リアン」
アルがリアンの手を引き、一番右の入口へと入るとその扉が閉じる。
「アタシたちも行くわよ」
隼の外套〈整〉を着直したネイレスさんに促され、真ん中の通路へと僕は駆け込んだ。
「あのふたりは拘束とかしなくても良かったの?」
「拘束なんてしなくてもあいつらはこの通路を選択できないわ。入った途端、扉が閉まるの見えたでしょ?」
「追ってこないからそうする意味がないってことですね」
「そういうこと」
僕たちの会話はそこで途切れる。またもやインプがその進路を阻んでいた。
ここからはまたネイレスとふたりっきりだ。