悪女
***
「集まってくれてありがとう。そして獄災四季を倒してくれてありがとう。そしてごめんなさい」
アリーの第一声はそれだった。感謝されど謝られる理由が思いつかない面々は怪訝な顔をしたが、指摘せず続きを待った。
獄災四季の黒騎士と戦い、そして生き残ったほぼ全員が集配社・救済スカボンズの一室に集合していた。。
ほぼ、がつくのはリアンは慰霊祭の準備に追われ、アルは付き添い。負傷者は治療中のために入院。アエイウは「行くか」と一蹴したため、この場にはいない。
場所提供をした救済スカボンズのコーエンハイム、イロスエーサにウイエアと秘書のアギレラもその場にはいた。
アリーとレシュリーの帰還の報せに慰霊祭と併せてランク9冒険者の誕生を盛大に祝おうとしていた計画していた救済スカボンズだったがアリーからの招集、神妙な顔に祝うどころではない何かがあると察した。
集配社の社長のみが使用できる【秘匿領域】が部屋には展開されていた。
この結界によって救済スカボンズ以外の集配社は暗号化されたこの結界の内容を盗み聞きすることはできない。ランク9冒険者の誕生はどこの集配社も狙う号外だからだ。
「今回の獄災四季の黒騎士の出現の原因は私にあるの。全部、全部私のせいなの」
「ううん。アリーだけのせいじゃない、僕にだって原因がある」
「待ってほしいんだなあ。こっちは混乱してるんだなあ。それはもしかして断罪の黒園に関係してるのだなあ?」
「そう。順を追って話すわ」
アリーは丁寧に、誤解がないように断罪の黒園について語りだした。
まずは断罪の黒園の主は黒騎士だったこと。そして黒騎士が他に三人封印されていたこと。
「そして断罪の黒園に挑戦するためには、ある条件が必要だったの」
「ある条件……」
勘のいい何人かの冒険者はアリーが告げんとせんことをなんとなくであるが察した。それでも余計な言葉はいれずに、アリーの言葉を待っていた。
「そう。それはスイッチを押すこと」
それだけ聞けば、だったら押せばいいと思うかもしれない。けれどアリーの神妙な表情。そして感謝と謝罪を聞いているからこそ、そのスイッチがそう簡単に押せるものではないと察していた。
「そのスイッチを押すと黒騎士の封印が解かれて、世界に解き放たれるの」
ごくっ、と唾をウイエアが呑んだ。緊張感に押しつぶされそうになっているのだろう。
「そして私が押した」
「なぁぜなぁぜ?」
泣き声だった。ナァゼ・ナァゼは泣きながら問いかけていた。獄災四季を楽勝で倒したわけではない。当然、犠牲が出た。
絶倒世代と期待された聖櫃戦九刀は全員が獄災四季に挑み、ふたりを残して全滅した。当然、聖櫃戦九刀の活躍なくしてこの平和はない。
けれどそもそも、とナァゼ・ナァゼは問うのだ。
なぜ押したのか、と。
それは至極当然な質問だった。世界が危機に瀕するなら、押さないほうがいい。押さずに引き返すことだってできた。
「それはできなかった」
「なぁぜなぁぜ?」
続けて問う。
「押すのを諦めたら、私とレシュは冒険者という資格を失う。そして引き返した時点で口外もできなくなる」
「でも、押したら……」
「そう黒騎士が世界に解き放たれる」
「レシュたちが助けに行くことはできなかったであるか?」
「出ることも禁じられていた。諦めて二度と挑戦しないか、世界を他の冒険者に託して見守るかの二択しかなかった」
「そして私は諦めれなかった」
「どうしてそこまで……」
秘書のアギレラが問う。
「冒険者だからよ」
それ以上の答えはなかった。そしてそれ以上の答えを誰も求めなかった。秘書のアギレラでさえ冒険者だ。イロスエーサやウイエア、コーエンハイムだって集配社を運営しているが本質は冒険者だ。
「それに気休めかもしれないけど、私はあんたたちを信頼した。十分勝てるって」
アリーも泣きそうだった。いつも気丈なアリーの弱弱しい姿と、今までの信頼関係を盾にしたような言葉だったが、それでも一流の冒険者に
そこまで信頼してもらえていただけで、責める言葉はなくなった。
「で、私たちが勝ったから、ふたりに挑戦権が得られた、と」
「それは違うよ」
ネイレスが続けた言葉にレシュリーが首を横に振って否定。
「僕たちだけじゃない、この世界にだよ」
「それ詳しく」
「簡単な話。獄災四季に勝った世界は、以後断罪の黒園に挑むときは、中にいる黒騎士ひとりを倒せばいいってこと」
ひゅ~♪ とコーエンハイムがらしくなく口笛を吹く。
「それはいい情報だなあ。そんな情報があるのに、お嬢ちゃんのことだ。自分が全部背負おうとしてるだろ。それは問屋が卸さないんだなあ」
「どうしたいの?」
「お嬢ちゃんを悪者にするのは簡単だ。けど世界はそう簡単にできてない、これは善悪じゃない問題なんだよなあ」
「……そう」
アリーは少し安堵する。もっと糾弾されるものだと思っていた。世界を危機に陥れたのは事実なのだ。
コーエンハイムの言葉で少し雰囲気が和らぐ。
「勝手にすればいいわ」
意外と味方がいてくれたことに顔がにやけそうになったけれど、それでもアリーはぶっきらぼうにそう答えた。
「でちょっともっと詳しく話を聞かせてほしいんだなあ」
それを皮切りにコーエンハイムは質問を繰り出す。
まず聞いたのは断罪の黒園で戦った黒騎士のこと。
ふたりが戦った黒騎士カンベエは情報が少ない。カンベエ・ヤギユウもβ時代の冒険者だったこと、その当時の空中庭園が閉鎖的だったこともあり元となった冒険者の人物像すらわからない。
「獄災四季に秋がなかったのはどうしてなんだなあ。春夏冬で秋ない……商いに影響がある、つまり不況になるという推測もしたけれどどうにも違うみたいだなあ」
次にコーエンハイムは自分の推測も重ねて秋がなかったことを尋ねる。
レシュリーがその推測が面白かったのか、少し笑って「百年経過してるから緩和された」と教えると「はっはっは。世界改変みたいだなあ。ん? ということはじゃあ、二百年、三百年前はどうだったんだろうなあ。断罪の黒園はそもそもその頃にあったのかなあ?」
コーエンハイムの畳みかけるような疑問質問にレシュリーも苦笑いするしかなかった。
けれどそうやって疑問に疑問を重ねるからこそ、質の良い情報を提供できるのだろう。
それと、とアリーはリアンについても語る。この場にこそいないがリアンこそが本当に世界を救ったと。
「あの結界か……」
ランク7に至ってないアギレラなどもいるため特典そのものについては認知できないが、結界自体はごくありふれているので視認できた者が数多くいる。
さらっとその性質についてアリーは説明をはじめ、そしてそれこそが王族しか覚えれず、獄災四季のときにしか役に立たなかったものだと告げる。
その特典を、レシュリーたちが断罪の黒園を受ける前に取得しに行ったことを付き添った聖櫃戦九刀は知っている。
もしその特典がなかったら、と想像して聖櫃戦九刀のふたり――レイシュリーとナァゼは震える。なかったら被害はもっとおぞましいものになっていたに違いないのだ。
「なるほど。それは多くは語れないだろうがなあ……それについても記載しよう。なかなか調整が難しいところだよなあ」
どう情報を世界に配信していくか、それはコーエンハイムたち集配社の仕事だった。
「忙しくなるである」
と一言。アリーとレシュリーを含め、その場にいた冒険者たちはポンと部屋から追い出された。
***
イリュリアノー・マクファーレンがその部屋の前にいたのは偶然だった。
アリーたちをその部屋に案内する役目がイリュリアノーだった。
本来なら、立ち聞きはしない。
けれどアリーたちが断罪の黒園の生還者だったと知り話は変わった。
決して中の誰にも悟られないように、聞き耳を立てる。扉越しの会話は噂話のようなものだ。真実も事実も聞き取れるはずがない。
それでもイリュリアノーは知りたい。
ジゼル・マクファーレンが冒険者を辞めた理由を。
アリーの言葉は断片的に聞こえてきた。【秘匿領域】は自社の社員を適用しない。扉や壁という物理的な遮断のみで、聞き耳を立てれば通路からでも聞こえることをイリュリアノーは知っていた。
断片的にわかったのは、アリーがスイッチとやらを押したから黒騎士は世界中に現れたこと。そして押さなかったら冒険者を辞めざるをえないこと。
それだけでもジゼルが冒険者を辞めた理由を理解できた。
ジゼルは自分の使命より世界の平和を守ったのだ。
けれどアリーは違う。世界の平和より自分の利益を優先したのだ。帰還したアリーはランク9になっている。今やトップランクの冒険者。誰からも尊敬されるだろう。
だのに、ジゼルは――自分の先祖は、世界最速の冒険者は――もはや誰の記憶にも残っていない。結果的に世界を救ったのに。
許せない、許せない、許せない。悪女め! 悪女め! 悪女め!
社長であるコーエンハイムがアリーを悪女と糾弾するのかと思いきやそういう方向でもっていかないらしい。
なぜだか知らない。扉越しでよく聞き取れなかった。
それにイリュリアノーは冒険者ではない、商人だ。実はアリーがスイッチを押し断罪の黒園を突破したことで、試練は緩和された――それが冒険者全員の利益になると聞いてもイリュリアノーには理解できなかっただろう。
実は冒険者の全体のランクが向上することは市場経済の活性化や新規開拓にもつながるのだが、イリュリアノーは商人としても一流ではない。
何より、怒りが体中を支配していた。
許せない、許せない、許せない許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない。
英雄になれなかったジゼルの無念を勝手に汲み取ってイリュリアノーは激情のまま走り出す。
救済スカボンズはもう頼りにならない。
自社で得た情報を他社に売り込むのは当然ご法度だが、そんなのもうイリュリアノーには関係なかった。
かつてNo.1の集配社だったウィッカ。立て直しを図ろうとしているそこにイリュリアノーは駆け込んだ。
流行らないものでも流行らす、が今の信条の新生ウィッカは救済スカボンズのイリュリアノーの駆け込みを訝しんだ。
けれどもたらされた情報に、そしてイリュリアノーの裏切りに喜びが満ち満ちていた。聞いた全員が悪い笑顔をしていた。
その情報の何パーセントが事実で、何パーセントが真実なのか、それはどうでもいい。確認なんてしない。
現在トップクラスの冒険者と、それを隠蔽しようとした現No.1の集配社の不祥事。
それが一度に手に入ったのだ。
再起を図るにはちょうどいい。悪い意味でかつてのブラギオ・ザウザスの手腕を受け継いで、その情報は悪意となって流布される。救済スカボンズよりも早く。
世界の危機ともいえた災厄――獄災四季は人災。
その人災は自分がランク9になるためにひとりの悪女が起こした。その女の名は――アリテイシア・マーティン。
しかもその情報は懇意の救済スカボンズが隠蔽しようとしていることが救済スカボンズの元集配員から我々の元にもたらされた。
イリュリアノー・マクファーレンが起こした騒動は祭りを止めるほどに怒りを止める。
「アリテイシアを殺せ!」「とんだ裏切りだ」「許すな!」
冒険者の幾人が声をあげ、それも情報とともに伝播していく。




