余韻
***
「よく……勝てたね」
黒騎士カンベエの倒れる瞬間を目撃した僕は痛みを我慢してそう労う。
「ホント、それ。あんたのフォローがあったからかも。護謨球……なんなのよそれ」
「レイシュリーと戦っていたことを思い出した。あの時もたぶん殺意は乗っけてなかった。それでも黒騎士が魔物でも人間っぽいなら気になるかもって」
「レイシュリーに喧嘩売られたのもの経験になってたのね」
「経験って……」
知らず知らずのうちに頬はほころんでいた。
ふたりとも生きていて、そして史上初のランク9への到達。前人未到の域だった
「そういえば口上は決まってたよ」
調子に乗って言ってみる。
「たたっ斬るわよ?」
製紙与奪を握られているんじゃないかとかんちがいするほど身の毛もよだつ顔でアリーが睨みつけてきた。
「はい、ごめんなさい」
惚れ直すぐらいに恰好良かったんだけどな、と続く言葉はひっこめて、頭を下げて謝る。傷がまだ痛むけれど頭を下げたときに顔をしかめたのはばれてないはず。
「立てる?」
謝ったことで機嫌を戻してくれたのかアリーは手を差し伸べてくれた。
差し伸べた手を握ったまま立ち上がる。柔らかながらしっかりと武器でつぶしたのだろうタコなのか硬さもあって、なるほどこれが強さなのだなと実感する。
「ありがとう」
立ち上がった勢いでまだ痛むが泣き言は言えない。アリーも足を負傷している。完治しないまま、黒騎士カンベエを倒していた。
アルルカやルルルカが持つカジバの馬鹿力のような得体のしれない力をアリーもそのときばかりは発現したのかもしれない。
もしかしたら超感覚の熟練度を上げていけば今後もそういうことが起こるのだろうか。
「もう宝石は出てるみたい」
黒騎士カンベエの遺骸は消え、そこにはふたつ純白色の宝石が出現していた。
「今まで一番きれいかも」
アリーはずっと僕の手を握ったままその宝石を見つめる。
「一緒に取りましょ」
アリーにしては珍しかった。アリーがそんなことを言うなんてらしくない、そう思ったのだ。
それでも
「せーので行こう」
賛同する。アリーが右で、僕が左で
「せーの」
一緒にその宝石を握る。ランク9の証明。名前は〔次々と失っていく〕。失い続けてきた僕たちがまだ失い続けると暗示しているようで怖かった。
「はぁ」
手に入れた嬉しさよりもこれから起こることを想像して、アリーは自然とため息が出ていた。
手はまだ離そうとしない。
もしかしたら、これから話す覚悟を決めていたのかもしれない。握った手は震えていた。
「帰ろう……」
引っ張られるように気を落として告げると
「もう少し、いい?」響いた声に弱さがあった。
「分かった。いいよ。アリーの準備ができるまで、ずっとこうしていよう」
「うん」
僕の提案にアリーは静かに頷いた。
近くの段差に腰をかけて手は握ったまま。
最初はお互いに黙っていたけど、沈黙のままは気まずすぎて、自然といろんな話をした。
他愛無い話。お互いに知っている話もしたし、知ってたようで知らない話もあった。
とにかくいろいろ話をして、アリーが自分から「行こう」というまでずっと話をし続けていた。
***
世界はお祭り騒ぎだった。
何十年にあるかないかの大災害。いや何百年に一度かもしれない大災厄だろう・
黒騎士と呼称される魔物とともに季節が狂い、猛威を振るった。自然災害の恐ろしさは歴戦の冒険者さえも簡単に殺す例がいくつもあった。名もなき村々が自然災害で簡単に消滅するという記録すら残っている。
下手をすれば世界は壊滅していた。
獄災四季と呼ばれるようになるそれはそれは恐ろしいもの、だった。
その災厄はリアンの結界、そして歴戦の冒険者たちによって食い止められた。
誰かが提案した。多くの冒険者がなくなったが、彼らの功績があってこそ、黒騎士は止められた。
もちろん、何の予兆もなかった獄災四季がどうして発生したのか、現時点では誰も知らない。
ただ、世界の壊滅を、最小限で抑えられたことに感謝して、慰霊祭が開かれていた。
「慰霊碑を建てよう」
そんな発案から。石工が中心となって、戦いの中心地であったウィンターズ雪原、ユグドラド大森林、コウデル広野にそれぞれ建てられた。
そこに亡くなった冒険者の名前が刻まれる予定だ。
「聖女さまに各地を巡ってもらってお祈りしてもらおう」
リアンを聖女とあがめる者たちのそんな提案だった。リアンは拒んだが、人々に懇願され慰霊祭の最終日に実行されることに相成った。
その慰霊祭は史上最長、一週間は続くはずだった。リアンの祈祷巡りで締める歴史に名が残るような祭りになるはずだった。
それが獄災四季の終戦から二日後、とある集配者の言葉で終焉を迎える。
その騒動の首謀者の名はイリュリアノー・マクファーレン。ジゼル・マクファーレンを先祖とする家系の集配者だった。




