表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
795/874

失策

***

 


「なんなのよ」

 一度後退したアリーが毒づく。

 どことなく汗の量が異常だった。

 ふらつく体を狩猟用刀剣で支えても倒れそうだった。

 【転移球】で隣に移動した僕もアリーを支える。

 【回復球】を投げる傍らでアリーも回復錠剤をがぶ飲み。

 太ももの傷自体は急速で修復されたものの、異常な汗は収まらない。

 けどなんとなく察しはついていた。

 【滅毒球】をアリーへと投擲。浸透していくその効能がアリーの体調を整えていく。

「案の定、毒だった」

「助かったわ。待ちの戦い方にはぴったりのいやらしい戦法ね」

 アリーが吐き捨てた言葉は挑発だったが、そんな挑発に黒騎士カンベエが乗るわけもない。

 というよりもさすがは魔刀というべきだろう。たった一太刀で対処ができなければ戦闘が終わっていた。

 ただひたすらに相手が攻めてくるのを待つという黒騎士カンベエの戦闘態勢(バトルスタイル)と。状態異常・毒というのは相性が良すぎた。

 こちらはその一太刀を浴びれば、勝手に時間制限が作られてしまう。

 自分の体力が尽きる前に。そう思えば思うほど焦り、行動は単調になってしまう。

 そうなれば黒騎士カンベエは簡単にいなし、切り伏せることができる。

 【滅毒球】というユニコーンの角を材料にした僕の固有技能がなければ、癒術士系複合職のいない組み合わせでは黒騎士カンベエに詰んでしまう。

 もちろん癒術士系複合職がいても【領域内基準デファクトスタンダード】によって熟練度が無効されてしまうので【治祝福(ゴッドスペル)】のようなより上位の癒術が必要とされるのかもしれない。

 そういうう意味では【滅毒球】は毒に特化しているぶん、効力が高かったのだろう。

 豪運に豪運が重なり、アリーの危機を脱したことに安堵。

 こういう運が良い事態は、事態の好転につながる。

「策はあるの?」

「まだ必殺の策はないよ。というかないのかも」

「牽制で引っかかると思う?」

「引っかからないね。黒騎士カンベエは達人というより超人の域だ」

 待ちの態勢から相手の攻撃をいなし反撃する超人、そんな相手の反撃を完全に封じるなんてこと不可能に決まっていた。

「でもアリーの固有技能や特典、僕の固有技能を黒騎士カンベエは知らない」

「それを織り込んでどこかで叩き込むしかないのね」

「うん。僕が錬金術師でアリーが超剣師。そのぐらいは分かってるだろうけど、そのぐらいしかわかってないはず」

「でもあんたが錬金術師ならあんたの固有技能は当然警戒される。私の剣が三本ってことももうばれてるわ」

 お互いが情報を整理する。その間にも黒騎士カンベエは待ちの態勢のまま微動だにしない。

 無の極致に至ったかのような極上の精神力で、攻撃を待ち構える。

「……この試練って、大人数って行ったらどうなってたんだろう」

 ふと思い浮かんだ疑問をこぼす。僕とアリーだけでなく、コジロウやネイレス、アルにリアン、ジネーゼ。今まで共闘した仲間たちがランク8になるのを待って挑んでいたら――もっと楽ができたかもしれない。そんなことを思った。

「……ここに人数をかければかけるほど世界が危機に陥っていたわよ」

「ごめん」

 僕は軽々しく疑問を口に出したけれど、それはそうだった。ここにアリーと僕だけだったからアルたちの奮戦によって世界は守られた。たぶん被害は最小限になった。ここにアルやリアンたちがいたら、世界は想像を絶する被害に遭っていただろう。

 アリーの負担も想像を絶するものになっていた。下手したら戦闘継続不可能になっている可能性だってあった。

「ごめん」

 もう一度謝った。そして軽率すぎる自分を呪った。どうにかアリーの気分を休ませようと、適当に思いついた疑問が逆にアリーの苦しめた。

 その場に息苦しさのようなものが生まれて、僕は今にも窒息死しそうだった。

「二回も謝らないで。分かってるから。気遣ったって」

 逆に泣きそうになる。アリーは僕の理解者だった。はは、と苦笑する。

「さて、じゃ、とっとと倒しましょ。まだ全然倒せる気がしないけど」

 狩猟用刀剣を左に、魔充剣を右に握り締めて、アリーは黒騎士カンベエを睨みつける。

「倒せるよ。アリーと僕となら」

 自然と断言していた。

「そういうとこだけ、いっつも言い切るのよね、あんた」

 アリーが呆れていた。顔は背けて視線は合わせてくれない。僕の断言に照れているのかもしれない。そうだと思いたい。


***

 


 毒の治療時間という小休憩を挟んでアリーと黒騎士カンベエはまたもや対峙。

 黒騎士カンベエはやはり動かない。魔刀〔魔眼閻劔帝ル・ゼブブベエ〕を両手で握り、上に構えて待つ。

 待ちの構え。ひたすらに待って、待って、待つ。

 先に仕掛けたのは――僕だった。

 黒騎士カンベエは動かない。当然、アリーも反撃を警戒して動かない。

 であれば当然動くは僕だった。

 【超速球】で連投。

 両手で繰り出される、目にも止まらぬ速さの投擲だったが、黒騎士カンベエには見えているようだった。

 初投の鉄球を切り落とす。【造型】で生成された鉄球はそれなりの質量を持つ。であるのに、まるで紙と言わんばかりに簡単に斬り落とされた。

 それからは止まらない。次々と襲来する【超速球】を時にはいなし、避けていく。

 それだけではなかった。時折交ぜて投げていた【蜘蛛巣球】と【火炎球】を見事に選別して、いなして見せる。このふたつは黒騎士カンベエが切り落とした場合は粘着、あるいは爆発するはずだったが、それを見越してか、その球を魔刀を滑らせ、その軌道を上空へと逸らした。

 しかもわずかに亀裂を入れて。刃を滑った【蜘蛛巣球】と【火炎球】はそれぞれ上空で効果を発動。粘着性のある蜘蛛巣が天井に張りつき、後続の【火炎球】がぶつかり発火。蜘蛛の巣を燃焼して、【蜘蛛巣球】を処理して見せた。

 技能ごとの些細な特徴でも見抜いているのか、もはや能力して観察眼いや鑑定眼でも持っているとさえ思ったほうがいい。

 見抜かれたのは悔しいけれど、それも込みで陽動。

 連投のさなかをアリーも動き出す。

 僕の連投を捌く黒騎士カンベエの横を狙って地面に【尖突土(ペルセ・アルバートル)】を解放。

 いつもは注意を引くために叫ぶアリーもこの時ばかりは無言。

 黒騎士カンベエの不意を突く――地形の変化。突き出る土の刃が、地面を隆起させていく。

 同時に【煙球】を展開。黒騎士カンベエの足元狙いで、黒騎士カンベエ自身は狙っていなかったにも関わらず、魔刀がその球を拾い、勢いを殺さずに軌道だけを逸らす。

 【尖突土(ペルセ・アルバートル)】で足元の不安定を狙い、【煙球】で視界を奪う作戦だったが、黒騎士カンベエは見抜いてみせる。

 少し遅れて壁に衝突した【煙球】は黒騎士カンベエの視界を三分の一程度だけ奪うに留める。

 それでも視界内、視界外から【超速球】を絶えず投げ続けた。

 煙幕の中を低姿勢でアリーが移動。天井すれすれを応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕が飛翔。

 ぎりぎりで姿勢を戻し、アリーが黒騎士カンベエへと飛び込む。

 黒騎士カンベエはまだ僕の【超速球】を処理していた。

 ぎぃぃん、と魔刀が鈍い音。まるで何かを跳ね返したような―― 跳ね返した?

 気づいた瞬間、【超速球】が僕の腹へと直撃していた。一瞬呼吸ができなくなる。黒騎士カンベエは【超速球】で繰り出した鉄球を、まるで打法技能の【投手倍返弾(ピッチャーレイド)】のように跳ね返してみせたのだ。

 直撃した僕の手が止まる。【超速球】の嵐が止まる瞬間でもあった。

 嵐が止めば当然、向かってくるアリーを相手にできる。

 それでもアリーのほうが一手早い。

 【硬化】した魔充剣に狩猟用刀剣が黒騎士カンベエの首に狙いを定める。同時に完璧な頃合いで応酬剣も首を狙う。

 【三剣刎慄(トリアングラム)】が首に切れ込みを――、と思った矢先だった。

 するりと。

 形状変化した魔刀が魔充剣と狩猟用刀剣と首の間に入り込む。それでも背後からやってくる応酬剣は防げない、その思惑すらも読んでいたかのように、【蜘蛛巣球】が飛翔する応酬剣を捕えていた。

 どうして? なぜ? と疑問が浮かび、しばらくして気づく。僕へと跳ね返ってきた【超速球】。その直前に僕は黒騎士カンベエへと【蜘蛛巣球】を投げていた。援護球は基本的に対象者を狙うが、【蜘蛛巣球】にぶつかる瞬間に何かを当てることでも回避できる。その何かに応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕を宛がわれていた。

 次に黒騎士カンベエが取る行動は――深く考えなくても分かる。

 二本の剣と自身の首の前に滑り込ませた魔刀が日本の剣を弾く。弾かれたアリーは態勢を崩し、弾いた黒騎士カンベエは反撃に出る。

 冷静であればアリーを【転移球】で救出するのが、最善だっただろう。きっとそのぐらいの時間も技量もあった。

 けれど冷静ではいらなれなかった。ただ必死だった。

 【転移球】の転移先がアリーと黒騎士カンベエの間に出現。そこから僕は飛び出した。

 絶対に守ってみせる。

 凶刃が僕の背中から、左胸に突き刺さる。必死の飛び込みが刃を食い止め、アリーへの攻撃を防いだ。

 今更ながら、最善手が【転移球】で救出するだったかもしれないと気づいて、でもそこに後悔はなかった。

「だい、じょうぶ……?」

 思いもよらず吐き出した血が、アリーの顔を穢していく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ