手汗
アリーの狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕と魔刀〔魔眼閻劔帝ル・ゼブブベエ〕の刃がぶつかる。
狩猟用刀剣はバルバトスさんが作った名品のうえにディオレスの名前が刻まれた一級品。だというのに魔刀はそれを当たり前のように凌ぐ。
魔刀〔魔眼閻劔帝ル・ゼブブベエ〕はおそらく元となったカンベエ・ヤギユウと深い関係にあったのだろう、家族であり師匠であったのかもしれない。そういう関係でなければ魔刀。生まれない。使用者の死とともに消失するのが魔剣の特徴だが、黒騎士の元になったカンベエはもしかしたらその魔剣を持ったまま死んだのだろうか。それとも、実は元になったカンベエは今もまだどこかで生きているのかもしれない。
なんにせよ、魔刀〔魔眼閻劔帝ル・ゼブブベエ〕は黒騎士カンベエの武器となって、試練の対象者に猛威を振るう。
魔刀〔魔眼閻劔帝ル・ゼブブベエ〕の刃を受けた狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕が軋む。一級品でその衝撃だとしたら生半可な武器では受けれないだろう。
魔充剣だったら【硬化】を宿してももしかしたらひび割れるのかもしれない。
見ていた僕がそう感じ取ったのだから、アリーは十分にその威力を感じただろう。
アリーが力を込めて押し通す。
瞬間だった、まるで力を込めたのを利用されたかのようにアリーの態勢が崩れる。
狩猟用刀剣の刃が上から下へ、上流から下流へとまるで水流に沿って従順に流れるように、刃が受け流された。
一方で魔刀は遡河魚のように刃を下から上へと突き上げる。
受け流してからの反撃だった。
態勢を崩して顎先から脳天を貫くのが狙い。
ヴィィン、
その魔刀に【超速球】をぶつける。超感覚によって研ぎ澄まされたからこそできる、ある意味で感覚頼りの超反応。
刃がぶれ、態勢の崩したアリーへの狙いがぶれる。殺意は最小限。黒騎士カンベエの意識がアリーに完全に向いている隙をついての妨害だった。
「フハハハハハ」
黒騎士カンベエが口を開いて笑う。
「曲者はそなたのほうであったか」
僕を過少評価していたのだろう。妨害されたカンベエが愉快そうに笑っていた。評価が覆った瞬間だった。
が警戒心の幾許かが僕へと移っただけで、依然、刃と殺意の多くはアリーへと向いている。
ただその幾許かの警戒心は、いつも見ているぞと訴えるように殺意となって僕へと届く。それだけで援護しがたい。
一方で黒騎士カンベエは刀を構えたまま、ひたすらに動かない。待ちの構え。
アリーも動けない。応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕を宙に漂わせることすらせず、狩猟用刀剣と魔充剣の二刀流のまま、アリーも待つ。
もしも【時間制限】のような結界が張られた場所での戦闘なら、どこかで生まれた焦りが攻撃を急かしていたかもしれない。
けれど、【領域内基準】にはその制限はない。
いつまでも待てる。けれど待っていてもこの試練は終わらない。結局、終わらせるには攻めなければならない。
それでも黒騎士カンベエは動くこともなく、構えて待ち続ける。
待ちの戦法だろう。隙がない。
動こうとも動けない。
アリーの顔から汗が垂れる。そんなに長い時間待ち続けたわけではない。
魔刀の重圧、黒騎士カンベエの殺意、それらが入り混じりアリーの精神をじりじりと削っていく。
アリーは僕以上に弱っているのは明白だ。勝たなければならない、という重石ものしかかっているのかもしれない。
気安く声もかけられない。その声に意識を割いた瞬間も黒騎士カンベエは襲いかかってくるかもしれない。
それとも僕たちが向かってくるまで、黒騎士カンベエは構えを解かないのかもしれない。
魔物たちは本来、待ってはくれない。僕たちに襲いかかってくるのが常だった。
なのに黒騎士カンベエはひたすら、ひたすらに待っている。
僕は思わず、右手で作り出した球を落としてしまう。
僕にかかっている殺意はアリーと比べ物にならないほど少ないくせに手汗がひどくて、思わず落とした。本来ならあり得ない失敗だった。
球がころころと転がり、回転力を失った球がアリーの視界にぎりぎりで入るぐらいで止まる。
そうして場が動き出す。
アリーが飛び出すのと同時に僕も動き出した。視線も何も合わせずに。
黒騎士カンベエが少し驚いたのもつかの間、それだけでやはり構えを解かずに動かない。
どうして同時に動き出せたのか種もあれば仕掛けもある。
僕が落とした球は【三秒球】で、こういう膠着状態を想定して、そのカウントがゼロになったのと同時に動き出すのを事前に決めていたのを見抜かれたのかもしれない。
それでも動き出した僕たちは止まらない。
「凍りつけ、レヴェンティ!」
魔充剣に宿された【乱氷暴雪】を瞬時に解放。黒騎士カンベエへと猛吹雪が襲いかかる。
黒騎士カンベエは体内から発した闘気で【乱氷暴雪】を蒸発。まるで魔法ではなく技能で勝負しろと訴えかけるような闘気の量だった。
しかもそれを攻撃に転換する。放剣技能で解放した魔法の制御――その隙を黒騎士カンベエは突いた。
それだけじゃない、僕も【超速球】を投げた時に気づいた。本来なら超感覚の力に加えて熟練度も加味されれば正確無比のはずだった。けれど魔刀に衝突した際にやや狙いがずれた。
【領域内基準】による熟練度の無効は、僕たちに違和感となって襲いかかった。
コジロウが特典〈難感覚〉を使われた際に動きが慣れなかったと教えてくれたが、熟練度の無効はそれに類似する。
熟練度の無効が解放した魔法の制御をいつもより難しくした。その分が隙となっていた。
続く魔充剣の刃を魔刀ではなく軽やかな足さばきで回避した黒騎士カンベエは魔刀で突く。その突きを防ぎきるつもりでいたアリーはすでに狩猟用刀剣で胸元を防いでいた。
が魔刀の刃が曲がる。胸へと向かっていた切っ先は下へと伸びていく。
急激に伸び曲がった刃がアリーの太ももへと強襲。黒騎士カンベエはアリーの動きを止めることを優先していた。
が同時に僕が【転移球】で黒騎士カンベエの後ろへと迫っていた。鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕で黒騎士カンベエを思いっきり叩きつける。
――かに思えた。黒騎士カンベエは僕の転移先を読んだというよりも、一瞬の殺意を読んで、鷹嘴鎚を掴んで止めてみせる。アリーに攻撃しながらも、だ。
「でもこれで両手はふさがってる」
本来両手で突き刺すはずだった太ももも片手だったお陰か、傷はやや深いながらも行動不能になるという最悪は防げていた。
【収納】がアリーの脇へと出現。そこから応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕が飛び出してくる。
【収納】からの一連の行動は一秒もない。
「それも止めるのか」
思わず声が出る。一秒もあれば十分とでもいうべきか、黒騎士カンベエは自分の首元へ飛んでくる応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕を歯で受け止める。歪ながらに見事な真剣白羽取りだった。
唾を吐くように噛み止めた応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕を吐き捨てた。地面へと落ちた応酬剣はしばらくしてアリーの周囲を漂い始める。
「一連の流れ、お見事!」
黒騎士カンベエは感心するが、僕たちの連携は児戯のように食い止められていた。




