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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
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皮肉

 三つの結界が時間差はあれど次々に破れ、リアンが空中からゆっくりと降りていく。

 その姿を見て人々は理解する。

 世界を同時に襲った獄災四季(カラミティカラーズ)は終わったのだと。

「杞憂だったんだなあ……」

 同時にその光景を偵察用円形飛翔機(ドローン)で中継していたコーエンハイムも理解した。

 秋の浸食はなかったと。

 結構な人員を割いて捜索させていたが、終ぞ見つからなかった。リアンの張ったと思われる結界そのすべてが解かれたということ、そして元より結界が三つしか張られなかったを鑑みるに、どういうわけか秋の浸食はなかったという結論に落ち着いた。

「酒場に待機していた冒険者たちに依頼を出してくれ」

 コーエンハイムは集配員たちに次の指示を出す。

 ランク5以下の冒険者たちの黒騎士討伐の参戦は禁じた。(素直に大半の冒険者たちが応じたのは人的被害の報告があったからだが)

それでもコーエンハイムは次の事態に備えて、冒険者たちに待機してもらっていた。

 当然、冒険者たちがいち集配社の命令を聞くわけはない。

 それでも破格の報酬の依頼が出されれば、冒険者たちは素直にその指示に従う。

 なぜ待機なのか、と不満を持っていた冒険者もその報酬に食いつく。

干渉影響魔物インプレッションモンスターを討伐するんだなあ!」

 かつて毒素00の出現によってユグドラ・シィルに魔物が侵攻してくるという事態があった。

 その事態は昔から大なり小なり発生する。どれも人がいなくなる瞬間、魔物たちは自分たちの生息域を広げるため、つまり領土拡大のために侵攻を行うのだ。

 その時の魔物たちに名称はなかったが、ユグドラ・シィルで発生した以降、何度目かの世界改変で、その領土拡大侵攻は極稀ではなく、稀程度に発生するようになった。

 そのため、そういう行為を行う魔物たちの総称を干渉影響魔物インプレッションモンスターと呼ぶことにした。

 干渉影響魔物インプレッションモンスターは何か強い干渉が発生するたびにそれに即発されるようにその場所へと移動を開始する。時には狩場でもないのに転移穴が出現し、干渉影響魔物インプレッションモンスターは出現する。

 もはや目的は領土拡大侵攻ではなく、強い干渉をした何かに印象を与えたいだけ、というようにも見えた。

 しかも何度目かの世界改変で、ゾンビ、あるいは猫系の魔物が多くを占めていた。研究者にもその理由は分かっていない。

 何はともあれ、その干渉影響魔物インプレッションモンスター獄災四季(カラミティカラーズ)という世界への強い干渉に影響を受けないわけがない。

 そう判断したコーエンハイムは二次災害に備えていたのだ。

「水系魔法を得意とする魔法士系複合職はユグドラド大森林に集合させるんだなあ。火事は収まってない。そっちは最優先だなあ」

 夏の浸食によって発生していた巨大な雲と気温上昇は一気に終息したが、それによって発生した火事は消火しないとユグドラ・シィルまで及ぶ。

 リアンの結界がなければさらに被害は甚大だったことを考えるとリアンの行動は奇跡と言ってもいいぐらいの偉業だろう。

 コーエンハイムは三つの浸食があった地域を偵察用円形飛翔機(ドローン)で見ながら、いくつも指示を出していく。

 被害から言えば冬の浸食の現場が一番被害が少なかった。一番長く戦闘していたこともあり、夏の浸食による火災を食い止めた冒険者たちがさらなる報酬を求めてそこへと流れたきたからだった。それに浸食が止まったコウデル広野は見晴らしもよく、魔物の進行を食い止める罠も多く設置できたことですぐに干渉影響魔物インプレッションモンスターは討伐された。

 もっとも被害があった夏の浸食の現場、ユグドラド大森林はコーエンハイムの尽力の結果、火災は最小限と言えないまでも食い止められたうえに、ユグドラ・シィルで作成されていた領土拡大侵攻への手引書、何より武器強化に訪れていた冒険者たちによって干渉影響魔物インプレッションモンスターは討伐された。夏の浸食下で戦っていた冒険者アル、コジロウ、レイシュリーにジョレスも火災を食い止めていた冒険者たちに救出されていた。

 その足でアルはリアンのもとに駆け付けたのは言うまでもない。


 ***


「アテシアとグレイがいない?」

 その報告を聞いたネイレスの顔がわずかにゆがむ。

 傍にはメレイナとセリージュにムジカ。そしてメレイナの手に引かれるナァゼ。

 アテシアは気絶したグレイを背負ってこちらに合流したことは覚えている。

 春の浸食が終わり、元の姿に戻ったウィンターズ島は年中極寒の島。

 春の浸食が続いていればおそらく一面春の景色になり、それはそれで見応えがあったかもしれない。

 しかしそれはウィンターズ島の産業の終わりでもあり、年中氷や天然水が支給されないことを意味する。そうすれば魔法に頼ってないほとんどの町や都市への供給が滞ってしまう。冷たい飲み物というのは冒険者の活力にもなりえるもので、それが配給されないのは冒険者から楽しみのひとつを奪うことにもなる。

 それにそうなってしまえば水を買い占めた商人が水なのに五十万イェンで売るなんて商売が罷り通る可能性だってあった。

 そういう意味では春の浸食が終わり、通常に戻るのは良いことのはずだった。

 だとしても自然の猛威は、冒険者に容赦なく襲う。

 春の浸食が終わりを接げた途端、今まで通り、雪の猛威がネイレスたちを襲っていた。

 とにかく体温が奪われる。さらに夜で視界も悪い。

 そんな状況でところどころで魔物の雄たけび、叫び声が聞こえる。干渉影響魔物インプレッションモンスターだった。

 ある意味で世界を守ったというのに、そんなこと関係なく世界は無慈悲にネイレスたちに試練を与えていた。

「前へ進みながら探しましょ」

 ネイレスは提案する。

「でも……」

 戻って探したいという気持ちからメレイナの口から言葉が自然にこぼれた。

「分かってる。わかってるわ」

 アテシアもグレイもレシュリーの弟子だ。顔見知りだ、見捨てられるわけがない。

 それでも下手をすれば二次遭難もあり得る状況下だ。

「絶対に離れないで。そして前に進むの。その間、セリージュとムジカは周囲を見つけて探し出すのよ」

 ほぼ不可能なことだとネイレスは分かっていた。それにネイレス自身は自分が運よく見つけれるとは思っていない。

 ネイレスの特典〔乱数無しの実力勝負セルフ・ディターミネーション〕はそういう運の良さも切り捨てている。

 だからネイレスはセリージュとムジカにお願いする。

 ムジカの〈幸運〉そして特典〔右手に幸運を、(マキシマム)左手に好運を(ランダマイザー)〕によってムジカの影響を受けるセリージュなら幸運にも逸れたふたりを見つけれるかもしれない。

「メレイナはナァゼをちゃんと見てて。それと大変だと思うけど援護して。最低限でもいいわ」

 そう告げるネイレスの目の前には干渉影響魔物インプレッションモンスターの群れ。ゾンビや猫系魔物がやはり多い。それを一手に引き受けるつもりだった。


 ***

 

 グレイは魔物たちの叫び声と吹雪く音で目を覚ます。

MZM(目覚め)ましたのね」

「ええ。ところで他の方は?」

HG(逸れ)ましたわ」

「ムィで飛んでいかなかったのですか?」

KG(けが)のあなたをMTT(見捨てて)?」

「そうでした。ムィはひとりしか運べなかったですね」

「ええ。あなたのKM(蝙蝠)には命令できませんし」

 グレイは苦笑する。自分の蝙蝠魔物たちは少し後ろを追従している。命令がないときは基本的にそうだ。

 降ります、とアテシアに告げて地面に足をつける。

 気絶している間、アテシアに背負われていたのだ。

「もう歩けますよ」

 傷は痛むが強がってグレイは言う。

「とはいえ、さすがに魔物が多いですね」

「ええ。ずっと囲みながら襲いもせず、KSW(気色悪い)のですわ」

「ムィを警戒しているのでしょう。もしくはムィを倒せるほどの数が集まるのを待っているのかも」

YKID(厄介ですわ)

「突破するなら一点突破で駆け抜けたほうが良いでしょう」

 アテシアが頷いたのを見て、グレイは蝙蝠たちへと指示を出していく。

「どちらへ」

AH(あっちへ)

「1・2・3で行きましょう」

RK(了解)ですわ」

「1」

「2」

「3」

 交互にカウントダウンして、アテシアとグレイはアテシアが指したほうへと一気に加速。

 アテシアはムィにその背を掴まれ、グレイも二体のショーヴ・スリを使って飛翔。一気に駆け抜ける。

 ゴッ。

 鈍い音。

 投擲された岩が一体のショーヴ・スリへと激突。吹雪く中では視界が悪く、干渉影響魔物インプレッションモンスターが飛んでいる何かに複数投擲した岩のひとつが、グレイの落下させる。

「グレイっ!」

 アテシアの声に気づいてムィが急停止。

「止まらないでくださいっ!」

 グレイは叫ぶ。「行けっ! そのまま行くのです!!」

 吹雪く中でもその声はしっかりと通じた。

「ムィ。GMH(グレイの元へ)!」

 それでもムィはまるで魔物使士のグレイに操られているかのように、急発進する。

「ムィ、何をしてるのです? ムィ!」

 アテシアが落ちようと体を揺さぶるがムィはその足を離さない。

 グレイに言われた通り、止まらず飛行を続ける。

 ムィは本能的にアテシアの命を優先した。出会ったときからムィの親はアテシアで、そのアテシアを危険に晒す選択肢はないのだ。


***


 落下したグレイはムィらしき影が彼方へと去っていくのを安堵して見つめる。

「これでいい。これで」

 干渉影響魔物インプレッションモンスターの視線は落下したグレイのほうを向いていた。

 魔物の目的は領土拡大侵攻だとしても、そこに冒険者がいれば当然排斥する。侵攻の邪魔であくまで敵対生物でしかない。

 グレイが傷つき、そして防寒具があっても寒さで震えているのは見て取れた。

 逃がす意味も理由もない。

 特典〔目すれば当たるアテンションエコノミー〕――、注目したものを攻撃対象にする力を持つアテシアの一番近くにいたグレイが干渉影響魔物インプレッションモンスターに注目されている。

 もちろん、アテシアは特典を発動していないし、近くにいた冒険者がそういう注目を受けるという効果もない。

 それでもグレイが注目されているのは、なんという皮肉だろうか。

 干渉影響魔物インプレッションモンスターはまるで特典〔目すれば当たるアテンションエコノミー〕を持つ少女に何か印象を与えたくて集まった、ある意味でそう見えなくもない。

 そしてその注目された場所に、印象を与えたかった少女がいなくなっても取り残された男に、まあ、こいつでもいいか、目立てばいいか、注目されれればいいか、とそう言わんばかりに標的にした。

 グレイに一斉に干渉影響魔物インプレッションモンスターが襲いかかる。

 グレイの周りのショーヴ・スリが抵抗し、クロウバットが暴れ、メタバットが守る。

 それでも多勢に無勢、メタバットが倒れてグレイにゴーストキャット(化け猫)がとびかかる。

 雪崩のようにゾンビキャット(腐敗猫)もグレイを腕を腹を足を噛みついていく。

「うああああああああああああああああああああああっ!!」



***


「何か来ますっ!」

 高速接近する影をムジカが捉えて報告。

「こっちに来てます」

 続報にネイレスも警戒。魔物の突撃の可能性もあった。

「あ、ムィちゃんです」

 一瞬、吹雪いたのが収まったのは幸運だったのかもしれない、その途切れで、その影がムィだと気付く。

 掴まれているアテシアは何やら暴れているようだった。

 急降下していたムィはアテシアをネイレスの近くへと落とすと怒られるのを恐れて空から降りてこない。

「ムィ、OKS(降りてきなさい)。あなたはグレイを、グレイを!」

「グレイがどうしたの?」

 ネイレスが問いかけるとアテシアは矢継ぎ早にグレイの状況を伝える。自分がどうしてムィに対して怒っているのかも。

「アテシア聞いて。……あたしに魔物の気持ちはわからない。でもムィの気持ちはわかる。グレイの気持ちも。ふたりとも、あなたに助かってほしかった」

 ネイレスが告げた最後の言葉にアテシアはおとなしくなる。

「グレイは……DSM(どうしてそこまで)?」

「それは……」

 ネイレスの口から言っていいものか。アテシアはそういう方面に関しては鈍感なのかもしれない。

「と、ともかく合流できたのは何よりですよ」

 話題を変えるようにメレイナがアテシアの生還を喜ぶ。

「ネイレスさん。グレイさんの位置が分かったのなら……」

「助けにはいけない。行きたいけどいけない」

 干渉影響魔物インプレッションモンスターの数は減らない。ここぞとばかりに増える一方だ。

「正直、このままだとあたしたちだって……」

 ネイレスが苦渋の決断を下す。

 そんなときだった。

「おーい、だれかいるのか?」

 雪掻き機で周囲の雪を掻きながら魔物を蹴散らして冒険者の一団がネイレスたちに合流する。

「よかった」

 ネイレスは安堵。

 そして決断を覆す。

「この子たちをお願い。ムィ、アテシア。案内して」

 ムィならグレイの位置を空から先導できる。そしてネイレスの速さなら間に合うかもしれない。

 一縷の望みを託して、ネイレスは駆け抜ける。



***



 たどり着いた場所には魔物の死骸が大量に横たわっていた。

 そしてそこから流れ出た血が銀世界を汚している。

 魔物の死骸の山の上にショーヴ・スリとクロウバットが倒れていた。最期まで、死力を尽くして戦った証拠だった。

 ネイレスもアテシアもムィが示した死骸の山を掘り起こしていく。血にまみれ、死臭も充満していたがそれでもふたりは何も言わずに掘り続けた。

 グレイがいた。力尽きたグレイが。

「そんな……」

 気丈なアテシアも我慢しきれずに泣いていた。干渉影響魔物インプレッションモンスターはグレイを容易く蹂躙した。

 ここにいない干渉影響魔物インプレッションモンスターは先ほどまでネイレスたちがいた場所へと向かったのだろう。

 道中倒した干渉影響魔物インプレッションモンスターがグレイの仇なのかもしれなかった。

「……」

 そんなアテシアにネイレスは何か言おうとして何も言えなかった。それでも言葉を振り絞る。

「グレイはきっと愛されていたわ」

「えっ?」

「魔物使士の死で使役されていた魔物は自由になる。どことなりとだって逃げることもできた。でもショーヴ・スリとクロウバットも最期まで戦ってる。それはグレイが愛されていた証拠だと思わない?」

 それは技能で使役されていたとしても、確かに絆があったという証拠だった。

「……」

 アテシアはぐずんと鼻を啜って、

「ええ、思いますわ」

 静かにグレイの遺体を持ち上げた。一緒に倒れていたショーヴ・スリやクロウバットたちも忘れずに。

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