閃耀
***
刀剣〔優雅なるレベリアス〕を前に構えて一呼吸。
対峙するように黒騎士アーネックも刀剣〔叡知なる親友アルフォード〕を前に構えて一呼吸。
アルの胸の奥に沸々と煮え滾るような激情が生まれていた。
「いける」
アルが駆け出すのと、黒騎士アーネックが駆け出すのは同時。
黒騎士アーネックの元となったアーネックも伝承者。
アルも伝承者。
伝承者とは流派を引き継ぎ、伝えていくもの。
そして流派に新たな技を生み出すもの。
まるで今まさにここで出会ったのが天命とでもいうのだろうか。
惹かれあうように、剣と剣がぶつかる。
新月流と満月流、対極に見えながらも、実は同一というのも偶然なのだろうか。
衝突音が激情を駆け、渦を、嵐を作り出していく。
鍔迫り合いののち、互いに一歩後退。
一歩前に出れば、お互いに殺せる距離で
アルは刀剣を前に構え――黒騎士アーネックは鞘に刀剣を納める。
黒騎士アーネックのその構えはシスメックを消滅させた奥義の構え。
アルが、黒騎士アーネックが一歩踏み込む。
同時だった。
「【新月流・――」
「【満月流・――」
妙な感覚がふたりの体を包んでいた。
固有技の同時発現だった。
黒騎士アーネックにもまた何とも言えない激情が渦巻いており、それが閃きとなり、固有技を生んだ。
そこには魔物である、なしも関係ないようだった。
「――日月星辰】」
静かに技名を告げるアルに対し、
「――天満月】!!」
熱く告げるのは黒騎士アーネック。
上から下へ剣を振り下ろすのはアル。一方で黒騎士アーネックは横一線の居合斬り。
お互いに一振り。その一振りが終わるさなかに互いに幾重の残像が映る。分身とは違う、一瞬の揺らぎ。
闘気の宿った斬撃はひとつではなかった。アルの斬撃は四つ。黒騎士アーネックの斬撃は二つ。
数は違えど、その宿る闘気の大きさは黒騎士アーネックのほうが大きい。
それを鑑みれば互角。
【新月流・日月星辰】は新月流剣技を四発同時に放つ奥義で
【満月流・天満月】は奥義たる【満月流・満天】に加え、さらに追加で満月流剣技を繰り出す奥義だった。
【日月星辰】と【天満月】が衝突して消滅。
結果は火を見るよりも明らか、互角も互角だった。
ふたりして笑う。敵同士であるのに妙に心地が良いのだ。
再度、ふたりは構える。
黒騎士アーネックは鞘に刀剣を収納して、再び居合の構え。
一方でアルは、刀剣〔優雅なるレベリアス〕を【収納】。透明の鞘に入った透明の柄をいよいよ握った。
名を初回突入特典〔伝家の宝刀〕。
抜刀したことがなく、刃が透明なのか、それとも鈍色なのか、はたまた魔刀のように独特の色彩を持っているのかわからない。
けれど威圧感とそれに伴う存在感だけは間違いなく黒騎士アーネックに重圧となっていた。
アルは大きく深呼吸。覚悟を決める。
黒騎士アーネックも静かに唾を飲む。
激情は消えない。
直感でわかる。
もう一度――固有技を閃く、と。
アルが柄を振り抜いた。
同時に黒騎士アーネックも抜刀しようとして気づく。アルが右手を振り向いた先に【収納】の穴が出現していることに。
「フェイントかっ――」
一瞬迷いながら、ぐっと堪える。
アルは初回突入特典〔伝家の宝刀〕を引き抜いていなかった。
【収納】から屠殺刀〔果敢なる親友アーネック〕を取り出していた。
そうして固有技能を再度閃く。
「【新月流・――」
静かに告げる。内なる激情とは正反対だった。
「――鏡花水月】」
そこから放たれた斬撃は揺らぎ、捉えどころのないものだった。果たして触れることができるのか、触れたとて斬られることがあるのか。そんな疑念さえ浮かぶ斬撃だった。けれどその斬撃は思わず見惚れてしまうほどに美しい。この世の美しさとは思えないほど美しいものだった。
一瞬、見惚れた黒騎士アーネックだったが、同時に感じた死と、まだ戦いたいという感情に突き動かされ――抜刀していた。
まだ黒騎士アーネックの胸中にも激情は消えていない。
遅れて、閃く。
「【満月流・――」
フェイントを見抜き、アルが先に攻撃したことがある意味で功を奏した。
「――金烏玉兎】」
それはアルが繰り出した【鏡花水月】と全く同じもの。
太陽と月。あるいは昼と夜。表と裏。そして表裏は一体である。【金烏玉兎】はそっくりそのまま相手の剣技を返す技だった。
フェイントにひっかかり、アルの抜刀と同時に剣を抜いていたら、きっと閃かっただろう。
そういう意味では黒騎士アーネックは己の戦闘勘に感謝する。
揺らぎの剣撃同士がぶつかり消滅。
またしても互角かに見えた――。
突然、一陣の風が吹く。かなりの強風だった。
「なんだ?」
強風にたじろぎ黒騎士アーネックの態勢がわずかに傾く。
互いが互いに致命の距離。アルが見逃すはずがなかった。
声が響く。
「【新月流・壊軌月蝕】」
満月流には存在しない固有技能が黒騎士アーネックを鎧ごと切り裂く。
「くっ……何が起きた」
膝をつき、刀剣〔叡知なる親友アルフォード〕を地面に突き刺して杖のように体を支える。
「だが――まだだ、まだっ!」
死に物狂いで【満月流・皓月】を放つ。白光する眩い一撃。視界を奪う役割も担うが、アルは完璧に処理してみせた。
そうして二の刃が繰り出される。
【新月流“追撃の太刀”・壊軌日蝕】。
成長したからこそだろう、今までは【壊軌月蝕】から間髪入れずでしか使用できなかった。しかし今では【壊軌月蝕】の使用後であれば、ある程度相手の技を捌いてからでも使用できるようになっていた。
支えていた刀剣ごと、黒騎士アーネックは斬り伏せられ、倒れる。
「楽しかったぜ」
そうして満足げに消滅していった。結界も消失していく。
「こっちも、だ」
アルは消えゆく黒騎士アーネックにそう告げる。
一方で、突如吹いた一陣の風。あれがなければどうなっていたか分からなかった。
あの風はいったいなんだったのだろうか――。
疑念がありながらもアルは再び動き出す。
夏の浸食による被害はまだ終息していないのだ。
***
アルと黒騎士アーネックの戦いのさなか、吹いた一陣の強風。
それがなんだったのか、きっと気づけたのはレイシュリーだけだろう。
コジロウとともにいったん後退したレイシュリーだったが、まだ何かできることはあるだろうと様子を窺いにコジロウとともに戻っていた。
けれどその威圧感、重圧にとてもではないが近づけない。見守ることしかできないと悟った。
中途半端な援護はきっとアルの邪魔にしかならない。
そうして戦いを見守るなかで、二人の戦いの決定打となる風が吹いた。
その風は黒騎士アーネックを狙いすましたかのように襲いかかり、アルを援護した。
「あれは。あの風はきっと――レーントの、レーントの――」
レイシュリーは泣いていた。
「【純風満犯】だ」
なんとなくレーントの匂いがした。風が連れてきたのかもしれない。ただそれだけの直感。
でも間違いない。
レイシュリーの涙は止まらなかった。
レーントは未来を視た。もちろんそれは特典の効果だ。
けれどそれだけじゃない、レーントの初回突入特典〔どこ吹く風の物語〕は見た未来へと攻撃を送ることも可能だった。
そしてその攻撃が与える影響を含んだ未来を視ることができた。
ただし未来に送り出す攻撃、その影響は、どこ吹く風――つまり自分には全く関係がない箇所に限定されてしまう。
次に自分が登場しない、無関係の物語そのためにしか使えない。
それでもレーントは見た未来の先――未来に影響を与えた先に勝利を見た。自分がそこにいなくても、とっくに死んでいたとしても、未来に残した影響は必ずしも誰かに影響を与える。どこ吹く風だとしても実は無関係ではいられない。
だからこそ、レーントは【純風満犯】を未来へと送り出した。勝利のために。そしてレイシュリーが生き残る未来のために。
それに気づいてレイシュリーは涙が溢れ出して止まらない。
「ありがとう。レーント」
顔が涙と鼻水で埋もれ、泣き続けて声はがらがらに嗄れている。
この結末もレーントは見たのだろうか。レイシュリーが泣いて、泣いて、それでもレーントのことを想ってくれる未来を、見たのだろうか。
レーントが遺したものは確実にレイシュリーが生き残る未来を紡いでいた。




