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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
789/874

音律

***


 レイシュリーには絵の才能がない。

 揶揄する意味で画伯と呼ばれるほどに才能がない。

 〔(スケアス)メタモルフォース〕という才覚はあれど、絵の才能はない。それこそ絶望的に。

 どうやればうまく描けるのかという感覚が全く掴めない。

 それでも、紛遺物(オーバーツ)というある意味魔法陣のような絵を描かなければならない、初回突入特典〔紛遺物音律(オーバーツ・リズム)〕を選んだのは、聖櫃戦九刀(Accen9t)の仲間たちのためだった。

 選択したにも関わらず一度も聖櫃戦九刀(Accen9t)のために使用できてない皮肉はともかく、レーントたちの願い通りに紛遺物(オーバーツ)を描いたレイシュリーは黒騎士アーネックの戦いにもう一度参戦していた。

 懸念もあった。

 不格好に描かれた三つの紛遺物(オーバーツ)が果たしてきちんと機能するのかどうか。

 一度描いたときは下手すぎて機能しなかった。その時、ドリストロイに笑われたことは今でも思い出せる。少しだけ屈辱だったけれど、少しだけ弱みを見せれたことに嬉しさもあった。けれど効果が魅力でなければ、絶対に選ばなかっただろう。

 自分の苦手を克服してでも、その過程で笑われても役に立とうという決意はすさまじい。

 人は苦手だとわかっているもの、嗤われるとわかっているものを選択する勇気は相当のものだ。

 何度も練習してようやく形になったが、実践投入は今回が初めて。上手くいったことで肩をなでおろして動向を窺う。

 不格好に描かれた第一の紛遺物(オーバーツ)、不格好な猿の絵――ナンスカの地上絵から発生した音律に触れたコジロウが加速し、黒騎士アーネックへと衝突。

「ちょ、さっきより速くねえか」

 速さに依存する影師の強さが増していた。

(コジロウ先輩とナンスカの地上絵の音律は相性がいい。レーントはこれも分かっていたのかな?)

 第一の紛遺物(オーバーツ)ナンスカの地上絵から発生した音律がもたらした恩恵は段階的な能力上昇だった。

 本来の能力上昇は、熟練度にも影響するが、上昇値は一定だ。

 しかし、レイシュリーの特典〔紛遺物音律(オーバーツ・リズム)〕は、発動に際して紛遺物(オーバーツ)を地面に描く、そこから発生する音律に触れる必要があるという条件によって、段階的な能力上昇が可能になっていた。

 ナンスカの地上絵の音律がもたらす恩恵はstringendo(ストリンジェンド)

「また、加速しただとっ!?」

 超高速の突きが黒騎士アーネックの黒鎧の小手を破壊する。

 コジロウの速度がstringendo(ストリンジェンド)の恩恵によって、だんだん速くなっていく。

 速度が増せば、自身の破壊力も増す盗士系複合職にとって相性が抜群。

 特典〔疾駆の感覚(シックズセンス)〕によって恒常的に速度が増していたコジロウの速度が上昇。

 黒騎士アーネックの小手を破壊した後、木の幹に着地して反転。跳躍すると、炎で朽ちかけていたとはいえ直立していた幹が、脚力の強さによって倒壊していく。

「アル先輩はそっちのを!」

 レイシュリーが指定した先には別の絵が描かれている。上空から見なければその絵の全貌は分からないが、レイシュリーが命名した第二の紛遺物(オーバーツ)の名前はカッパマギワ。キノコ状の岩々や歪な気球の線画だった。

 その絵から発生した音律にアルが触れる。

「なんだ、これは……。力が湧いてくる」

 アルにとっても未知の感覚だった。crescendo(クレッシェンド)の恩恵がアルをだんだん強くしていく。

「これなら……張り合える!」

 幹を蹴り飛ばし反転し背後から黒騎士アーネックを狙うコジロウと挟むようにアルは正面から

「【新月流・朔の突】!!」

 兜と鎧の隙間、喉元を狙って高速の突きが繰り出される。

 技名で、喉元への攻撃だと判断した黒騎士アーネックは屠殺剣〔仁義たるレベリオス〕を前に滑り込ませて防御。

 当然、挟み撃ちとなっているためコジロウの攻撃は捨て身で受ける覚悟かに見えた。

「【満月流・眉月の剣】!」

 【新月流・朔の突】を防いでからの回転斬りだった。そもそも【眉月の剣】は挟まれたときに両対応するために編み出されたものだった。

 もちろん、ひとりが相手でも体の捻りを加えた回転斬りの威力は絶大だが、本来の使い方はこうだった。

 コジロウは自身にも向かう凶刃を寸で回避。アルも弾かれたまま、詰めずに距離を開いて【眉月の剣】の射程から逃れた。

「どうやら音律を触れると強くなれるみたいだな。なら、全部取りだ」

 黒騎士アーネックはナンスカの地上絵の音律とカッパマギワの音律。そして自分の近くにあった、第三の紛遺物(オーバーツ)ストーンナンジ――でこぼこした環状列石のような絵の音律すべてに触れる。

「引っかかったね」

 レイシュリーは笑う。すべての音律が能力上昇であるならば、その脅威にさらされた相手は利用できるかもしれないと考える。

 そしてその思惑通りに黒騎士アーネックは三つすべての絵の音律へと触れる。

 レイシュリーは笑いながら、紛遺物(オーバーツ)の線の一部をこすって消していく。この線はレイシュリーだけが自在に書き加えることもかき消すこともできた。

「なっ……んだ」

 すべての音律を触ったことで黒騎士アーネックはdiminuendo(ディミヌエンド)の恩恵を授かる。

 その効力はだんだん弱く。

 能力値がじょじょに減少していくのを黒騎士アーネックは感じていた。

「やりやがったな」

 黒騎士アーネックは笑う。最初の遭遇で逃がしたレイシュリーの思わぬ反撃は久しぶりに訪れた逆境だった。

「来いよ。それでも勝つのは俺だ!」

 焦りも動揺もない。だんだん弱くなっていくのであればその前に倒せばいい、開き直ってむしろ強さが増しているようにも見える。

 闘気に衰えも感じさせない。

 コジロウとアルが挟みながら、途切れなく攻撃を繰り出す。

 音律はもう発生していない。

 レイシュリーがそれぞれの絵の一部を消したため、紛遺物(オーバーツ)としても認識されず、現在はただ地面に描かれた未完成の絵でしかない。

 消すことで音律は発生しなくなるため黒騎士アーネックにもたらされたdiminuendo(ディミヌエンド)の恩恵は、レイシュリーが解除するまでそのままだった。

 一方で、紛遺物(オーバーツ)が消えても、レイシュリーが解除の意思表示をするまで、その恩恵はもたらされる。

 だんだん速くなるコジロウの攻撃の速度と威力が増し、だんだん強くなるアルもまた時間経過によって攻撃の速度と威力を増していく。

 一方でだんだん弱くなる黒騎士アーネックはその攻撃をすべては捌き切れず、その鎧には罅が入り、穴が開き、強靭な肉体が露出。そこにも傷がつき、出血。けれどその血はすぐに凝固されていく。

「回復細胞は多いんでな」

 超回復によって、鎧はともかくその肉体の傷は瞬時に回復されていく。

「でもそれもだんだん弱くなるはずだ」

「どうだろうなあ?」

 黒騎士アーネックが感じている感覚と、レイシュリーの認識は違った。

「一つ聞くがどれぐらいその特典を扱った? 熟練度はどうだ? 文面の説明通りの概念でしか使ってないんじゃねえのか?」

 同時にはあはあ、と息切れする声がレイシュリーの耳に入る。

 視線には肩を上下に動かし、呼吸するコジロウの姿が見えた。

「まさか……」

「やっぱりな? 解いたほうがいいんじゃないか? 上限無視で段階的に能力が上昇するなんて特典の条件がこんなに緩々なわけないだろ?」

 絵を描いてその音律を取る。それだけで恩恵が得られるのはさすがに条件が緩い、と黒騎士アーネックは言いたいらしい。

「分かっていて、全部取ったのか?」

「勘だったけどな」

 その戦闘感覚にレイシュリーは脱帽する。もしこの次元でもアーネックが生きていたら、確実に強者になっていただろう。

 同時にそのおぞましさに戦慄もしていた。

「解除は、まだいいで、ござるよ」

 コジロウはレイシュリーに宣言。息切れは酷いが、現状その速さを手放すのは惜しい。

 時間経過でコジロウはだんだん速くなるが、一方で疲労の蓄積もだんだん速くなっていた。

 その欠点にコジロウはすぐに気づいたが、それでも黒騎士アーネックを倒すには必要な力だとも判断していた。

「……っ!」

 レイシュリーは迷う。レーントは勝てる未来だと言った。

 解除するか、維持するか、どちらが正しいのか。もし選択を間違えて負ける未来に変わったら――不安があった。

 迷い立ち止まるレイシュリーを尻目に、戦いは続く。

 アルが授かったcrescendo(クレッシェンド)の恩恵にも何か欠点があり、黒騎士アーネックが授かったdiminuendo(ディミヌエンド)の恩恵にも何かの利点が存在するのだろう。

 そう思ってしまったら、このまま何もせず時間経過させるのはまずいのではないか。

 レーントは予知をして死んでしまった。その遺志を無駄にはしないという強い意志も、レイシュリーは背負ってしまう。

 重責によって、どうすべきか選べない。

 こんなに優柔不断だったのか……ぼくは……。

 結局、決めきれず、それでも決定打となったのは――

 コジロウが疲労によって態勢を崩す。

 その光景を見て、レイシュリーは即断。

「これ以上、無理しないでください。先輩も死んだら、ぼくは持ちませんよもう」

 コジロウのもとに素早く寄り添って、レイシュリーは訴える。

 コジロウは責めることもせず、

「いや。謝るのは拙者でござろうな。自分が無理をするつもりでお主の負担を考えていなかった」

 むしろ先輩として後輩の心のケアを怠っていたことを謝罪する。

 もしコジロウがレイシュリーの特典によって発生した欠点の影響で死んでしまえば、その負担はレイシュリーに向かう。

 仲間を失ったばかりのレイシュリーに。

 レイシュリーはコジロウとアルにレーントたちが死亡したことを伝えてはいないが、そんなことはレイシュリーの顔を見ればすぐに理解できた。

 今にも泣きそうで、それでも我慢しているような表情をしていたから。

 そのフォローを後回しにしたのは先輩であるコジロウであり、アルだ。レイシュリーのことも気遣わないといけない。

「やっぱり解除したか。それに近づいてもきた」

 会話を中断させるかのように、黒騎士アーネックの矛先がレイシュリーへと向かう。

 レイシュリーの解除は個別ではなく全員に適応される。コジロウ以外のふたりの恩恵も解除されていたのだ。

 精一杯の力を足へと込めてコジロウがレイシュリーを抱えて加速。一方でアルも出の速い、柄頭での一撃【新月流・小望の打】で屠殺剣〔仁義たるレベリオス〕の軌道をずらす。

 ふたつの行動で黒騎士アーネックの一撃はレイシュリーから逸れる。

 そのままレイシュリーを抱え、後退していくコジロウをアルは一瞥。

「あとは俺がやります」

 アルらしくなく強く宣言。結局一対一になったことには少し苦笑い。

 けれどレイシュリーの特典の影響下で与えた黒騎士アーネックへの攻撃は無駄じゃないという確信があった。

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