紛遺
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「どうしたでござるか?」
急に立ち止まったアルにコジロウは問いかける。
アルは地面に描かれた線(?)をまじまじと見つめていた。
「これ……レイシュリーの……」
「技能? いや特典でござるか?」
「ええ。実際にまだ見たことはないですが、こういうことをする特典だと聞いています」
「だとすると、ここで戦闘があった、でござるか? だとしたら不自然でござるな?」
「そうですね。他の戦闘の痕跡がない」
「でもだとしたらどうしてでござる?」
コジロウの疑問を呈するが、それが氷解する暇もなく――
「見つけたァ!」
大音声が響き渡る。黒騎士アーネックが燃え盛る木々から飛び降り、着地。黒鎧に身を包んだその姿を見せつける。
【炎天下】が展開するが、その領域は今までよりも広い。
黒騎士アーネックの状態に加え、対峙した冒険者の強さに応じてその領域は拡大するらしかった。
「てめぇは強ぇ……な」
アルの顔を見て、語尾が詰まる。何かに動揺する顔だった。
「アネク……」
一方のアルも、旧友の愛称を呼ぶ。
「その名も懐かしいな。そうか、ここはお前が生きている次元か――」
動揺は一瞬。すぐに切り替えられるのは、あくまで黒騎士アーネックは、アーネックが元となっているだけ。その想念の残滓のようなものはあれど、魔物は魔物だった。その残滓からは元となった冒険者がどのように生きてきたかは全てを語ることもできない。
それでもその残滓は色濃かったのか、黒騎士アーネックは告げる。
「なら、やろうぜ。勝負。強くなったらリアンを取り合う。それがこいつの一番強い残滓だよ」
だから、アルと黒騎士アーネックが出会ったのはもしかしたら運命なのかもしれない。
刀剣〔叡知なる親友アルフォード〕を見せて宣言。
「……それが望みなら、受けて立つ」
屠殺刀〔果敢なる親友アーネック〕を見せてアルも宣言。
「ひとりでやるでござるか」
横で話を聞いていたコジロウが問いかける。
「ええ。できれば。ですが、たぶん今は黒騎士アーネックのほうが強いでしょう。負けたらあとは頼みます」
アルは小声でコジロウに伝えたつもりだったが、その答えに黒騎士アーネックが反応する。
「おいおい。萎えるぜ。そりゃ。そっちのも来いよ。一対一じゃなくてもいい。なんでもありでも勝つのが俺だ」
アーネックはそういう奴だった、と久しぶりに思い出してアルは笑う。
「分かった」
同時に呆れて、だったら思い知らせてやろうと思い直して隣のコジロウに素直に告げる。
「コジロウさん、お手伝いお願いします」
もっとも、アルが一対一で死にかけたらコジロウは割り込んで助けくれるに違いない。
だったら最初から勝算と生存の可能性を高める意味でもお願いしたほうがいい。
そもそも元より協力して黒騎士アーネックを倒すつもりだった。
機が巡り、一対一で戦えるのだとしても、目的は履き違えてはならない。
少しだけ舞い上がっていた自分をアルは恥じた。
一拍の呼吸の後、アルと黒騎士アーネックが前進。一歩一歩が同じ歩幅。
黒騎士アーネックが屠殺剣〔仁義たるレベリオス〕に、アルは刀剣〔優雅なるレベリアス〕へと――愛剣へと入れ替える。
刀剣〔叡知なる親友アルフォード〕と屠殺刀〔果敢なる親友アーネック〕を見せたのは互いの意思表示。
愛剣に持ち替えて、お互いが同じ構えのまま加速。違うのは剣の大きさに鎧の重さか。
ほぼ同じ背丈のふたりが同じ歩幅、同じ構えで剣技を繰り出す。
「【満月流・――」
「【新月流・――」
「「――・上弦の弐】」」
闘気を纏った逆袈裟斬りが同時に放たれ衝突。
刀剣の軽さを活かした分、アルのほうがやや出が速いが、屠殺剣のほうがやや重くその力強さが刀剣を押していく。
結果、黒騎士アーネックがつばぜり合いをわずかに制す―ーその横からコジロウの神速の一撃が繰り出された。狙いは兜と鎧の隙間。
初回突入特典〔疾駆の感覚〕により、速度が上乗せされた一撃だったが、急所狙いと判断した黒騎士アーネックが鎧の中で首をひっこめる動作。その動作でわずかに頭が下がり、隙間がずれる。
急所を正確に、それも迅速で狙ったコジロウの一撃は狙いが正確すぎたせいで見切られた。
「一対一にしておくべきだったか」
黒騎士アーネックが冷や汗。
「今更遅いでござる」
「だが燃える展開だっ!」
アルを押し退けて、コジロウへと刃を向ける。後転で回避して、コジロウは一瞬に後退。一気に刃の届かぬ位置に移動していた。
「さて、どう詰めていくでござるか」
コジロウが思案するさなか、地面に描かれた線が光り出す。
同時にそこから音符が複数出現し音律となって、飛び跳ね、踊り始めた。
「なんだ、これは?」
想像もしなかった光景にさすがの黒騎士アーネックも驚いていた。
***
聖遺物の紛い物――紛遺物。
少し字を濁すことで、判断できるようにしたのは妙か巧か。レイシュリーは自分で紛遺物を地面に描き始める。
レーントにメモで指定された場所は当然ながら、ユグドラド大森林のなか、もっといえば、リアンが貼った結界内、黒騎士アーネックの夏の浸食の領域のなか――戦闘していた場所から直線距離的にはあまり離れていない。
それでもレイシュリーが逃げ切れ、そうして紛遺物を描けるほどの時間があったのは、ジョレスとミセスの戦闘があったからだろう。
レイシュリー自身はそんな戦闘があったことさえ知らないが、その戦闘時間を十分に使って、レイシュリーは三つの紛遺物を描き切る。
その途端だった、【炎天下】が展開され、レイシュリーは再び巻き込まれる。【炎天下】の端からでは燃え盛る木々や日の海で誰が戦闘中なのかわからない。
しかもレイシュリーが描いた三つの紛遺物は【炎天下】内に収まっていた。
きっと、この戦いで――決着がつく。
そのためにやるべきことを。
決意して、特典を発動。
三つの紛遺物が光り出し、音律が出現する。どれもがその描かれた紛遺物の上で、飛び跳ね、踊り狂っている。
それがレイシュリーの初回突入特典〔紛遺物音律〕の最大の特徴だった。
「この力を、今度は存分に使うから」
三つの紛遺物を泣きながら描いていたレイシュリーの涙はもう枯れていた。どころか、自分も再度【炎天下】に巻き込まれたとわかって、沸々と闘志が燃え上がってきた。
「ジャメイネ、レーント、シスメック。ありがとう。ぼくが絶対に倒すから」
炎が燃える中から剣戟の音を聞き分けて、レイシュリーは戦闘の渦中へと飛び込んでいく。
そこにいたのはアルとコジロウだった。
「コジロウ先輩! その音律に触ってください」
レイシュリーはすぐに状況を察してそう告げる。
突然現れたレイシュリーに驚くこともなくコジロウは言われたとおりに、音律に触る。
疑うこともなかった。コジロウにとってもうレイシュリーは信用足る仲間だった。
言われたとおりに触るとその音律は弾けて消える。
「感謝するでござる」
その恩恵を理解して、コジロウは加速していく。




