処罰
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アリーと僕は、黒騎士たちとの戦いを延々と見せ続けられていた。
黒騎士カンベエと僕たちの間には、結界は張られ、その結界は三者との戦いを映し出す。
仲間たちが死ぬ瞬間、目をつぶると今度はその戦場をまるで神の視点から見ているような状態へと飛ばされる。
仲間たちの戦いを映像としてみるか臨場感状態で見るか――しかも見ることは拒めない、そんな状態に陥っていた。
時折、目をそらしてしてまう僕とは違い、アリーは三つの戦いから決して目を逸らさなかった。
それがまるで自分の罪と言わんばかりに。
僕の代わりに、アリーが押してくれてた。だから僕の罪だと、そう主張してもアリーは退かなかった。
「汝らは運がいい」
戦いのさなか、黒騎士カンベエは言う。
「王族が王族の役割を果たした」
カンベエからも結界に映し出された映像は見えるのだろう、映像に映し出されたリアンを見て告げる。
リアンは不思議な球体に包まれた状態で空中で祈りを続けていた。
「〔極光の一夜城〕。王族のみが選択を迫られる特典だよ」
「選択を迫られる……!?」
「そうだ。絶対的な権力があったβ時代と違い、今の王族にそんな権力はない。だが、あろうがなかろうが、特別であることには変わらない。そんな特別な人間だからこそ、ランク7というある意味の超常者になった際、選択を迫られる」
「じゃあリアンはそれを選んだ。何のために?」
「それは本人に尋ねよ。けれどだ、その結果、この試練は緩和された」
「緩和? これで緩和?」
「ああ、そうだ。何気なく汝らは見ていただけかもしれないが、もし我ら黒騎士たちの戦いにおいて、〔極光の一夜城〕の結界が貼られなかったことを想像したことがあるか?」
「……」
ごくっ、と知らずに息をのんだ。確かにそうだ。黒騎士の歩きに応じて四季の浸食が進んでいく。結界によって行動範囲が制限されなければ、歩くだけでその災害が平然と街へと侵入していく。
「想像したか。もし街まで四季の浸食が発生した場合、自然災害だけじゃない。魔物たちもその領土を増やそうと進行を始めるだろう」
それもあったことを思い出して身震いする。
ユグドラ・シィルに毒素が出現した際にもゴブリンたちが街へと押し寄せてきたことがある。
四季の浸食が始まれば、その浸食で起こった自然災害に紛れて火事場泥棒が如く、同じように魔物たちが領土を増やそうと進軍し、今以上の被害が出ることだろう。
それがリアンの特典によって防がれた。
黒騎士カンベエは運がいいと言ったが本当に運がいいだけだった。
アリーの表情が少しだけ曇る。
アリーは、そんなことも知りもしないで転轍器を押した。
想像できるわけがない。黒騎士カンベエは気軽に話したつもりだが、アリーは自分の罪をより重く感じる要因になってしまっていた。
「リアンは――誰かに呼ばれた、と言っていた」
僕は告げる。リアンがその特典を選択したのは運がよかったのではなく運命だった、と言い聞かせるように。
少し身勝手かもしれない。でも偶然より必然だったと思ったほうがアリーが背負おうとしている罪が軽くなるのではないだろうか。
いや身勝手でもいい。僕はずっとアリーの味方だから。盲目的でもいい。
「ほう。そんなことがあるのだな」
黒騎士カンベエは驚いていた。
「次元の意志が選んだ、それとも世界の意志が選んだか。なんにせよ、運命が動き出すようにも感じる」
「……」
無言のアリーに僕も何も言えなかった。
だがすぐに表情が一変。
「立ち上がりなさい、立ち上がりなさいよ!」
映し出された戦いにアリーは思わず声を上げた。
すぐに僕もその戦いの映像を見る。
そこには黒騎士アーネックと、ジョレス、ミセスの戦いが映し出されていた。
ふたりともアリーの弟子だ。
アリーが声を荒げた理由はそれだけじゃなかった。
***
「ひひっ……」
ミセスが笑い声とともに流血。
黒騎士アーネックが繰り出した【満月流・朔の突】をよけきれず、胸が貫かれていた。
刀剣〔叡知なる親友アルフォード〕の高速の突きは避け切れなかった。
真向勝負を挑んだ、その結末だった。
「美しくないっ!」
ジョレスの慟哭が木霊する。
ミセスもジョレスも黒騎士アーネックの討伐に自ら志願したが、炎の海で仲間たちと逸れるなかで、ミセスとジョレスがとった行動は異なった。
ミセスはそのまま黒騎士アーネックを探すべく炎の海を彷徨う一方で、ジョレスは他の仲間を探すために炎の海を捜索していた。
ジョレスもミセスも当然強くなるためにデデビビたちと袂を分かったが、それでもジョレスは仲間たちとの共闘を拒んでいるわけではない。
特に黒騎士アーネックという強敵に対しては仲間は多いほうがいい。
ミセスが突っ走るなか、ミセスをそんな想いからミセスを見放せなかったジョレスはミセスを追う一方で、仲間たちを捜索していた。そのさなか、ミセス以外の仲間とははぐれてしまっていた。
見つけたのは、死体に、死体に、死体。ほとんどが切り殺されていて、少数が焼け死んでいた。
この炎の海でそれもあり得る。
自分たち以外はもしかして死んでいるのではないか――そう思ってしまった。実力を知っているアルやコジロウ、新進気鋭の聖櫃戦九刀が早々に死ぬわけがないと思いながらも、だ。
「やっぱり美しくない」
ミセスを単独行動させるわけにはいかないと感じたのは、仲間として長く居すぎたからかもしれない。袂を分かってから、黒騎士アーネック討伐での再会が久しぶりだった。だから相変わらずの性格を知って、危険だと判断した。
だからこそミセスを見捨てない選択した。
その選択には後悔はないはずだった。
けれどミセスの死をまじまじと見て、結局そうなるなら、と迷いが生まれてしまっていた。
ミセスの性格は相変わらず強者との戦いを望んでいる。久しぶりの再会で生傷が増えているのも感じていた。
もし、ジョレスが見捨て、他の仲間と行動していたら、こんな状況にはなっただろうか。
結果論でしかないのは分かっているのに、そんなことを思ってしまう。自分の選択に後悔が生まれそうになってしまっている。
ジョレスは、ひとりになった。
周囲の【炎天下】がごうごうと燃える。
目の前には黒騎士アーネック。仲間は、もういない。
泣きそうになる。
もちろん、自分から黒騎士アーネック討伐は志願した。自分の腕を驕っているわけではない。他の仲間とならなんとかなると思っていたのだ。
こんなことなら――デデビビたちと一緒でも良かったのかもしれない。
ぬるま湯だった、と言い放ち去ったのはジョレス自身なのに。
それでも、一緒にいれば、ミセスの死はなかったのかもしれない。
言い訳でしかない。けれど他の冒険者たちと旅をする経験を積んで、よりデデビビたちと一緒だった頃が恵まれていたかを思い知らされた。
それも経験なのだろう。
そして今もまさに経験なのだろう。
仲間の死や絶対的な強敵との遭遇は唐突に訪れる。
ジョレスにとっては今がそうだった。
「美しくないっ」
出血する右腕を押さえてジョレスは再度ぼやく。きれいな切り傷だった。自分の技量ではそこまできれいに斬ることなんてできない。
今までの言い訳は現実逃避でもあった。
ミセスが積極的に攻撃を仕掛けてくれたのは、ジョレスのためでもあった。
先に黒騎士アーネックに負傷したのはジョレスなのだ。
ジョレスが利き腕を失い、戦力としても致命傷を負ったからこそ、ミセスが奮戦していたのだ。
性格的に絶対的強者と戦うのはいやではなかっただろうが、体が震えていたのはジョレスは見逃さなかった。
それに比べると随分とジョレスは情けない。
四刀流を掲げ、アリーに豪語し、デデビビが十本指になったのが悔しくて、袂を分かって、絶対的強者に出会い、びびって、焦って、利き手を失い、ミセスの奮戦を見守るだけで手助けもせず、死んでいく姿だけが瞳に焼きついた。
「さっきから、美しくないばっかりだな。お前」
黒騎士アーネックは呆れていた。
「お前、醜悪だぞ」
魔物には思いやりもない。直接的に言葉を投げつける。
黒騎士アーネックは剣を鞘に納めた。
「見逃してやる」
「えっ?」
黒騎士アーネックの言葉にジョレスは耳を疑う。
「お前には戦意がもう感じられない。殺す価値もない」
言われてジョレスに戦意も殺意も滾らなかった。むしろ、助かるのかと安堵さえしてしまった。
黒騎士アーネックが後ろを向いて去っていく。
数歩歩いて立ち止まり、振り返った。
「冒険者なら、ここまで言われたなら、不意打ちでもなんでもして、意地を見せるべきだろうが」
手厳しい言葉にジョレスは何も言えなかった。
急接近して殴られる。地面に倒れたまま、ジョレスは立ち上がれなかった。
助かると安堵したことを恥じ、それが絶対に忘れられない後悔となり傷になった。
右腕を失った自分の代わりにミセスが戦い、そして死んだ。
そして自分が討伐に来た魔物に戦意喪失を見透かされ、生かされた。挙句に助かった、と安堵してしまった。
自分の代わりに亡くなった仲間がいるというのに。
「あああああああああああああああああああああっ!!!」
黒騎士アーネックが姿を消し、ひとりジョレスは泣き続けた。
***
泣き叫ぶジョレスを見て、アリーが叫ぶ。
「立ち上がりなさい、立ち上がりなさいよ!」
映し出された映像が切り替わり、ジョレスがどうなったかは分からない。
ジョレスもミセスもアリーの弟子だった。
これもまるでアリーが受けるべき罰だと言わんばかりに、その映像はアリーに関わった冒険者さえも不幸にしたと告げているようだった。
そんなはずはないはずなのに。
「絶対に立ち上がりなさいよ、ジョレス。絶対にあんたは強くなる、強くなるんだから」
泣くのをこらえてアリーは強く強く言い聞かせる。ジョレス〈7th〉の姿を見ているかこそ、というのもあるのかもしれない。




