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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
786/874

満天

***


 レーントは急いで【収納】から羊皮紙と鉛筆を取り出して何かメモを書き出した。

 「03(レイシュリー)50を(これを)。シスメックが10000210る(待ってる)

 黒騎士アーネックが近づく前に、レイシュリーに手渡す。

 書いてあったのはいくつかの数字と、この場所に絵を描いてという伝言。

「書き0÷ら(終わったら)、その場で待機」

「ねえ、何が見えたの?」

 未来を予知できたのはレーントの特典だからだろうとレイシュリーは察した。レーントの特典は説明を受けたはずだったけれど、その説明はレーントが意図的に省いたのかもしれない。

「説明したら3えた(見えた)3ら1が(未来が)変わるかも4071(しれない)

 だから教えない。

4ん210(信じて)

 泣きそうな、嬉しそうな、やはりなんともいえない表情で、それでも力強くレーントは言う。

「あ(たし)28(には)分かる。038489(レイシュリーは主役)だから。だから勝てる。仲間の0も1(思い)261で(紡いで)

 黒騎士アーネックはもう間近にいる。

3あ(さあ)879(早く)ま2すぐ(まっすぐ)1けば(行けば)シスメックが1る(いる)か07ら(彼なら)55から(ここから)出る方法を42101る(知っている)そのあ108(その後は)メモの10り2(通りに)357ら(そこなら)勝てるわ」

 そこまで言われて駄々をこねるわけにもいかない。

 未来を見て勝てるとまで宣言された。なら、ならだ、

「ありがとうね。レーント」

 自分を逃がすということはレーントは留まるということなのだろう。察してお礼を言う。

5ちら5そ(こちらこそ)

 聖櫃戦九刀(Accen9t)に入った日々を思い出してレーントは告げる。きちんと笑顔を見せた。泣きそうに見えた表情はもうなかった。

51(来い)!!!!!!!!!!!」

 レイシュリーが駆け出すのを見てレーントは叫ぶ。

「逃げた、ってわけじゃねえよなあ。逃げ出したほうも戦意むき出しのままだった。何を企んでる? 全滅か討伐以外で【炎天下(ブレイジングエリア)】は抜け出せないぞ」

 汗で服がいやにべたつく。もう一度、改めて見た。

 黒騎士アーネックではなく、未来を。瞬きした途端に、流れ込んでくる。

 未来は変わってない。なら大丈夫だ。でも自分がすべきことをしなかったら、未来は大きく変わる。

 レイシュリーは逃がした。シスメックもきっと自分の元にやってきたレイシュリーの姿を見れば、自分が試そうとしていたことをレイシュリーに試すだろう。

 見えた光景にレーントとシスメックはいない。それは未来が告げていた。自分が生き延びる未来もきっとあるのだろうけど、レーントの特典では自分の未来は見えない。

 その予知にぶるりと体が震えた。この戦いで命を落とし仲間に未来を託すという行動そのものに恐怖を覚えた。きっと正気の沙汰じゃない。

 それでも――託していい、信じていい。見えた未来よりも、今レイシュリーたちに、聖櫃戦九刀(Accen9t)に入ったことに感謝をして、レーントは黒騎士アーネックと対峙する。

 逃げ出したふりをしている、と少なくとも思っている黒騎士アーネックはレイシュリーへと意識と向けていたが、尋常のない殺意に思わず立ち止まる。

「いいぜ、相手してやる」

 優先順位を切り替え、黒騎士アーネックは刀剣〔叡知なる親友アルフォード〕の刃を向ける。

 レイシュリーが逃亡する前から黙々と緑妖石の機墨杖〔恐れ慄くニザベエ〕のLabel AIは詠唱を開始。

 それをお披露目と言わんばかりにレーントが緑妖石に宿る魔法を展開。

 【純風(インペトゥス・)満犯(ヴェンティ)】が緑妖石の目の前で膨らみ、その大きさをまざまざと見せつけ――消滅。

「魔力切れか? 顔色が随分と悪く見える」

「まだまだ。10001000(全然)

 強がってはみるが確かにレーントの顔色は良くない。

50で41(これで良い)

「何か言ったか?」

 レーントの風に消えてしまいそうなほど小さな呟きは黒騎士アーネックには届かない。

 攻撃階級10の風属性魔法の前に少し身構え、攻撃の手を止めていた黒騎士アーネックの歩みが再開。

 同時にレーントも緑妖石の機墨杖〔恐れ慄くニザベエ〕に闘気を宿し打術技能で応戦。

 魔力不足を演出しているのか、魔力切れを恐れているのか黒騎士アーネックはレーントの表情で読み取ろうとしたが分からずじまい。

 それでも自身に飛んでくる殺意と、満ちている戦意に敬意を表して、手は抜かない。

「【満月流――」

 一瞬レーントに背を向けるように構え、足の動きで一回転。その勢いのまま、回転して切りつける。

「――眉月(まゆづき)(けん)】!」

 何百、何千と放ってきた自身の流派。その練度を見せつけるように、レーントの体を切断した。

 けれど、レーントが見せた表情は黒騎士アーネックへの畏怖ではなく、安堵。

 死ぬ間際、レーントが何を見たのか、―ーどんな未来を見たのか、黒騎士アーネックには分かりもしなかった。


***


「シスメック……?」

 【炎天下ブレイジングエリア】の端で何かをしようとしていたのか、名前を呼ばれたシスメックはビクッと体を震わせた。

「おどか、さな、いでくだ、さ、い。レイシュリーで、したか」

 とは言うもののいつも以上に歯切れが悪い。

「何をしようとしてたの?」

「い、え……その……」

 どことなくばつの悪さを隠すようにシスメックは疑問を零す。

「それ、よりも、ふた、りは?」

「……ジャメイネは死んだよ。レーントも僕を逃がすために……きっと、」

「そう、で、すか……」

「レーントが言ったんだ。君ならここから脱出できる手段を知ってる、って」

 そう告げるレイシュリーに、シスメックは少し観念したような表情になって、いやむしろこれで良かったと開き直った表情で

「ええ。しっ、てま、す、よ」

「だったら教えて。このメモの場所に行かなくちゃならない。レーントが言うんだ。ここなら勝てるって。ぼくはそれを信じる」

「レイシュリー。あなたはぼ、くもしんじま、すか?」

「愚問じゃない? ぼくたちは仲間だよ。信じてるさ」

「そう、です、よね」

「なんで泣きそうになっているの、シスメック?」

「いえ、なん、でもな、い。なんで、もないの、です、よ」

 涙を拭きとったシスメックは

「そ、れより、もだっ、しゅ、つほ、うほうです、よ、ね? か、んたんで、す。ぼ、くのま、ほうでみ、ちをつ、くり、ます」

「でも水属性の魔法でも消えなかったんじゃ? あ、キミの特典を使うのか?」

「ええ。ただ、じかんも、なくぶっつ、けほんば、んになり、ます。それにき、ずはさいせいさ、れるとしても、くつ、うはきっとあ、ります」

「それってつまり、【炎天下ブレイジングエリア】の炎で焼かれるけど、キミの特典で強制的に回復して駆け抜けるってこと?」

「そうな、ります。けれど、ぼ、くはな、にがあろ、うとはつど、うしつづ、けます」

「待って。キミは一緒に来ないの?」

「あ、とから、つづきま、す。な、かより、そとか、らのほ、うがせ、いぎょが、しや、すい」

「分かったよ」

「では、いきます」

 シスメックの青鹸石の機銅杖〔悲しみ喚くミズガル〕から【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】が展開。

 レイシュリーと会話する前から詠唱していたため、魔法の展開も早い。

 【炎天下ブレイジングエリア】へと水の塊が伸びていく。蒸発して消えようとする水塊にシスメックが魔力を注いで維持していた。

「おおきさが、さいしょ、うげんな、のはごか、んべんを」

「すごいよ。すごい、シスメック。小さくするのは難しいはずなのに。キミは天才だ」

 純粋に喜ぶレイシュリーに申し訳なさそうな表情を少しだけして、それでもシスメックは笑顔を返す。

「じゃあね。外で会おう」

 レイシュリーは何の疑問もなく、その水塊を匍匐前進で進んでいく。

「ぐっ……熱い……」

 水は熱湯となり、さらには魔法の炎が水塊の中にいるレイシュリーに火傷を負わせていく。

 だが、シスメックの特典〔清濁併せ持つ(ミックスジュース)〕が、レイシュリーの火傷を治療していく。

 苦痛と緩和の繰り返しに襲われながら、レイシュリーはなるべく早く【炎天下ブレイジングエリア】を脱出する。

「シスメック、キミも早――」

 言葉が止まる。【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】は消えていた。


***

 

 少し時間は遡る。

「ごめ、んなさ、い。う、そをつき、まし、た」

 シスメックはレイシュリーに謝罪する。

「おいおい。戦意を失ってなかったんだな?」

 追いついてきた黒騎士アーネックは驚いていた。とっくにシスメックは戦意を失っていたはずだった。

「え、え。さいし、ょはにげよ、うとして、いまし、たよ。な、かまをみ、すてて」

命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】を維持しながら、黒騎士アーネックに本音を告げる。

 敵だからこそ、本音を告げられた。

「でも、そん、なぼ、くでもし、んじて、くれるそ、うです。だか、らきた、いに、こたえま、す」 

 シスメックは強く宣言する。未来はレーントが信じる未来へと進みだしているのだろう。

 もしシスメックがすぐに【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】の中を進み、レイシュリーの後を続けば、【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】ごと、シスメックごと、レイシュリーも殺されていたかもしれない。

 それをレイシュリーの言葉が、変えた。

 シスメックは戦意を取り戻し、足止めを選択する。

「なんふん、もつかわか、りませんよ。レイシュリー、できる、だけは、やく」

「なるほど。お前が一番油断してはならないやつだったか」

 【炎天下ブレイジングエリア】の隅、レーントの体に隠されるように作られた【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】を目敏く見つけて、黒騎士アーネックは笑う。

 【炎天下ブレイジングエリア】は脱出不可能ではない。その炎に耐えうることができれば一応は脱出可能だ。けれどそんなことをできる冒険者はゼロに近い。

 けれどシスメックの特典〔清濁併せ持つ(ミックスジュース)〕と【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】はそれを可能にした。

 結果、初めて黒騎士アーネックは【炎天下ブレイジングエリア】から冒険者を初めて取り逃がしてしまう。

 その功績を讃えての再評価だった。

「敬意を表して見せてやるよ。満月流奥義のひとつを」

 黒騎士アーネックは刀剣〔叡知なる親友アルフォード〕を鞘に納めて、力を溜め始めた。

 時間稼ぎという思惑も見透かされていたのかもしれない。でなければこんな隙の大きな行動には出ない。

 殺意とともに闘気が膨れ上がっていく。

「避けるか?」

 その言葉だけでシスメックは動けなくなった。動けばもしかしたら【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】ごと斬られるかもしれないと脳裏をよぎる。

「【満月流・――」

 言葉の強制力で動けなくなったシスメックに向かって、黒騎士アーネックは鞘から刀剣を勢いよく引き抜く。

「――満天】!」

 引き抜かれた刃から膨れ上がった闘気が放たれ――一瞬にしてシスメックは消滅した。


***


「逃がしたか」

 生存する冒険者がいなくなり、【炎天下ブレイジングエリア】が消失。周囲はただの炎の海へと戻っていた。

 もはやレイシュリーの気配はない。仲間の死を悲しむよりも先に仲間の遺志を継いだのだろう。何かを企んでいるのは分かっていた。

「それはそれで楽しみか」

 黒騎士アーネックはひとりごちて次の標的を探して歩き始めた。

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