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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
784/874

調子

***


 【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】の水塊のなかで何かが蠢く。

 水霊という冒険者もいれば、意志を持った闘気という冒険者もいる。

 正体は不明。

 探る前にだいたいの冒険者はその水塊のなかで溺死する。

 そう考えると今の状態は異常だろう。

 【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】のなかに四人の冒険者。

 溺死することなく生存している。

 三人は水中に浮かび、何かに襲われることなく、

 ひとりは底に沈み、何かに襲われても平然としている。

 三人は自在に動き、底に沈むひとり――黒騎士アーネックへと【波襲衝撃(ショック・ウェイブ)】をぶつける。

 水の中で衝撃が波紋となって伝わり、衝撃の大きさで四人を包む水塊が揺れた。

 初回突入特典〔清濁併せ持つ(ミックスジュース)〕の効果で黒騎士アーネックに手傷を負わされても多少の傷はすぐに治療できる。

 その分強気に動ける三人と対照的に黒騎士アーネックは水中の中での動きが鈍い。

 鎧が重く動きが制限されるだけではなく、水中で蠢く何かが黒騎士アーネックにまとわりついているのが大きいのだろう。

 振りかぶる剣にも干渉し、その動きを制限していた。

 ただ何度か打術をぶつけてレイシュリーとレーントは痛感する。

 打術が効いている実感が湧かない。

 かといって水中下では魔法を使用できない。

 特に〈(エレクト)(メタモルフォース)〉のジャメイネが得意とする雷属性魔法を使えば水を伝わり、レイシュリーたちにも伝導する。

 才覚〈(エレクト)(メタモルフォース)〉は雷属性の強化だけでなく状態異常の発生率も上昇するため、麻痺になってしまう可能性も高い。

 だからこそ無限回復可能な水中での打術を選択したが、結果は見ての通りだった。

 それでも必死にジャメイネだけは【波襲衝撃(ショック・ウェイブ)】を繰り返し繰り返しぶつけていた。

 それを見て、レイシュリーとレーントも諦めず【波襲衝撃(ショック・ウェイブ)】を続けていく。

「そろそろこの水中も終わりか?」

 黒騎士アーネックが言う。

 【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】はシスメックが魔力供給する限り維持される。

 その魔力が尽きようとしていた。特典を習得後、戦術として組み込むために計測した限りではあと数分は持つはずだった。

 ただ予想以上の強さを持つ黒騎士アーネックが抵抗したこと、初回突入特典〔清濁併せ持つ(ミックスジュース)〕により傷が癒えたこと、そのふたつが魔力維持の負荷になっていた。想定外のことが起きることは想定内だったが、

「これは、き、つい」

 頭痛の警告と戦いながら、死なない程度までシスメックは【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】を維持するつもりだった。

 そう、つもりだった。

「種が割れたなら、狙わない手はないよな」

 【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】に閉じ込められた者は、詠唱者がその魔法を解除するまで自分の意志で出ることはできない。

 それは黒騎士アーネックだけではなく、回復の恩恵を受けるレイシュリーたちも対象になる。

 だとすれば、水塊の外――そこで維持だけを務めるシスメックは誰の目から見ても無防備。

「【満月流・二日月】」

 それは一振りで二発の衝撃波を時間差で発生させる剣技。

 ×字の衝撃波のように見えるその斬撃は、水塊を突き破ってシスメックへと到達する。

「なっ!?」

 【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】は内側の攻撃をある程度防ぐように設定はされていた。だが、そのある程度を超える力であるならば、外側にいる詠唱者に攻撃は届く。

 そして前衛を担っていたジャメイネは水の中。護衛になどいけるはずもない。

 幸運だったのは【満月流・二日月】の斬撃が水を伝わったこともあり、初動の衝撃波がシスメックにも見えたことだ。距離もあるため回避はできるという予感はあった。

 不運だったのは【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】を維持したままだったこと。魔力不足の警告による頭痛で、わずかに立ち眩み、頭を抑えた。

 回避が遅れる。青鹸石の機銅杖〔悲しみ喚くミズガル〕を握る右腕が【満月流・二日月】によって切断。それに伴い、青鹸石の機銅杖へと供給されていた魔力が断絶。維持できる魔力不足と判断され【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】が消失。

「シスメック、大丈夫!?」

「ええ。で、すが、もうま、りょく、が……それ、にかい、ふくも……で、きなく、なって、しま、い……」

「そんなのどうだっていいよ。後退して回復錠剤や精神安定剤を飲んでて」

「ひとり脱落だな?」

 黒騎士アーネックが告げる。

「てっきり追撃するかと思ってた」

「戦意があれば、な。でももう心が死んでる。俺には敵わないとでも思ったのよ」

 非情さは冒険者も持っている。けれど魔物は非情さしか持っていないと思っていた。

 黒騎士アーネックの温情は魔物であるのに人間味があった。

 魔物たる黒騎士アーネックが、別次元のアーネックが参考になっていることをレイシュリーは知らない。だから意外だと思ってしまったのだ。

「で次はどんな作戦で来る? 意外性があってお前ら面白いよ」

 黒騎士アーネックは本当に戦闘が楽しいのだろう。レイシュリーたちが立ち向かってくることを楽しげに語る。

「どうする? そこでへばってるやつはもう闘気が少ないよな? 水中のなかですげえ頑張っていたからよ」

 途切れ途切れに息を吐くジャメイネを見つめながら黒騎士アーネックが笑う。

 【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】の水塊下で決着をつけようとジャメイネは張り切っていたのだ。

 言葉を変えれば想像以上にいい気になっていた。

 もしかしたら初回突入特典〔|明日はもっといい気になる《ハイパーハイテンション》〕の副産物かもしれない。そんな説明は取得時にはなかったが。

 いや人間誰しも調子が良い時は冷静になれないのかもしれない。

 このまま続けよう、まだいける、まだいける。まるで賭博で勝ち続けているようなそんな高揚感がジャメイネに少しずつ浸透していたのだ。

 その高揚感が全身を包み込み、調子が爆上した今だからこそいけるとどこかで思い上がりがあった。

 特別な闘気はもはや風前の灯火となっている。

 圧倒的に特典を習得してからの戦闘経験不足が露呈していた。本来なら初回突入特典〔|明日はもっといい気になる《ハイパーハイテンション》〕による高揚感も次第に慣れていくものなのだろう。

 けれど、それに慣れぬままだったせいで、高揚感に身を任し特別な闘気を無駄遣いしてしまったきらいがある。

「ああ゛っ……」

 小さく唸って立ち上がり、黒騎士アーネックにやつあたりのように睨みつけた。普段のジャメイネからは想像できない行動。自分が高揚感のままに行動して自滅したことに少し自己嫌悪し、そのやり場のない怒りをぶつけた感じだろうか。

「いいね。まだ戦意は失ってないみたいだ」

 黒騎士アーネックはジャメイネの様子に嬉しげだった。

2101うか(っていうか)、|7んかあ29721071《なんか暑くなってない》?」

 一方でレーントが気づく。汗が尋常じゃなく流れ続けて止まらない。

 【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】の水浴び直後に【炎天下(ブレイジングエリア)】に放り出されたからだろうか、

 どこか意識が浮ついているような気分になっていた。

 熱気浴、水風呂、熱気浴という感じで整ったのだろうか。絶対に違うだろう。

 純粋に【炎天下(ブレイジングエリア)】の温度が上昇していた。

時間(かーんじ)制限(げんせい)もあるとか……いやになるね……」

 初回突入特典〔|明日はもっといい気になる《ハイパーハイテンション》〕の効果が切れ、調子が戻ったジャメイネも汗を拭う。髪で逆立ちできるほどに長い毛を持つ彼にとって、暑くなっていくのはより酷だった。

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