緒戦
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ユグドラド大森林に突入した冒険者たちは海のように燃え広がる炎に道を遮られ、そしてまるで迷路のようになった道で途切れ途切れになっていく。やがて数十人の集団は、自然と四人~ふたり程度の集団と化し散り散りに分かれていた。
夏の浸食によって発生した入道雲から雷鳴がとどろき、周囲は乾燥。汗が絶え間なく、途切れることなく垂れていく。
「アーネックっ! どこにいる」
「落ち着くでござるよ」
懸命に走り回るアルをなだめながら、コジロウは【収納】していた水筒の水を飲み干す。飲料水はどのぐらい収納していただろうか。
【収納】によって保存されている水筒の水は保温されているためその冷たさを失うことはないが、暑さによる体力疲労を軽減させる意味でも、水は重要な意味を持つ。
リアンの特典〔極光の一夜城〕による結界で森林火災は結界外に出ないようだが、燃え盛る炎は行く手を遮り、思うように黒騎士アーネックを発見できずにいる。
それどころか、一緒に突入した聖櫃戦九刀やコジロウたちの弟子にあたるミセスとジョレスの姿も見えなくなっていた。
アルを追うさなか、はぐれたのだがコジロウにして珍しい失態だった。
「よもやこれが黒騎士アーネックの手なのかもしれないでござるな」
「この状況が?」
「この状況が黒騎士アーネックを強化しているのかもしれないでござる。拙者らが知る彼は、猪突猛進ではあったが、単騎としての強さは折り紙付きでござった」
コジロウの指摘はもっともだった。アーネックは最初の試練新人の宴において、ボスにあたるボスゴブリンを弱点を突かずに攻略している。
「つまりどういうことです?」
「黒騎士アーネックは単騎無双。そんな敵が炎によって迷路のような状況を作り、集団を分断しているのだとしたら?」
「狙いは各個撃破……。くそっ、みんなが危ないっ!」
狙いに気づいてアルは目的もなく駆け出す。
「慌てたとて見つかるものでもないでござるっ!」
言い聞かせようとするがアルは焦りもあり、聞く耳を持たない。
アルの焦りはリアンが特典〔極光の一夜城〕を使っていることからきているのはコジロウも分かっていた。その結界がどのくらい持つのか、誰も分かりはしない。ただ長引けば長引くほどリアンの負担が大きいのだろうと想像はついた。
闇雲に走り回るアルとそれを追いかけるコジロウ。
ふたりがした推測は半分は当たっていた。けれど半分は外れていた。
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「どーなっているの?」
魔物使士ドゥラーレンの悲鳴があがる。横にはシルヴァーウルフと呼ばれる銀髪と白髪の交じった狼の魔物が従っていた。
飛び交う火の粉を払うように何度か首を振っている。
「こりゃあおいどんでも逆転は不可能だんべ」
逆転士ベァリドが諦めに近い言葉を吐き出す。手には愛用の賽子。
新進気鋭のドゥラーレン&ベァリドコンビはユグドラ・シィルではちょっと名の知れたランク6の冒険者だった。
ユグドラド大森林が大火事になるほどの事件に首を突っ込んだのは自分の実力に自信があったからに他ならない。
木に燃え盛る炎を避け、まるで炎の迷路のようになった道を進んで、遭遇したのだ。
黒騎士アーネックに。
黒鎧に黒兜。顔は人間のように見えたが、まず思い立ったの嘘吐きテアラーゼに出ていた黒騎士の名前だった。
「黒騎士っ!?」
呟いただけの言葉に黒騎士アーネックは反応する。
途端に、周囲の炎の壁が広がり、円状の空間を作って、壁になった。
夏の浸食でもたらされた炎を黒騎士アーネックの意識が操り、生成された【炎天下】だった。
【炎天下】の目的はアルやコジロウが推測した通り、各個撃破するための空間であり、もうひとつは森林火災に迷い込んだ他の冒険者が侵入できないようにする侵入不可地域の形成でもあった。
ゆえにアルが探し回ったところで、黒騎士アーネックが戦闘中であればその領域に侵入はできない。
黒騎士アーネックを見つけた冒険者から、黒騎士アーネックとの強制戦闘が始まるのである。
ドゥラーレンの悲鳴は強制戦闘を強いられ、逃亡不可になった状況に対するもの。
ベァリドの諦めは目の前の黒騎士アーネックの強さを自然と感じ取ってのもの。
黒騎士アーネックが刀剣〔叡知なる親友アルフォード〕を構えるのとドゥラーレンの命令は同時だった。
「行ってっ、ヴァーウ!」
震える声で相棒に命令を下す。
シルヴァーウルフだからヴァーウなのだろう、愛称を呼ばれたシルヴァーウルフが吼えながら、黒騎士アーネックへと飛びかかる。
すれ違うように着地したシルヴァーウルフは着地と同時に横一文字に切断。
「ヴァーウ!」
結末なんて分かっていたはずだ。それでも果敢にもヴァーウは飛びかかり絶命したドゥラーレンの瞳から勝手に涙がこぼれる。
ヴァーウを切断した黒騎士アーネックの歩みは止まらずドゥラーレンへと進んでいく。
「ドゥラーレンっ、しっかりせえよ!」
ベァリドは諦めながらも、逆転の目を探す。不可能かもしれないと言葉にはしたが、だからこそ逆転できた時の快感は最高なのだ。
だからこその逆転士なのだ。逆転し逆転するからこその逆転士。
運試しとばかりに賽子を地面へと転がす。【良回廻悪】の目は2・2・3。良くも悪くもない出目にベァリドの顔が引きつる。
不運でもないが幸運でもない、ただ毎日訪れるような普通の日。出目はそう言っているようだった。
そしてそんな普通の日にベァリドは死を想像してしまう。
「いやじゃわ!」
思わずつっこんだ。
思考は一瞬。戦うのは放棄。声をかけたドゥラーレンは再起しない。シルヴァーウルフを家族だと言っていたからその死が受け入れられないのだろう。その割にはその家族に意外と厳しい命令を下すこともあったから魔物使士という職業はよくわからない。あくまでベァリドの私見だが。
ともかくベァリドはすぐさま一目散に逃亡を選択。【炎天下】の炎の壁を通り抜けさえすれば、助かる可能性はある。
炎の壁はそれほどぶ厚いものではないと直感していた。
黒騎士アーネックの接近にようやく気付いたドゥラーレンが慌てて戦鞭〔花弁のベルチューリ〕で反撃するが、あしらわれて一閃。
そのまま絶命していく姿を横目で見ながらベァリドは炎の壁へと飛び込み――、一瞬で燃え、その命を散らした。
戦闘が終了し、その役目を終えた【炎天下】が消失。その炎は森林火災と同化していく。
黒騎士アーネックのすぐ近くから足音。
その音を逃さず黒騎士アーネックは自らその音のほうへと歩き出す。
そんな黒騎士を見つけて、まるで標的のように駆け出したのは四人の魔導師だった。




