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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
768/874

星明


 ***


 再びの【活火激発(エクスプロージョン)】が爆ぜる。

 ナァゼの赤奇石の機鉄杖〔勇ましきムスーペッ〕から発動した【活火激発(エクスプロージョン)】がアテシアの特典〔目すれば当たるアテンションエコノミー〕に誘導されて石化途中の黒騎士ムジカに直撃。

 ナァゼの特典〔お肌の大敵(インフラメージング)〕が状態異常・火傷からの状態異常・老化を引き起こす。

 黒騎士ムジカはもはや右腕から何人もの命を奪った樹の幹を再び再生させるので手一杯だった。

 石化は下半身に及びもはや動けず、上半身は火傷によって皮膚は原型をとどめていない。その内部では老化が引き起こされ再生どころか、まるで能力低下が発生したかのように全ての能力値が低下していた。

攻撃は止まらない。

 追いついたネイレスが上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕で伸びてきた右腕の幹を切断。

 再生を始めるが先の再生が限界だったのだろう。切断面からの再生が停止していた。

 続くセリージュが【千却万雷メギストス・ケラヴノス】を宿した魔充剣ビフォで狙いを定めずに突く。

 特典〔目すれば当たるアテンションエコノミー〕に誘導効果によって軌道が修正される。

 それを見たうえで黒騎士ムジカは回避行動。けれど、そこにセリージュの効果が発動される。

 回避行動をとったことで逆にもっと致命傷になる胸元へと魔充剣ビフォが突き刺さる。追撃で魔充剣アフタが振り下ろされ、肩を抉り、体を引き裂く。

「あナ、たは、厄介デす」

 低下した語力で黒騎士ムジカは告げる。状態異常・老化の影響というよりも瀕死の証左なのだろう。

 セリージュの特典〔右手に幸運を、(マキシマム)左手に好運を(ランダマイザー)〕は〈幸運〉の冒険者が受ける幸運の影響を等しく受ける。

 ただし疑似的に〈幸運〉の冒険者をもうひとり作成するというわけではない。

 全てはムジカの〈幸運〉が軸にあるため離れすぎれば効力を失う欠点もある。

 だが仲間として行動していれば、ムジカの〈幸運〉の影響を十全に受けることができ、ムジカが運良く生き残ればセリージュも運良く生き残る。

 幸運にもムジカだけが助かる状況だった場合、セリージュも同様に生き残る。

 それはムジカの自分だけが生き残ったという罪悪感を軽くする術でもあった。というよりその一心でセリージュはその特典を選択した。

 セリージュもまた、自分だけしか生き返らなかったという辛い経験を持っているからこそムジカの気持ちが良くわかるのだ。

 ムジカの〈幸運〉に全BETしたセリージュは特典〔右手に幸運を、(マキシマム)左手に好運を(ランダマイザー)〕の効果で、黒騎士ムジカが回避行動をとった先に攻撃が当たるという幸運を引き当てる。

 黒騎士ムジカがセリージュの特典を判別し、対峙せずに対象を変えた理由がこれだった。

 〈幸運〉の影響を持たなければ、現状でも黒騎士ムジカが運良く勝つ可能性のほうが高い。

 けれど〈幸運〉の影響を受けたセリージュと〈幸運〉な黒騎士ムジカではどう運が転ぶかわからない。

 それこそ運の総量が多く割り振られたほうか、それとも運がより高いほうか、そんな判断は当然黒騎士ムジカにもセリージュにもできない。

 〈幸運〉の力がありながらも黒騎士ムジカは他人の運によって訪れる事象を恐れていた。

 だからこそかもしれない。

 セリージュの特典はムジカの〈幸運〉を間借りしているようなものだ。

 それでも黒騎士ムジカの幸運に勝ったのは、ムジカのことを信頼しているからこそだ。 

 だからこそ、〈幸運〉以外の幸運――つまり天が味方したと表現されるような運さえも取り込んで、黒騎士ムジカに競り勝った。

 遠く、黒騎士ムジカの耳に届くのは、そんなセリージュに信頼されたムジカの詠唱。

「【星明煌矢ルス・デ・ラス・エストレリャス】」

 まるで満天の星空のように、空に出現した光り輝く魔法の矢が、アテシアの特典〔目すれば当たるアテンションエコノミー〕に導かれて――黒騎士ムジカの胸へと幾重にも突き刺さった。

 満開で咲いていた桜が散る。

 合図のように、黒騎士ムジカが倒れ絶命。石化に火傷、老化によってその姿はもはや何者かわからない。

 黒騎士ムジカの体が発光し、体内から蛍のような光が空へと昇っていく。

 やがて一瞬のうちに桜の花弁へと変貌して、散っていった。

 その光景を見てナァゼは力尽きるように腰を折って座り込む。

「大丈夫?」

 ネイレスが支えるように問いかけるとナァゼは涙を堪えながら疑問を吐き出した。

「ナァゼ・ナァゼが生き残ったはなぁぜなぁぜ?」

 ナァゼはメグーに命を救われている。だから生き残ってしまったことに納得ができないのかもしれない。

 ネイレスは言葉に詰まった。

 言うべきか、言わないべきか逡巡する。

 酷だとしても告げるのだとしたら年長者の自分しかいない。

 ただ口を開くと震えていた。

「運が良かったのよ」

 ぶわぁ、とナァゼ・ナァゼは涙腺が崩壊した。


***


「まとめて質問して」

 ナァゼが「なぁぜなぁぜ?」と問うたびに、かつての仲間たちは冷ややかな目でナァゼを見てきた。

 もううんざりという視線がナァゼを人知れず傷つける。

 質問されるたびに食事の手や他の人の会話を止めて逐一ナァゼの疑問に対応しなければならない。

 それも連日。居心地が悪くて、拠点を変えながら転々とする日々に歯止めをかけたのは聖櫃戦九刀(Accen9t)に入ってからだった。

 「なぁぜなぁぜ?」と問うたびに、メグーはその疑問に付き合ってくれた。

 水色縁の眼鏡をかけてきっちりと揃っている前髪の冒険者。喋り方はちょっと変だけどそういう村で生まれたと教えてくれた。

 たまにからかうように変だというとメグーは笑って許してくれる。

 その理由も「なぁぜなぁぜ?」と聞いた。傷つけてないか心配だったのでそれも「なぁぜなぁぜ?」と聞いた。

 どっちも疑問に答えてくれた。

 メグーにとってナァゼはどういう存在なんだろう。昔、妹みたいと言ってくれたことがあったけど、今はどうなんだろう? 

 助けてくれたのなぁぜなぁぜ? ナァゼナァゼが仲間だから? 親友だから? 家族だから?

 疑問が湧くけどそこにメグーはいない。 答えてくれない。


***


「ナァゼ・ナァゼは、ナァゼ・ナァゼはメグーちんに生きてほしかった。生きてほしかったのに!」

 叫ばずにいられなかった。

 もちろん今回の戦いの戦死者のなかに同じ聖櫃戦九刀(Accen9t)の仲間であるドリストロイも含まれているが、ナァゼの心の深くにあったのはメグーを失った悲しみだった。人は当然のように悲しみにも優劣がある。

 からかいがいのあるお調子者のドリストロイよりも、軽口が叩けるほどの良き理解者であったメグーのほうがナァゼの喪失感は色濃い。

「うわぁあああああああああんうわぁあああああああああああん」

 ナァゼが泣き叫ぶさなか、

 ピキリ。

 音がした。

 何かがひび割れる音。

 ピキッ、ピキピキ、ピキ。

「ネイレスさん、上」

 異変に気付いたメレイナが上空を指す。

 ひび割れた音の正体は、結界が崩壊する音だった。

「限界が来たというより、倒したから役目を終えたってとこかしら?」

 周囲を確認するとグレイを抱いたアテシアを足で掴んで飛んでくるムィの姿がある。

「しっかりしなさい」

 泣き止まないナァゼの体を揺すって、体を起こす。

「この浸食が終わって、結界も崩壊する。この後待っているのは分かる?」

 ナァゼに問いかける。泣いてばかりでナァゼは答えない。

「元の景色。つまり極寒のウィンターズ島よ。寒さが猛威を襲うなか、馬車もなしにウィンターズの町まで行かなきゃならない」

 まだ結界は消失しておらず春の陽気があるとはいえ、今は夜。

 結界が崩壊すればその寒さは脅威でしかない。

 自分の防寒着を着ながら、ナァゼにも自分が持ってきていた予備の防寒着を着せる。

「いい。ウィンターズまで走るわよ。しっかり立ちなさい。ここで死んだらメグーたちも怒るわよ」

 ひとまず号泣から泣く程度までに収まったナァゼは少しだけ落ち着きを取り戻してネイレスを見る。

「走れるわね」

 ナァゼは軽く頷いた。

 結界が崩壊を始めるなか、ネイレスたちは駆けだしていく。

 それが黒騎士ムジカとの戦いの終焉だった。

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