幻覚
「おいおいおい、こっちにきてるんでねえの」
「よく↓見え↑るね」
ドリストロイが闇に紛れながら向かってくる黒騎士ムジカを視認。
夜の暗さに慣れた目である程度は認識できるようになったのかもしれない、とドリストロイは思っているがこれも特典〔夜がな夜っぴて夜っぴとい〕の効果だった。
夜に強くなるため、夜目が効くようになっていた。
「もう死にかけも死にかけ。さっさと倒しちまおうってんでねえの」
「油↓断しな↑いでね→」
ドリストロイにメグーが注意を投げかける。すぐ後ろにはナァゼ。遅れてグレイが続く。
アテシアの姿はない。ムィが高速で追いかけた結果追い越してしまっていた。
位置としてはむしろネイレスたちに近い。
***
一方でネイレスも黒騎士ムジカを追いかける。
「この期に及んで、逃げるでもなく他の冒険者に標的をかえるなんて」
ネイレスにも想定外だった。
ネイレスは特典〔乱数無しの実力勝負〕の影響で良くも悪くも運の影響を受けない。
想定外だった分の出遅れをネイレスが運良く取り戻せる可能性はゼロだった。
「この距離ならムジカは届くわよね」
「メレイナが護衛。と言ってもたぶんもう黒騎士はこっちにこないから念のため」
「セリージュはついてきて。あなたの特典が必要だわ」
素早くネイレスは指示を出す。
もうすぐ倒せるという直感とともにまだ油断はできないという危機感が拭えない。
***
「来るでねえの! こっちからも行くぞ」
「ドリストロイちんがはっきり見えるのなぁぜなぁぜ?」
「どう→考えても↑特典だろ↓うねえ→」
はっきり見えてるとまだはっきりと見えない、では認識が合わない。
松明があってもまだ闇は深い。
メグーとナァゼはその明かりの視界に入ってようやく認識できるがドリストロイは特典によってその深い闇の先にいる黒騎士ムジカを視認できている。
その差で明暗が分かれる。
立ち止まって待ち構えようとしたメグーとナァゼに対してドリストロイは闇へと突き進む。
特典〔夜がな夜っぴて夜っぴとい〕の簡単にいえば闇に強いという効果が、ドリストロイの自信を助長していたからかもしれない。
「ドリストロイちん!」
闇にへと消えたドリストロイに呼びかけた心配げな声をドリストロイ本人はどう捉えたのか。
「やってやる。やってやるんでねえの!」
届いていなかった。トドメを刺せるという高揚感に強化された自分自身。負ける要素はないっ!
大地を踏みしめ跳躍。
黒恋石の機珪杖〔悪に嫌うヘル〕を両手で握りしめて、高く頭上へ。
『滅』『殺』の眼帯の先、闇夜でも見えるように特典で強化された瞳が黒騎士ムジカを見据える。
機珪杖に搭載されたLabel AIがドリストロイの意志を読み取り、魔法を詠唱。黒恋石が光り輝き【偽神闇鬼】の準備は万全。
「くら――」
という勢いのまま発動する手前で何かを踏みつける。
ずるりっ!
超短槍〔短足オヂサン〕。ガリーの武器だった。
見える、からだろうか、黒騎士ムジカばかりを見ていた。
ある意味で視野狭窄。
不運にも踏んづけた超短槍で態勢を崩す。
「ええええっ!」
黒恋石の機珪杖〔悪に嫌うヘル〕が地面へとぶつかる。
その衝撃でLabel AIが誤作動ドリストロイの強い発動するという意志を汲み取ってLabel AIが対象物にぶつかったと判断。
不運にも【偽神闇鬼】が誤発動。
意味もなくぞわぞわと広がり消えていく。
「くそっ……」
そして転倒の隙を黒騎士ムジカが逃さなかった。
右腕から生えた鋭く尖った木の幹がドリストロイの胸を貫いていた。
「ふざけんじゃねえでねえの!」
足掻くように黒恋石の機珪杖〔悪に嫌うヘル〕が【宵闇】を発動。
あえて避けなかった黒騎士ムジカは受けて一言。
「ついてませんね。暗闇にはなりませんでしたよ」
貫かれたままのドリストロイを黒騎士ムジカは何度も地面に叩きつける。
ドリストロイの意識はとっくに消失していた。
超短槍〔短足オヂサン〕をどこかへと蹴りあげて黒騎士ムジカは進む。
松明の明かりが次の標的の位置を運良く教えてくれた。
「ドリストロイちん!」
気配を感じ、戻ってきたと感じたナァゼが呼びかけて絶句。
胸を貫かれたドリストロイが樹の触手に巻かれて絶命している姿があった。
恐ろしさよりも怒りで身の毛がよだつ。
何も言わず、ナァゼもメグーも黒騎士ムジカに向かっていた。
同時に後方から風を切る音。
「援護しますよ」
追いついたグレイが状況を即座に判断してクロウバットと、ショーヴ・スリに指示を出す。
「邪魔です」
口から吐き出した【暴風息】がクロウバットとショーヴ・スリを吹き飛ばしていく。
早々に対処されてグレイは苦い顔。それでも手元にいるメタバットが鳴いた。
それはムィの接近を知らせる報せ。アテシアを掴んだままムィが低空飛行で突撃。
ナァゼとメグーの攻撃に合わせてアテシアは矢を放つ。再びグレイがクロウバットたちへ指示を飛ばす。
様々なことが瞬く間に起こる。
ナァゼの赤奇石の機鉄杖〔勇ましきムスーペッ〕が【活火激発】を発動。
黒騎士ムジカの右腕の樹が伸びてどこかへと向かっていく。
「なぁぜなぁぜ?」
【活火激発】の発動と同時にナァゼが横へと弾き飛ばされる。
不可解の現状に見やるとメグーがムジカを押していた。
「ききっ」
耳の中にかすかに届いた声。負傷したゴブリンが笑い、超短槍〔短足オヂサン〕を放り投げていた。
黒騎士ムジカが適当に投げたガリーの超短槍は幸運にも生きていたゴブリンが不運にも拾い上げていた。
それが黒騎士ムジカの持つ〈幸運〉の恐ろしさ。
偶然に偶然が重なり、ナァゼへと迫った凶刃に運良くメグーは気づいた。
気づいて勝手に手が動いていた。
不運にも超短槍が胸に突き刺さって、メグーは口から吐血。
「止まら→ない↑で→」
駆け寄ったナァゼにメグーは微笑んで、一歩前へ。まだ戦う意志を示す。
「なぁぜなぁぜ? なぁぜなぁぜ?」
庇った理由を知りたいナァゼは問い続けるがメグーは答えない。答えるほどの時間が遺されていないのかもしれない。
朦朧とした意識のまま、倒すという意識だけで生きているという感じだった。
「倒↑そう」
アテシアの矢が黒騎士ムジカへと直撃。
特典〔目すれば当たる〕が発動。
狙いが定まる。
続くメグーの一手。
「あなたの攻撃が何かは推測がついています」
凍結の状態異常狙いだろうと推測して【無氷壁】を展開。
氷属性の魔法を完全に無効化する障壁がメグーの行く手を阻む。
けれどメグーは怯まない。
紫輝石の機銀杖〔可笑しく笑うヨトウン〕が障壁にぶつかり、魔法が発動。
紫輝石から展開されるのは【激化氷塵】のはずだった。
けれど発動される瞬間、展開される魔法が切り替わる。
それは本来ならあり得ない事象。
属性定義を含む祝詞を詠唱した時点で、魔法は決定される。
決定された魔法はそこから切り替えることはできない。
がメグーの杖は普通の杖ではなく、Label AI搭載の機杖だった。
その機杖の出現により新規の特典も出現していた。
「こ↓れがわ→た↓し↑の特→典! 運→良く発↓動し↑てくれ↓たっ!」
「理解不能っ!」
直撃を受けた黒騎士ムジカの皮膚が石化していく。
「なぜ【石化】が発動するんです?」
新規の特典は黒騎士ムジカの中に知識がない。混乱するのも当然だった。
メグーの選択した初回突入特典〔厳格で幻覚な詠唱〕は、使用者の指定した詠唱とは異なる魔法を生成する。
ゆえにメグーが指定した【激化氷塵】の詠唱が特典によって【石化】の詠唱に切り替わり、発動したのだ。
Label AIがもっともらしい嘘を吐くかのように詠唱の定義が違う魔法を発動させるのが特典〔厳格で幻覚な詠唱〕だった。
その発動は完全に無作為だが、メグーは自身の幸運に賭けた。
石化していく様子を見ながらメグーはその場に倒れていく。
「うわあああああああああああああ!」
涙のままナァゼも続く。この意志を無駄にはできなかった。
***
「DDN?」
目の前でボロボロになったグレイにアテシアは問いかける。
黒騎士ムジカがナァゼの【活火激発】の発動直前に放った右腕の樹はアテシアを狙っていた。
急停止も急速回避もできなかったムィは致命傷覚悟で突撃を選択したが、衝突直前でメタバットとともにグレイが盾となり、その衝撃から身を守った。
ただその衝撃は吹き飛ばされたことで何度も地面に叩きつけられ、体中に打撲を負っていた。
「助けるのは当然です。蝙蝠の王とその王女さまですから」
そう言い放ってグレイは気絶した。




