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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
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崩壊

 再生が遅い黒騎士ムジカは自らを確認。冒険者の【分析(ステータス)】にも似た能力で自らの状態異常を確認する。

 【宵闇(ソワール・ソンブル)】の闇属性で引き起こされる暗闇。【弱炎(ボイル)】の炎属性で引き起こされる火傷。【氷結(フリージング)】の氷属性で起こされる凍傷。自然現象で起こりうるものと違い、状態異常に分類されるそれらは継続的な傷に加え、能力低下を付与していた。

 属性で起こるものもあれば本当の意味で徐々に蛙に変わる蛙化など特殊な状態異常もあるが、黒騎士ムジカに付与された四つ目の状態異常も特殊な状態異常に分類される。

 それは属性の追加効果で起こることもなく、専用の援護魔法が存在することもなかった。

「あなたの特典……ええとなんでしたでしょうか……そうそうアレです、アレです」

 一瞬、特典を思い出せず黒騎士ムジカは言葉に詰まる。

「ええと」

 だが思い出してもすぐ言葉に詰まる。それも四つ目の状態異常の仕業だった。

 傷口の治りも遅く、痛みが引きずる。火傷によって皮膚が爛れ、空気に触れるたび痛みが襲ってくる。

 ナァゼが使っているのは初回突入特典〔お肌の大敵(インフラメージング)〕だと理解しているのだが、その効果が分かってもどうしても特典の名前が言葉として出てこない。

「ど忘れしているのなぁぜなぁぜ?」

 ナァゼが分かっていながら挑発するように問いかける。

お肌の大敵(インフラメージング)〕は火傷によって特殊な状態異常・老化を引き起こす特典だった。

 火傷に限らず炎症はそもそも老化と密接な関係がある。

 炎症は目に見える外的なものに限らず目に見えない内部的にも引き起こしており、その際、老化を加速させるといわれている。

 状態異常の火傷に限っては本来そういう効果を持たないが、〔お肌の大敵(インフラメージング)〕にその効果が追加される。

 火傷が発生すれば必ず。

 それはナァゼにとっては都合が良い。

 ナァゼ・ナァゼは絶倒世代の異質者メタモフォシスト、その中で炎属性の状態異常を付与する力を持つ(フレイム)(メタモルフォース)

 炎属性の魔法をひとたび打てば高確率で対象者は状態異常の火傷を負う。

 負えば〔お肌の大敵(インフラメージング)〕の追加効果でさらに状態異常の老化を相手は受けることになる。

 だから、黒騎士ムジカはど忘れしたのだ。

 老化によって物忘れしてしまっていた。再生力が遅いのは回復細胞も老化していたからだ。

 回復細胞の多さが回復量の多さ、回復の速度に繋がるが、老化した回復細胞は分裂も増殖も治癒力も低下している。

 死滅した回復細胞が増殖によって数を増やそうにもそもそも老化しているせいでその増殖も遅い。

 ゆえに黒騎士ムジカの再生は遅々として進んでいなかった。

 風を切る音。

 闇夜と暗闇がそれが何かの判断を鈍らせる。

「【雫泪ドロップス】」

 暗闇の状態異常の回復を優先して、黒騎士ムジカが癒術を展開。

 暗闇が解除されるが、視界はぼやけたまま。

 老眼だった。もちろんそれだけでない、その判断さえも間違い。

 まずは風を切った音を判断する前に防御すべきだった。

 ぼんやりと何かが放たれていると気づいたところで、それから避けるという判断までが鈍ってしまっていた。

 一歩が遅い。

 再び、アテシアの矢が同じ個所に突き刺さる。

「忘れていました……」

 アテシアの特典も看破したというのに、それもド忘れして、判断の際にそれを考慮するのを忘れていた。

「おいおい、いけるんでねえの!」

 ドリストロイが追撃。

 黒恋石の機珪杖〔悪に嫌うヘル〕から展開された【宵闇(ソワール・ソンブル)】を連続詠唱。

 攻撃階級1の【宵闇(ソワール・ソンブル)】は威力こそ低いが、Label AI搭載の機杖によって詠唱は一瞬。

 まるで無詠唱のように連続発動できた。

 狙うは再びの状態異常・暗闇。

 アテシアの矢が放たれた位置へと狙いよく向かっていく。

「【魔絶壁(シアクリフ)】」

 黒騎士ムジカはまるでそこに来ると分かっていたかのように一点集中で極小だが分厚い魔法障壁を展開。

 【魔絶壁(シアクリフ)】が【宵闇(ソワール・ソンブル)】を消滅させていく。

 外せばさらに傷を負う場面での一世一代の賭け――ではなかった。

 それは自分の認識が間違っていれば傷を負うという覚悟を決めた確認だ。

 そして防いだことで確信に変わる。

 アテシアの特典が〔目すれば当たるアテンションエコノミー〕である、と。

 特典〔目すれば当たるアテンションエコノミー〕は特典所持者が指定した箇所を狙うように全員の攻撃にある意味で追尾機能を付与する特典だった。 

 だからアテシアが当てた矢の位置に、他の冒険者たちの攻撃が人知れず集まった。

 他の位置を狙おうと注目していたとしても、アテシアの特典で狙いが自動的に誘導されるのだ。

 実は足止めを狙っている、実は敵の妨害を狙っている。そんな他の冒険者の思惑や狙いを無視してアテシアが関心、注目したものにこそ価値があるという価値観を不自然なく植え付ける。

 そこには別段不快感もない。ごく自然のことだと思ってしまうのだ。

 その特典を黒騎士ムジカは知っていたため、アテシアの狙った位置に【宵闇(ソワール・ソンブル)】に来ると読めていた。

KKKRG(ここからが)HB(本番)!」

 アテシアは冷静。

 黒騎士ムジカも分かっていた。

 アテシアは特典〔目すれば当たるアテンションエコノミー〕を使わないこともできる。

 アテシアが特典を発動した場合は、黒騎士ムジカが先ほど見せたような一点集中の防御で防ぐことは可能だが、発動しなかった場合は逆にそれ以外が無防備になり、障壁を展開し直す必要がある。

 けれど黒騎士ムジカは分かっているのだ。

 特典〔目すれば当たるアテンションエコノミー〕の利点と欠点を。

 だから口笛を吹く。

 魔物たちがその口笛に呼応して再び現れた。

 同時にアテシアの矢が黒騎士ムジカの左肩へと突き刺さる。

 果たしてこれには特典の効果があるのかないのか。

 多くの魔物たちがナァゼのほうへと向かっていく。

 黒騎士ムジカの目下の強敵は状態異常・老化だった。

 ナァゼもメグーもドリストロイも魔物を縫うように駆け抜けていく。

 黒騎士ムジカを狙ったほうがいい、狙うべき。

 自然とそういう思考に縛られてしまっていた。

 特典〔目すれば当たるアテンションエコノミー〕がそうさせてしまっていた。

 けれど、アテシアもそれでいいと思っていた。

 黒騎士ムジカもど忘れしていたのかもしれない。

 この場には全滅師アンナポッカがいる。

 「【大嵐の刃(テンペストブレイド)】★」

 暴風が結界内を吹き荒れる。まさに春の嵐だった。

 魔物たちが吹き飛び、根っこごと抜けた桜の樹が空を舞う。

 大事に使っていた隕石の魔樹杖〔星好きテテポーラ〕が代償として崩壊していた。

 全滅技能は使用した杖を消耗させる。限界がきて消滅した杖はどことなく不吉さを感じさせた。

 そう思うと、嵐に巻き込まれた木々が落ちてくる音さえも不気味に感じてしまう。


 その通りになる。


 アンナポッカの後方に黒騎士ムジカの姿があった。

 嵐に飛ばれされた桜の樹のように、黒騎士ムジカはわざと嵐に巻き込まれた。

 そして運良くアンナポッカの近くに落下していた。

 けれど満身創痍。「【大嵐の刃(テンペストブレイド)】によって舞い上がり、落下によって叩きつけられた影響もあるのだろう。

 それでもいやな予感がしてアンナポッカが後ずさる。

 黒騎士ムジカの再生していない右手が幹のように色を変え、しなる鞭のように伸びる。先端は鋭い槍のよう。

 踵に何かがぶつかり一瞬見やると

 「嘘……なんでこんなところに★」

 運悪く、後ろには倒木が積み重なって壁のようになっていた。

 ふと思う。

 そういえばなんで【大嵐の刃(テンペストブレイド)】を選択したのか。

 数ある全滅技能の中で別のものを選べばこんなことにはならなかったのではないか。

 それは結果論かもしれないが武器が壊れ、逃げ場のない状況に追い詰めれている。

 運が悪い、と思ってしまうのも無理はない。

 思わず特典〔星天の霹靂アスペクト・アンド・ネイタルチャート〕を発動。

「うわああああああああああああああ」

 周囲に幸運位置(パワースポット)がないことが動揺を助長。

 見てしまったことが逆効果になった。これも運が悪いと言うべきか。

「大丈夫か。ようやくここが死に場所か」

 立ち止まってしまったアンナポッカの前にガリーが現れる。

「こっちだよお!」

「走れっ!」

 ガリーの言葉に頷いてアンナポッカはアールビーの元へと走り出していく。

 超短槍〔短足オヂサン〕で鞭のような木の幹を弾くが連撃は止まらない。

「まずはあなたから……です」

 言葉に覇気はない。それでも博打のような策が功を奏して運が悪くなって以降、積極的に攻撃しなかった三人。それにその近くにいるセリージュとムジカ、メレイナへと近づくことができていた。

 何撃目かのしなる木の幹を避けたガリーだったが、その木の幹が後ろにあった積み重なった倒木を壊す。

 轟音。

 雪崩のように後ろの倒木が転がり崩れた。

「……っ!」

 土煙が舞う。

 晴れたその場にガリーの姿がない。

 ただ崩れた倒木の下から誰かの血が流れていた。

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