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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
763/874

飛日

 ***


「亀が使うやつでねえの」

「蟹↓が→使う→技↓能↓じゃなかった?」

「どっちも使うねえ★」

 【空虚の殻(エンプティ・ハスク)】。

 少し大仰な名前とは裏腹に体を徐々に硬質化させていく魔法だった。

 徐々に先端から硬質化し、完全に硬質化すると威力を激減させる効果を付与させる。

 ドリストロイやメグーが言ったとおり、主に甲殻類系および、亀系魔物が覚える魔法だが黒騎士ムジカも取得していた。

「畳みかけないと」

 【影渡(シャドウシフト)】の行き来によって影に潜んでいたネイレスがアールビーの影から出現して警告。

 【空虚の殻(エンプティ・ハスク)】が完全に硬質化すると半刻は解除されない。

 半面、黒騎士ムジカ自体も動けなくなるがおそらくアールビー、アンナポッカ、ガリーの特典を見抜いたことでそう判断したのであれば時間を稼がれるのはまずい。

 ネイレスの【影裏剣(シャドウブーメラン)】が連投され、アールビーも【速球】で対応。

 アンナポッカの全滅技能【雷神の鎚(トールハンマー)】を発動。鎚を象った稲妻が回転しながら周囲へと放出。

 ガリーがその雷鎚の合間を縫うように黒騎士ムジカへと接近し、超短槍〔短足オヂサン〕の超速の突きで黒騎士ムジカの硬質化してない左手を貫く。

「再生がはやすぎる」

 貫かれた左手はもう元に戻っていた。そして左手も硬質化が始まり、両手から胴体へ、胴体から顔、足へと硬質化が進んでいく。

「蟹とか亀とかと大違いだ★」

 甲殻類系および、亀系魔物と違って、そもそも硬質化の速度が違ううえに、再生能力が厄介すぎた。

 【空虚の殻(エンプティ・ハスク)】発動中は硬質化していないところを狙うのが基本だが、狙ったとしても再生されるためほとんど意味がない。

 攻撃も無意味と言わんばかりに【空虚の殻(エンプティ・ハスク)】によって黒騎士ムジカは完全硬質化に成功する。

 完全硬質化した黒騎士ムジカは磨かれた石のように艶やかなものへと変化していた。

 がぢぃいん!

 超短槍〔短足オヂサン〕はその肌には突き刺さらず、跳ね返される。力をあと少し入れていたらむしろ刃毀れどころか折れてしまいそうなほどの硬さをもっていた。

「油断はしないでね」

「皆まで言うな、分かってるっしょ。エンハスは使用者なら好きなタイミングで解除できるじょ」

 【空虚の殻(エンプティ・ハスク)】を略しながら、ネイレスの警告を受け取る。

「え、じゃあひと休みとかじゃなくてこのまま警戒?」

 少し休めるかもしれない、と思っていたドリストロイが緊張の糸が切れないとわかり弱音を吐く。

 黒騎士ムジカという未知の魔物を前に想像以上の汗を掻き、体力は疲弊していた。

「大丈夫。そういうのは全部こっちでやる」

「そそ、キミたちは休んでいても怒ったりしないよ★」

 経験が浅い聖櫃戦九刀(Accen9t)を労わりふたりが言う。

 先輩風を吹かせるわけではないが、急成長した彼らにはそういう労わりも必要と判断していた。まだ長期戦の経験も少ない。

 それでも嫌味にならないようにこう続ける。

「でも、黒騎士が動き出した時には大活躍してよ★」

 だから休んでほしいという理由づけだった。

「お、おう」

 休んでいいと言われると思わなかったドリストロイは変な返事をしてしまったが、メグーとナァゼはその気になってムジカやセリージュたちがいる場所へと移動していく。

「あの子は大丈夫かしら?」

 ネイレスは心配になって空を見上げる。

 ネイレスは宙に浮かぶアテシアのほうではない、別の方角を見ていた。

 アテシアはグレイが操るメタバット(鋼蝙蝠)の指示で地上へと降りてきていた。正確にはメタバットの鳴き声で意図をくみ取ったムィがそう判断したのだろう。グレイは身近にいながらランク6のため、黒騎士ムジカとアールビーたちの会話の端々が聞き取れず何が起こったか曖昧にしかわかっていない。

 それでも休憩するのだと知ってアテシアに迎えを出したのだ。

 一方でネイレスが見た方角には何も見えない。いや小さすぎて見えていないがそこにはリアンがいる。

 リアンの結界はどこまで持つのか――黒騎士を倒すまで解除されないのだとしても、その負担は計り知れない。

 時間をかけたくない、アルと意思疎通したわけではないが共通認識のように無意識的に共有されている事実だ。

 それでも黒騎士ムジカの硬質化が解除されたのは半刻後、日が沈んでからだった。


***


「状況がようやく変わりました」

 硬質化から解除された黒騎士ムジカが笑う。

 春の浸食があるとはいえ結界外は雪景色。年中冬の夜は暗い。

 暗さが視界を悪くしていた。

「やばいよ、ガリー」

 最初に異変に気付いたのはアンナポッカだった。

 思わず★を付け忘れるほどに動揺している。

「キミの幸運が消えた――」

 夜になるまで存在していたガリー自身という幸運位置(パワースポット)が特典〔星天の(アスペクト・アンド・)霹靂(ネイタルチャート)〕では確認できなくなっていた。

 途端だった、ガリー自身がつけた松明の火から飛んだ火花が不運にもガリーの目に入る。

「あっつ……」

 その暑さで思わず松明を手放してしまう。なぜか同時に風が吹いて、松明が体へあたり、不運にも長年愛用していた防具――大山猫皮の服リンクスファー・クロスへと火が燃え移る。

「お気に入りが――」

 急いで脱いで、服をパタパタと仰ぎ消火。半壊して見るも無残な形状になっていた。

 思わず膝が崩れる。

 長年愛用しているといつか壊れる、なくなると思っていてもいなくてもその時が訪れると、莫大な消失感が襲い掛かってくる。

 今がそうだった。

 防具と同時に肉体に大きな火傷を負うが、まだガリーは生きている。

「まだ死ねないのか」

 お気に入りだったものを失って、消失感を味わってもなお、〈悪運〉は尽きてくれない。

 ガリーを生に縛りつける。

 超短槍〔短足オヂサン〕を握りしめ、疾走。

 大地の隆起が突然起こり、そこに巻き込まれて、態勢を崩す。

 木の上で様子を見ていたゴブリンたちが飛び降り、鋭利な爪でガリーの肩を、顔を抉っていく。

 流血しながらも振り払い、立ち上がる。間髪入れずに頭に何かがぶつかる。

「ごめんよ、ガリガリガリーくん」

 アールビーが投げた【速球】だったが不運にも手元が狂い、ゴブリンではなくガリーへとぶつかる。

 不運が続いていた。

「もうキミに運はないです」

 黒騎士ムジカが不吉につぶやく。

「特典〔闇を恐れよ、(カール)運は見捨てぬ(スナウト)〕は夜には不運を呼び込むのですから」

 特典は利点ばかりではない、そしてなおかつ冒険者に与えられる情報も欠点を隠匿されている場合もある。

 特典〔闇を恐れよ、(カール)運は見捨てぬ(スナウト)〕はそのひとつだった。

 もっとも庭名での記載を見れば『闇を恐れよ、』とある。

 けれどガリーには庭名の知識はない。カールスナウトという特典名、なおかつ公開された情報だけで特典を選択した。

 だから知らなくても無理はない。

 特典〔闇を恐れよ、(カール)運は見捨てぬ(スナウト)〕は夜には不運を呼び込むことを。それまでに与えらえれた幸運が嘘だったかのように。

「タッタラ~♪ だったらオイラ様の特典〔ねえちゃんと(スペルミス)ふろはいった(バイアス)〕で五人ぐらい誤認させたらいいっしょ」

「もう特典〔闇を恐れよ、(カール)運は見捨てぬ(スナウト)〕が夜には不運を呼ぶ込むと認識しているのにですか?」

 黒騎士ムジカがガリーにその特典の隠匿された情報を公開したのにはきちんと理由があった。

 言葉だけだったらもしかしたらまだ誤認できたのかもしれないが、ガリーはその前提として不運を身をもって味わってしまっている。

 もう誤認なんてできない。そういう効果なのだと認識してしまっている。

「だとしたら幸運だ――」

 ガリーは笑う。

「不運が襲うのだとしたら、他のみんなは幸運にも不幸な目に遭わない」

 【速球】に当たったことでふらついた身体を起き上がらせながら、

「これで全員が動けるのなら〈悪運〉が尽きるまでとことん不運に付き合いましょう」

「確かにそれ合ってるかも――キミ以外の場所は全部幸運位置(パワースポット)だよ★」

 特典〔星天の(アスペクト・アンド・)霹靂(ネイタルチャート)〕で確認したアンナポッカが★を付け忘れずに言う。

 予想外のことが起きていてもなお、現状は今までとあまり変わらないとアンナポッカは判断していた。

 今までは特典〔闇を恐れよ、(カール)運は見捨てぬ(スナウト)〕、あるいはムジカの〈幸運〉によって運が良かったが、

 逆説のようにガリーがひとり局所的に運が悪くなったことで全体的に運が良くなっていた。

 結果的に、ガリーの言葉通り全員が動ける。

 ガリーの宣言の直後、すでにひとりだけは動き出していた。

「ようやくおれの出番でねえの!」

 声に振り向くと黒騎士ムジカの背後に回った男の『滅』『殺』の眼帯がわずかに見えた。

 夜の暗さの中で視認できたのは黒恋石の機珪杖〔悪に嫌うヘル〕の黒恋石が輝いていたからだろう。

 Label AI搭載のためすでに詠唱は完了済み。

「なんなんですか、その得体のしれないものはっ!」

 黒騎士ムジカに直近で作られた冒険者の武器や技能に対する知識はない。

 その理由は単純明快で今まで封印されたからだが、その理由がドリストロイに有利に働く。

「おれの特典は見抜いてないでねえの!」

 言いながらドリスロトイは思った。こっちの特典にして良かったと。

 実は特典を選択する際に二択で迷っていたのだ。

 初回突入特典〔夜がな(ナイトリー)夜っぴて(ミッド)夜っぴとい(ナイト)〕か、初回突入特典〔利益が(ブラック)飛ぶ日(フライデー)〕か。

 初回突入特典〔利益が(ブラック)飛ぶ日(フライデー)〕は戦闘には全く役に立たないが道具の購入時に常に値引きされるという利点がある。

 常に金欠に悩む冒険者にとってはありがたい特典ではあるがもちろん欠点もあった。

 その辺りが(ブラック)な理由なのもしれない。

 それもあって即決には至らなかった。

 悩んで悩んで結局、ドリストロイは初回突入特典〔夜がな(ナイトリー)夜っぴて(ミッド)夜っぴとい(ナイト)〕を選択した。

 けれど今はその選択は間違ってなかったという確信がある。

「宣言する。おれが選んだ特典とおれの才覚、その全てでお前を倒してやるんでねえの!」

 だから調子に乗って恥ずかしげもなく宣言できた。

 直後、ナァゼとメグーの苦笑が風に乗って伝わってきた。

 同世代の女子に寝台の下を覗かれ見られたくないものを見られたような恥ずかしさが、おれがお前を倒す宣言の恥ずかしさを上回り赤面。

 それでも確実にドリストロイの黒恋石の機珪杖〔悪に嫌うヘル〕から発動した【病闇止(イルネスシャドウ)】は黒騎士ムジカへと届いた。

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