位置
「ゴホゴホ」
霧が晴れたとき、まるで埃が喉に詰まったかのように咳をするだけで、ガリーとアンナポッカは無傷だった。
「やあやあガリガリガリーくんもポッカちゃんも無事だったねえ。良かった姉ちゃん無事で妹!」
適当に思いついたようなギャグを語尾つけてアールビーがふたりの無事を喜ぶ。
「どうして?」
「いやあ、強力な毒霧だったと思うけれど、そもそも毒って薬にもなるじゃん? 毒をくわばらみたいなそういう感じ?」
そこに真実があるのかないのか、答えのような、そうではないような回答だった。
とはいえ無傷なのは明らかにおかしい。
「【猛毒吐息】! 【猛毒吐息】!」
意地になるように黒騎士ムジカは、今度はアールビーも巻き込んで毒霧を展開。
けれど、
「あー、四面楚歌ってこういう感じなのかなあ? お肌もつやつやー」
「絶対違うね★」
「死に損なうからもうやめてくれ、アールビー」
「遠慮するなよ、ガリガリガリーくん。ああ、そうそうそれとさ」
まるでついでのように、そして友達に話しかけるような気楽さで
「これ返すよん。ごーろくなな」
ガリーから手渡された変彩金緑石の藪蛇樹杖〔唯一のヘーカペー〕を黒騎士ムジカへと投げつける。
【武器投】が不意に行われた。
剣投士の上位職武器投師となり、剣以外もどんな武器でも投げられるようになった。
だから何? と言われれば確かにそう。
投げようと思えば他の冒険者も武器を投げることはできる。実際、投擲短剣などは誰でも投げれるように作成されている。
それでも違いはある。唯一投げるときに闘気を帯びるのは【武器投】のみ。
不意に投げられたせいか、それとも取れるとでも思ったのか、右手を伸ばし掴もうとした黒騎士ムジカだったが、掴むこともできず逆に右手が抉られるように破砕される。杖は勢いは衰えぬまま、顔面に迫る。
途端に地面のわずかなずれに躓き、転倒。運良く、回避に成功する。
「イタタタタタ……」
思わず右手でぶつけたおでこを摩る。破砕された右手はおでこを摩りながらも再生を始めていた。
「運良く転ばなければ、自分の武器で自滅もありえましたね」
運良く、とはいうがきっと起こりえると黒騎士ムジカは分かっていたのだろう。
もはや必然と化すほどに〈幸運〉をうまく使いこなしている。
ゆっくりと立って地面に突き刺さった変彩金緑石の藪蛇樹杖〔唯一のヘーカペー〕を引き抜く。
思いのほか深く刺さっていたのか抜いた時の勢いでしりもちをついた。
途端に、地震が起こる。まるで黒騎士ムジカがしりもちをついたら運良く地殻変動が起こったかのように。
「すごいね★ ガリーもだけど、あの子も、あの子だってすごい運の持ち主だ★」
最初のあの子でムジカを、次のあの子で黒騎士ムジカを見てアンナポッカは言う。驚きに★をつけずにはいられない。
「だからアールビーくんが輝く★」
黒騎士ムジカが立ち上がる直後、茂みの草に足を掬われる。
何か危機が迫り、運良く黒騎士ムジカは回避するのだと思った。
「そこは危険だよ★」
アンナポッカがあざとく告げる。★もつけずにはいられなかった。
アールビーの【武器投】に少し遅れて、空高く黒騎士ムジカを狙う姿があった。
それはムルシエラゴに掴まれ、高く飛翔したアテシアの姿。長弓〔威厳ある淑女アージェイル〕を引き矢を構えていた。
「ZUBAAAAN!」
弓士の上級職剛弓師となったアテシアがかけ声とともに矢を放つ。
鏃から矢筈にかけて宿るのは空気を切り裂くような風と、光を包み込む闇。
風と闇の両属性を宿した【FUUUN】。
狙いは黒騎士ムジカの心臓。それが人間の位置と同じかどうか定かではない。
それでも黒騎士ムジカの胸へと矢は突き刺さる。
だけではなかった。
さらに光と炎の両属性を宿す【KAGEROU】が狂わず同じ位置に突き刺さる。
「追撃をっ!」
グレイが号令。号令によって翼を前方に突き出し、針のようになったショーヴ・スリが突撃。
野生のショーヴ・スリはそのような技能を持たないが、グレイの鍛錬によって仕込まれていた。
そのショーヴ・スリが矢の刺さった位置に狙いを定めている。
「……特典、ですかっ!」
当たらないはずの矢が当たってしまった黒騎士ムジカは当然それを疑う。追撃のショーヴ・スリを払いのけ、後退。
わずかにとった回避行動が心臓に突き刺さるはずの軌道をずらしていた。
春の浸食ともに前進し、結界の出現で停滞した黒騎士ムジカにとっては初めての後退。
屈辱はないにしろ目の前の冒険者たちが、自分を倒しうる脅威だという認識は芽生えていた。
「……っ!」
後ろに殺気。
ネイレスがこの機会を逃すはずがなかった。
影法【影渡】によって人影、物影を辿り、黒騎士ムジカの後方へと高速移動していた。
忍術【伝水】によって水の刃を得た上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕を高速で打ち振る。
焦りがあったのかもしれない。
その刀身はわずかに黒騎士ムジカの首に届かない。
がそれも計算のうち。
まるで記憶の底にそういう技を使う人がいたことを思い出したのように黒騎士ムジカも気づいて首を後方へと下げる。一文字に血が滲むが軽傷。
致命傷になる一歩手前。気づきの速さが黒騎士ムジカを救う。
ネイレスは忍術【伝水】によって纏っていた水を高速で打ち振ることで刃端に水を寄せて刀身の長さを疑似的に伸ばしていた。
届かないと思わせることで油断をさせる一手。
気づけたのは幸運だった。
黒騎士ムジカは何かを思い出したことすら露と忘れ、自分の幸運に当然のように感謝する。
「【凍結吐息】!」
瞬間凍結させる吐息でネイレスを遠ざけ、未だ滞空するアテシアを一瞥。次いでアンナポッカへと視線を動かす。
〈幸運〉が機能しなかった原因はどちらか。
危険だと指摘してきたアンナポッカか、それとも矢を放ったアテシアか。
グレイを除外したのは彼がまだランク6だと黒騎士ムジカは直感で分かっているからだ。
直感でランクは分かっても、ランク7の特典は探るしかない。
それは冒険者でも魔物でも同じ。
それでも黒騎士ムジカはアテシアの特典だと
アンナポッカがアールビーに指示を出したり黒騎士ムジカに危険を告げたりするのを確認するにアンナポッカの特典にはすぐに目星がついた。
特典〔星天の霹靂〕。
目を凝らせば、浸食を防ぐ結界の少し上に星天舞台が見えた。
特典〔星天の霹靂〕は
特定の領域に星天舞台を設定。その設定した舞台で特典使用者は幸運位置が確認できる。
星天舞台内の幸運位置は運の溜まる場所である。
つまり、戦闘における運要素が増大する。
技能成功率、敏捷性に関わらない回避率に、まぐれ当たりの命中率、そう行ったものが自然に高まる。
そう考えれば、変彩金緑石の藪蛇樹杖〔唯一のヘーカペー〕を奪われたのも、こうして矢に貫かれたのも腑に落ちた。
ただ、特典〔星天の霹靂〕は幸運位置の確認しかできない。
黒騎士ムジカ自身は運の上振れで自身に命中したと解釈。
「傷も癒えてきました」
アテシアから放たれ胸を射た矢はすでに抜かれ――というよりも傷の治療とともに押し出されたというのが近い。流れた血が止まり、自動的に傷が癒されていく。首の一文字の傷は胸の傷よりも早く治療されていた。
「まずはあなた、から消えてください」
アテシアへと変彩金緑石の藪蛇樹杖〔唯一のヘーカペー〕を向けて、魔法が発動。
Label AI搭載の機杖のように詠唱無しで発動される。
竜のような見える石の礫群――魔物専用魔法【竜の飛礫】がアテシアへと強襲。
ムィに掴まれたままのアテシアは動じない。ムィが思うがままに動き、【竜の飛礫】を避けていくが、【竜の飛礫】が追尾。
当たるまで追尾するその魔法は回避では逃れられない。防御して防ぐのが得策だがその対策をアテシアは知らない。
ムィが避け続けるが、【竜の飛礫】は止まらない。
「キミキミ、こっちに来て★ あそこに移動したらなんとかなるよ★」
アンナポッカが飛翔するアテシアに聞こえるように大声で★をつけて叫ぶ。
指差す位置には何もないが、黒騎士ムジカは理解していた。
幸運位置。
黒騎士ムジカはアンナポッカの示す位置へと走り出す。
アテシアもアンナポッカを信じる他なかった。ムィの飛翔も限界が近い。降下を始めていた。
「こちらのほうが早い!」
「ММSW」
どちらが辿り着くのが早いか。競走のようにアテシアも黒騎士ムジカもアンナポッカが指定する位置を目指す。
早かったのは黒騎士ムジカだった。
「アールビー★」
「ほいほい」
軽い返事で、アールビーが黒騎士ムジカへと視線を送る。
途端に【竜の飛礫】が黒騎士ムジカへと激突する。
アテシアがアンナポッカへと指定した幸運位置に遅れて到着することで、黒騎士ムジカにぶつかると判断したムィが黒騎士ムジカを避けていた。
その超回避に【竜の飛礫】の追尾が対応できず、アンナポッカの指定した幸運位置にいた黒騎士ムジカに運悪く直撃していた。
もろに直撃を受け、銃弾で体を穴だらけにされたように貫かれた黒騎士ムジカはその傷を治療しながら
「なるほど。二択に定めた時点で私の勘違いでしたか」
アールビーを睨みつける。アンナポッカかアテシアか、そう判断したのが間違い。
武器を奪われたのも矢が直撃したのも運の上振れではなく――アールビーの特典の影響だった。




