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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
758/874

開幕

 ***


 黒騎士ムジカの討伐へと向かった冒険者は二十人だった。

 けれど蓋を開けてみれば黒騎士ムジカのもとに辿り着けたのは十二人。

 結界外は大雪。馬車が爆発した情報もあったが、徒歩で行くのも自殺行為。雪道専用の馬車でしか到達できない。

 才覚〈幸運〉、そして〈悪運〉を持つ冒険者の周囲にいた十二人以外は、辿り着く前に行方不明になってしまっていた。

 雪の中での遭難がいかに危険か。行方不明になった冒険者の結末は想像に難くない。

 それでも十二人が辿り着けたのは幸運とみるべきか。

「行くわよ。本当にムジカにそっくりね」

 それでも結界が張られたのと同時に十二人のうちのひとりネイレスが号令を出す。

 結界自体は人体に無害。詳細は詳しく聞かされてないが、結界内で展開されている春の浸食が、結界の外まで侵食していないのを見るにそういう結界なのだろう。

 リアンの負荷はどれぐらいなのか、ネイレスはそれが気がかりだが、それでも目の前にいるムジカによく似た黒騎士に対応しなければならなかった。

「見れば見るほど私ですね」

「だからって手加減はしないわよ。というか、相手はあくまでも黒騎士だからできるわけない」

「分かってます。セリージュもメレイナも私だからって手加減しないでね」

 ムジカは言う。セリージュとメレイナは頷くが、ムジカそっくりの黒騎士ムジカの姿にすでに尻込みしている。

 鮮血の三角陣(レッドトライアングル)でのデュラハン戦では想い人や知り合いなどの顔に変化する。その経験があるふたりだが、デュラハンのその変化はあくまで腕に抱えられたもの。首から切断された顔であるため、いくらそっくりとはいえ偽物という感覚が大きい。むしろデュラハンはその変化によって心象を刺激する役目があった。

 けれど黒騎士ムジカは違う。鎧こそ来てないが黒いローブを羽織り、さながら祈りを捧げる未亡人のような佇まい。肌も冒険者たちと同じで魔物じみていない。

 そんな黒騎士ムジカは現れた冒険者十二人に告げる。

「ここまで来くるなんて幸運ですね。でも私がまた幸運にも生き残ってしまうのでしょう」

 黒騎士ムジカが祈るようにそう告げるとなぜか地面が隆起した。

 春の浸食によって咲き誇っていた桜の樹の根が流動し、地面を破壊していく。

 それでも被害はゼロ。

 まばらに散っていた冒険者たちだったが、その地面は幸運にも隆起しない。

「運では勝てませんよ」

 ムジカが告げる。全く同じ顔の魔物――黒騎士ムジカに。

 黒騎士ムジカはムジカを認識しているのかしてないのか。

「ああ、あなたも〈幸運〉ですか――」

 自分と同類だと気づいて黒騎士ムジカは憐れむようにムジカにこう告げた。

「それはそれは不幸ですね。何人死にましたか? あなたが幸運にも生き残った現場で」

 その言葉にムジカは過去を思い出し、怯む。アジ・ダハーカとの戦いではムジカの仲間たちがムジカを除いて全員が死亡した。

 もちろんレシュリーたちも生き残ったが、その戦いにおいてムジカの居場所はその仲間たちのなかだけで、そこだけで見れば確かに運良く生き残ったと言えなくもないのだ。

 さらに黒騎士ムジカの言葉は続く。

 その間にも地面が根に連動して隆起を繰り返すが十二人の近くの地面は幸運にも隆起すら起こらない。

「今回も幸運にもここに辿り着いたようですが、結末はどうなるのでしょう? もしかしたら私とあなただけが運良く生き残るのかも?」

 ムジカに向かって過去を抉るように嘲笑して黒騎士ムジカは告げる。

 まるでおとぎ話の魔女が鏡の中の自分に化けて自分自身を傷つけているようだった。

「そんな結末にならないわよ」

 横やりを入れるようにネイレスが告げる。

「そのための準備はしてきたの」

 レシュリーたちが不在の間にネイレスたちは封印の肉林(シールフォレスト)に挑んでいた。

 結果はネイレスとセリージュのみが合格。ムジカとメレイナは試練に失敗したがそれでも幸運にもムジカとメレイナは生存して戻ることができた。それもこれも〈幸運〉のおかげだったが、それ以外のところでメレイナの足を引っ張ったことでムジカは自分を責めた。ばかりか〈幸運〉の効果がメイレナにも及んでいなければ死ぬ可能性があったことにムジカは恐怖したのだ。

 ネイレスにセリージュ、メレイナの三人と過ごす環境は心地の良いもので、先ほど指摘された過去を和らげるものだったのだ。

 それはネイレスにも分かっていた。

 ネイレスもブラッジーニ・ガルベーを失っている。支柱がなくなったときに、レシュリーが連れてきたまるで弟子のような教え子のような年下の三人の存在は新たな支柱となっている。

 もちろん、ムジカが自身の〈幸運〉によって周りが不運になっていると感じている節を感じ取っていた。周りがそんなことを思っていなくても。 

 〈幸運〉の効果はときにムジカの周囲にも幸運をもたらすが全員ではない。

 今回、二十人中十二人も辿り着いたのはもちろん〈幸運〉の効果が大きい。近くにいるガリー・ガリィの〈悪運〉の効果も当然あるのだろう。

 それでも八人が行方不明になったのだからムジカは運良く十二人も辿り着けたとは思えない。

 ムジカはそういう子なのだ。

 結界が張られるまでの待機中、多少気落ちしていたのを寒い中必死に励ました。

 けれどそういう気落ちする気持ちを作らない状況が重要なのも事実。

 ネイレスはだからこそ行動で示す。

「運良く? 運悪く? もう私にはそういうの関係なくなったのよ」

 隆起する地面へとネイレスは飛び出す。元より忍士、今はさらに上の上級職、影師。平衡感覚はすぐれている。

 体幹を崩すことなくネイレスは黒騎士ムジカへと近づいていく。

「そこからでいいわ。他の人は援護を」

 ネイレスが叫ぶ。

「運良く近づけたから――なんだというのですか?」

 隆起した地面――都合よく崩れてその岩盤が宙に浮かぶ。浮かんだ岩盤は隆起によって暴れるようにしなる桜の樹の枝に運良くぶつかり、ネイレスへと飛んでいく。

 が、ネイレスは軽々とその岩盤を避けてムジカに接近。

「――っ!」

「私が運悪く避けれられないとか思った? あなたにとっては運良く岩盤が当たってくれると思った?」

 戸惑う黒騎士ムジカに告げる。

「言っとくけど――」

 ネイレスはムジカへと視線をやり、

「あの子の〈幸運〉の力は関係ないわ。私はね、もうそういうのに干渉されないようになったのよ」

 黒騎士ムジカの腕を上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕の刃が掠る。

 さすがに危険と感じたのか黒騎士ムジカは回避行動を取っていたがぎりぎり間に合わなかった。

「やっぱり一筋縄ではいかないわね。身体能力はあの子より断然上みたいね。身体能力もそっくりだったら絶対に倒せてた」

「舐めないでください」

 それでも黒騎士ムジカの感情が動く。ネイレスを睨みつけていた。

 黒騎士ムジカが〈幸運〉だけではないとネイレスも改めて自覚する。

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