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tenth  作者: 大友 鎬
第13章 次々と失っていく
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黒園

 東アズガルド大陸の最南端のエンドレシアスとかつて飛空艇の材料集めに奔走した大怪獣の爪痕の反対側――東に広がる砂漠、アラズール砂漠。

 その中央にある、大穴。底知れぬ深さを持ち、深淵としか思えないような風景。

 隕石が堕ちた地とも、世界の鼻とも呼ばれるそこには終極迷宮(エンドコンテンツ)の入口がある。

 ただし人気(ひとけ)人気(にんき)もない。

 魔物の強さに加え、砂漠特有の気候が、その入口の到達までの難易度を引き上げていた。

 その入口が大穴の横に存在していた。

 ランク7までだったらそれだけの風景だったのだろう。

「不気味ね」

 大穴の中央――そこに浮かぶ異様な砦と、そこまでつながる十字の橋。

 橋の幅は一人分で広くはないが、頑強な鉄製の――暗黒の橋が道を作っていた。

 大穴の底には何があるのだろう。これほどまで大きな穴は相当に巨大な【隕石地任グランシャリオメテオリット】を使ったのだろうか。

 不思議に思いつつ異様な砦を見つめる。

 こちらも黒かった。断罪の黒園(ギルティガーデン)の名前通りというわけだろう。アリーが言った通り不気味さもある。

 それでもひとりで探しに来たときよりも不気味さを感じなかったのはアリーがいるからだろう。

「行こう。入口まではいけたんだ。魔物も出てこなかった」

 アリーの手を握って、ゆっくりと歩いていく。

 ここまでの旅路はアリーの先導だった。道すがら現れる魔物を倒し、僕の役目は終始援護だった。

 ここぐらい先導したいという欲求があった。

「本当に危険じゃない?」

「怖いの?」

「バッカじゃないの」

 アリーが空いている手で僕の背中を叩く。

「ちょっと……」

 本当に態勢を崩して、落ちそうになる。

 橋からの転落は免れたけれど手を離さなかったのでアリーと抱き合うような形で倒れた。

「びっくりした?」

「死ぬかと思った」

 転んだとき、お互いが驚いた表情をしていた。想定外の出来事にどちらともなく笑う。

 上に乗っていたアリーが立ち上がって手を差し伸べ、僕が手を取り起き上がった。

 戦闘前のじゃれ合いが妙な緊張感をほぐしていた。

 試練の前はいつも緊張していた。アリーにそんな気はなくても、そんな些細なことが緊張をほぐしてくれるのだ。

 砦の前に到着すると、四方を囲む城壁と大きな扉が出迎えてくれた。

「そこのレバーで開くでかしら。だとしたらさしずめ意思確認ね」

「意思確認?」

「もしかしたらジゼルはこのレバーを引いても、扉が開かなかったから諦めたのかもしれない、って思ったの」

「なるほど。でも……」

「分かってる。そんなに甘くないわ。でもそうであってほしいって思っただけ。引くわよ」

 アリーがレバーに手をかけて思いっきり引く。

 ギギギギギィと重い扉が開いていく。

 そこに敵の影はなかった。

 本来の砦の役割は持たず、遺産的な価値としての砦というべきか。

 何事もなく砦内部に続く扉を調べる。

「こっちにはレバーはないみたい」

 アリーが扉の取っ手を引く。内部は円形の大きな部屋があるだけだった。

 その中央に暗黒の侍甲冑を着た老人が胡坐を組んで座っていた。――黒騎士とも見えなくもない。

「入ってこられよ、挑戦者」

 僕たちに気づいてその黒騎士は声をかける。

 中に入ると自動的に扉が閉まる。この仕掛けにはいつまでも慣れず、扉の閉まる鈍い音で思わず振り返った。

「あんたは?」

「自己紹介は後でよい」

 荘厳な黒騎士の声に反応して、黒騎士だけに点灯していた明かりが全体へと広がる。

 全体が見えて、現れたのは三つの石像。

 どことなく冒険者が封印されているようにも見える石像だった。

「汝らに問う。――試練に挑むか?」

「当たり前じゃない」

「ならば、右手にある台座の転轍器を押し挑戦権を得るがいい。ただし――その転轍器はただの転轍器にあらず。まさに世界の分岐点である」

「それはどういうこと?」

「その転轍器を押せば、そこにいる四人の黒騎士が世界に放たれる。彼らは獄災四季(カラミティカラーズ)。災厄そのものだ」

「四人って――あんたは含めるの?」

「そうか――そうだったな。世界に放たれるのは三人だ。我らは百年でひとり消滅するのでな」

「なんで減るの?」

「それは知らぬな。ただ他の試練も人数や年数によって緩和されたりするのだろう。それと同じではないか?」

「それとジャックによればここの相手はヴェレッタ・オッターヴァの技術を黒騎士の間で奪った魔物だったはず」

「その名は二番目の黒騎士だ。そして今、全世界に存在している三番目の黒騎士はその石像の――」

 指さす方向の石像を見て絶句する。

 アルの言った通り――そこにいるのはアネクにそっくりの黒騎士だった。

「おそらくそのジャックという冒険者がいた頃は我ではなくそのヴェレッタ・オッターヴァとかいう冒険者がここの番人だったのだろう。彼が百年経過により消滅し、何番目かの我が改めて番人に選ばれたということだ。同時に無作為に選ばれたアーネック・ビジソワーズの黒騎士が世界に解き放たれたのだろう――もちろん解放された黒騎士はある種の裁定者で災厄ではなく、この石像自体が解き放たれて災厄となるがね」

「お前たちはなんなんだ?」

「なんだと言われてもな。ここの番人であり、過去未来を合わせて黒騎士の間と呼ばれる部屋に囚われた五人なのだろう。いや、今は四人か――」

「ねえ」

 判断材料として黒騎士の話に耳を集中していたが、アリーに唐突に呼ばれた。

「他のふたりも見て」

 アネクを確認したことで、他のふたりも気になったのだろう。アリーは確認して、僕は見て見ぬふりをしていた。

 嫌な予感がしていた。それでもアリーに言われて確認する。

 残りのふたりは――見知った顔だった。

 アロンド・ホームとムジカ・メレル。

「何を驚いている。今生きている冒険者が黒騎士にでもなっていたか? 言っただろう、過去未来を合わせて黒騎士の間と呼ばれる部屋に囚われたと。それに汝らは次元(サーバ)も認識している。他の次元(サーバ)の冒険者かもしれぬ」

 だとしても驚きは隠せない。

「さて、一通り理解したか。最後にひとつ。挑戦権を得ないのであれば引き返せ。ただし引き返せば二度とこの試練には挑戦できない。そして挑戦権の得方については口外はするな」

「――だからジゼルは諦めたのか」

 ジャックもヴェレッタ・オッターヴァを殺せないと諦めたけれどジャックにもそれだけではないような違和感が付きまとっていた。

 そしてジゼルは解き放たれた獄災四季(カラミティカラーズ)をひとりでは倒せないと判断した――。

 本当にそうか?

 ジゼルの言葉を思い返す。

 

「私は到達するのが早すぎた。極みを目指すにはまだ世界は未熟すぎる」


 改めてその言葉を思い出して、意味をなんとなく理解する。


「アリー」

 震える声で僕はアリーの名前を呼んだ。

 諦めよう、と続けようとして

「私が押すわ。私が全部背負う」

「そんなこと――しちゃだめだ」

「なんで?」

 アリーも理解していたのだろう、それでもアリーは決心していた。

 僕は諦めてもいい。諦めても旅は続けれるし、ふたりでずっと一緒にいることだってできる。

「冒険じゃなくなるから嫌よ。私はあんたと一緒に冒険していたいのよ。誰に咎めれたっていい。あんたはずっと味方でしょ。私が世界とって悪になったってあんたはずっと味方でしょ」

「アリー……でも僕は……」

「あんたは優しいから。これ以上、犠牲を出したくない。誰も失いたくないんでしょ。きっとこのスイッチを押せば犠牲は出るわ。だからこそあんたじゃなく私が背負うの。あんたじゃきっと耐えれない気がするから」

 アリーは僕のことも含めて、そう言ってくれているのだ。

 僕は引き止めたかったけれど、それはアリーにとっては裏切りになってしまう。

 それでも――決心がつかない。

「レシュ。愛してる。だからずっと好きでいてよ」

 アリーは待つつもりなんてないのだ。

 愛の言葉を告げながら、アリーは一切の業を引き受けて台座のスイッチを押す。

 僕が許してくれると知ってるから。


 押すと同時に断罪の黒園(ギルティガーデン)の扉が消滅。城壁と化していく。

「よろしい。汝らは挑戦権を得るに至った。ただし挑戦権を得た汝らがこの試練に挑戦するためにはしばし時間を頂く」

 僕が理解したことが現実味を帯びてくる。


「世界の命運は他の冒険者に託された。見事、災厄を打ち滅ぼして見せよ」


 黒騎士の告げた言葉が全てだった。そう僕たちはその災厄と戦うことはできない。

 だからジゼルは自分がランク8に最速で到達したことを嘆いた。解き放たれた災厄を他の冒険者が倒せないと判断したからだ。

 ジャックは相手がヴェレッタ・オッターヴァと知って諦めたが、ジゼルと同様の判断も下していたのかもしれない。

「世界が滅亡してなければ、次は我が相手だ。一応元となった冒険者の名前でも名乗っておこうか。我はカンベエ・ヤギユウと申す。お見知りおきを」

 そして三つの石像から黒騎士が解き放たれていく。

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