聖櫃
「ようやく終わった」
終極迷宮から脱出して背筋を伸ばす。
アリーとコジロウ、アルとリアン。合わせて五人で帰還する。
ここに来るときにいたシャアナはそのままディエゴたちを追い、ルルルカとアルルカは再びふたりで終極迷宮での旅を続けている。
別次元のロイドやジョーカーなどの知り合いも増えたので、終極迷宮の再会もあるのだろう。
「アリー。少し休憩したら――」
次の試練に行こう、と次の展望を話そうとしたらアリーは周囲を見て立ち止まっていた。
「まだ終わってないよ、先輩」
目の前にはレイシュリーを含む十人が周りを囲んでいた。
「ぼくたちとも勝負してください」
「どういうこと?」
「ぼくたちはまだ認めてないんです。先輩の強さを。さっきの戦いだって先輩は大して活躍してないように見えましたけど」
「いや……うん」
レイシュリーとは終極魔窟で出会ったばっかりだ。なのにすごい言われように言葉に詰まる。
「だから勝負してほしいんですよ」
「あー、そのさ……疲れているから遠慮したい」
素直な今の気持ちだった。B0DH1・5ATTAの激戦での怪我は癒えているけれど、疲労困憊なのには違いない。
「あ、あ、あ、あ、あ!」
僕のまるで戦いを渋るような問答に痺れを切らしたのか、『滅』『殺』の眼帯をそれぞれの目につけた男が怒りをぶつけるように叫ぶ。
「もういいでねえの、レイシュリー」
「ドリストロイ……」
「こいつは戦わない。やっぱり所詮、こいつは、まっすぐ勝負してない糞みたいな冒険者ってことでいいんでねえの。そんで悪評通りの死神」
「まだわからない。わからないよ」
その言葉はなぜかアルを見て、言っていた。
仲違いのような状況に僕が戸惑っていると
「レシュ。疲れてるとは思うけど、戦いなさい」
戦ってあげて、ではなく戦いなさいという命令形。
「アリー……?」
ふとアリーを見ると、アリーは静かに怒っていた。
挑発されたのは僕なのだろうけど、ドリストロイの言葉は僕ではなくアリーの怒髪天を衝いていた。
それを見て、僕は笑う。
僕がけなされて、怒ってくれる人がきちんといる。
「レイシュリー!」
言い合いをしているふたりに気づかせるために声を張る。
「やろう。僕の実力みたいんだろう?」
「ヒュゥ♪」
口笛で嬉しそうに音を鳴らしたのはドリストロイだった。
「まずはキミから? それとも全員で来る?」
「舐めやがってんでねえの。おれが最初でひとりでやってやるんで」
挑発にドリストロイが乗ってくる。手には黒恋石の機珪杖〔悪に嫌うヘル〕。Label AI搭載の機杖だろう。
瞬く間に【収納】から取り出していた。
「あ+8べ22、11けど」
そう答えたのは露出している肌に+-÷×を模した印をつけた冒険者。
「僕もいいですけど、次は僕がやっても?」
常に逆立ちしているのか、今もなお逆立ちする男が言葉を続けた。ただし、手ではなく髪で逆立ちしている。
「ぜん、いんのい、けんをも、と、めるひつよ、うありま、す? もう、ドリ、ストロ、イがさい、しょでよ、いので、は?」
言葉にやや詰まりながら、時折喉を触る男が全員の合意を省略するように言葉を紡ぐ。
「もういいよな。おれが最初で、そんでそれで終わらせてやるんで」
一歩を踏み出そうとした瞬間、僕はドリストロイとの攻防を終わらせた。
いやもはや攻防でもなかった。
黒恋石の機珪杖〔悪に嫌うヘル〕で魔法を発動するよりも先にドリストロイの顔を【超速球】で潰していた。
「なっ……」
さすがのレイシュリーも言葉に詰まる。
「キャハハ、ドリストロイちんやぁられてる。ナァゼ・ナァゼに教えてよ。なぁぜ、なぁぜ負けたの?」
思わず笑ったのは桃色髪でハートのツインテールの冒険者。棒つきの飴を投げながら、
「そぉれ、そぉれは聖櫃戦九刀の最弱だぁから!」
自分の問いに自分で答える。
「ナァ→ゼ↓・ナァ→ゼ↓、悪↑い癖↑です↓よ、そ→れ↓。わ→た↓し↑に何度↓言わ↑せるんです→?」
水色縁の眼鏡をクイッと上げて位置の調整をした少女は真面目なのか前髪がきっちりと揃っている。
「発音おかしいメグーちんに言われたくなぁい、なぁい」
「ドリストロイが撃破されたのは想定外ですね。さてどうします? 個人的には全員での行動を推奨しますが」
白いやたらと長い眉毛に、通常よりも二倍ある薄黄色のまつ毛が特徴的な優しげな男が聖櫃戦九刀全員に方針を確認する。
「シワシッシチシはシぜシんシいシんシにシいシっシぴシょシうシ」
口の右側を二本だけ針で縫っているのが特徴の少女がかなりの早口で答える。
しかも何を言っているかが分かなかった。
「ソンソソさんは僕に同意だそうです」
「よ、くわ、かる、ね。パー、セ、プ。でもぼ、くもさん、せいだ。ほか、のひ、とは?」
「くそがっ!」
話し合いの最中、ドリストロイが気絶から立ち上がる。
「キャハハ、聖櫃戦九刀の最弱のトリストロイちん、死んでなかったんだぁ! ナァゼ・ナァゼに教えてよ。なぁぜ、なぁぜ生きてるの?」
「あぁ? 答えはこれだよ」
ドリストロイは僕の投げた球を拾い上げて、僕へと投げ返す。
直前で地面に叩きつけられた球は少し跳ね返りやがて僕の足元で止まる。
「舐めてんでねえの。こんな護謨球を使いやがって」
僕は護謨球を拾い上げる。【超速球】を扱う際の球は基本的には鉄球だが、練習用杖など、基本職用の武器が存在しているように、投球士にも怪我をさせないための球が存在している。
それが護謨球だった。
「これは腕試しなんでしょ」
僕は言ってやる。
「だから最初から怪我をさせる気なんてなかったよ。キミたちが、そうだったととしても」
それは最大限の挑発だった。
最初から手加減してやるという宣言だったから。
本来なら失礼でそんなことはしてはダメなのだろう。そんなことは分かっている。
けれどアリーが僕のためを思って怒ってくれたから。
僕はレイシュリーたちに実力差を見せつける。いやな先輩だと思われても。
そんな気分なのだ。
「来いよ。見せてやるよ」
「おい、レイシュリー」
ドリストロイが言う。自分たちの――聖櫃戦九刀の統領に向かって。
「もういいでねえの。こっちが先に喧嘩売ったけど、ここまでコケにされるとは思ってなかったんでねえの?」
「流石にそうだね。それは想定してなかった。っていうかドリストロイ。ぼくはキミにも怒ってるよ。キミの安い挑発でこうなったんだ」
「それは悪かった」
「まあいいよ。キミの安い挑発がなかったら戦うことすらできなかったかもしれない」
「安い連呼やめれ」
頭を小突こうとしたドリストロイの拳を避けてレイシュリーは笑って、僕に向き合う。
「囲んで、一気に叩くよ。さすがに九方からの攻撃は避けれない」
指示が飛び、聖櫃戦九刀が僕を中心として九角形の角に立つように僕を囲む。
囲まれる前に、その円から離脱することなく、僕はその策にあえて乗る。
聖櫃戦九刀全員が一気に駆けだした。
「Label AIって、途中で階級を変えることはできるの?」
九人それぞれが機杖を持っている。
知識が乏しい僕はLabel AIで自動詠唱することしか知らない。
その設定は使用者本人がするとして、その設定の緻密さが分からない。
僕の問いかけはガン無視。
当たり前だった。
とはいえ、詠唱から魔法展開までの時間の自由度は通常の魔法よりも高い。
すでに九人全員が、詠唱を終えているとみるべきだろう。
そしてレイシュリーが少変で、統領。
なのだとしたら、レイシュリーに従う八人はそれぞれの属性の異質者とみるべきなのだろう。
僕が用意したのは【転移球】。
「転移に警戒」
レイシュリーの指示も飛ぶ。この包囲を抜けられたくない。想いがあった。
もう一方で【造型】したのは3と表示された球。
【転移球】を見せつけたまま僕は地面へとその球を無造作にばらまいていく。
一瞬、前進していた全員の足が緩む。
最初に投げた球が、2、1と秒を刻み、0でジリリリリ……と音が鳴る。
一方で、投げた球の何個かが0秒でハズレの札を出して、足を緩めた全員を挑発する。
「舐めやがって!」
激高したドリストロイが加速。秒読みする球を無視して進む。
怒りからその球を踏みつけた瞬間、カウントが0を刻み、爆発。
「なっ!」
火薬をかなり抜いて威力を落とした【三秒爆球】がドリストロイの足で爆発。
ドリストロイと同じように警戒を薄めた何人が同じように被弾し、それを見て、他の全員が足を止めてカウントが全部終わるまで待つ。
爆発範囲はそれほどまでではなく、実を言えば威力を落とすには意外と技量が必要で【三秒爆球】よりも【三秒球】のほうが数が多い。
ただ足を止めてくれるのは恰好の的。
九人に手早く、護謨球での【速球】に【変化球・利手曲】【変化球・逆手曲】と三種の球を使い分けて投げ続ける。
避けやすいようにわざと速度を落として。
「これ、ぼ、くた、ちはなめ、られてい、るのでは?」
「わ→た↓し↑はゆだ↑んしませんよ」
「ダメだ。誘導されてるっ!」
レイシュリーだけが僕が想像してない方向へと避ける。
キングたちとの戦いを見ていたからか、速度が通常よりも遅いことに気づいたのだろう。
でも気づくのが遅い。
「吸引されている!」
「シうシごシけシなシい」
僕が投げた球の中で黒い渦が蠢いていた。【誘引黒球】だった。
黒渦が拡大し、誘導された八人がその渦へと引き寄せられていく。
そこに護謨球の【超速球】の嵐をぶち込んでいった。
「もうやめて。降参だ」
レイシュリーが言う。
護謨球によって威力はかなり落ちているが、当たり前だが当たれば痛みは生まれる。
動けなくしたところに小さな痛みが断続的に襲っていく。
終わりがいつなのかわからず疲弊して喋ることができない八人に代わっての敗北宣言だった。
【誘引黒球】が消え、八人がへたり込む。
「ははっ」
レイシュリーが参ったという感じで、八人に駆け寄っていく。
「やっぱりアル先輩の言った通りだったなあ」
リアンも何も言わずに八人の治療を開始していた。
「やっぱりアルが差し金だったの?」
僕は苦笑していた。
アルが知り合いそうだったのに、レイシュリーを止めようとしないのにも少し違和感があった。
「見抜かれていましたか。俺も戦いを挑まれたんですよ。そのときにレシュさんの話も出たからきっと負けるから挑んでみればいい、って言ったんです」
あえて挑発するような言い方をしたのはもしかしたら僕をコケにされてアルも怒ったのかもしれない。アルは性格上、そんなことをするようなタイプではないから。
「私はみんなにもやめるよう反対したんですけど。止められなくてすいません」
リアンも申し訳なさそうに言ってくる。
「大丈夫。大丈夫、僕こそ、しごくような感じでごめんね。大人げなかった。アリーが怒った手前、やらないわけにはいかないし」
「怖いでござるからな」
僕とコジロウがアリーを見ると「何よ?」と睨み返された。
「だけどキミたちも【誘引黒球】に吸い込まれた瞬間、魔法を発動すれば相打ちも狙えたかもだよ。さすがに8人の同時展開は防げなかったかもね」
冒険者の先輩っぽく助言はしておく。
「いや、むず、かし、いですよ」
「機杖の操作は意外と繊細なのです」
「確実に初見の技能に混乱してそれどころじゃなかったですね」
「+か2。あ+7ん10あの3秒の82でびび210か124782た」
それぞれが反省を口にしていく。すぐそれができるのは実力がある証拠だろう、というのは少し上から目線すぎるかも。
僕が皮切りに始まった反省会だったけれど、後はアルとリアンに僕たちはひっそりとその場を後にした。
***
久しぶりに帰宅したらやっぱり疲れが溜まっていたのだろう、ばたん寝台に倒れこむと、決して大きくはない寝台へとアリーが滑り込んできた。
「たまには、ね。あんた頑張ったんだし」
アリーの顔をまじまじと見て、けれど眠気がすぐに襲いかかってくる。
「おやすみ」
額に柔らかい感触が伝わったのを最後に僕の意識は微睡に落ちていった。
第12章 完
第13章 断罪の黒園編へ続く




