炎壁
***
「そーれではあなーたがお聞きしたかったことにお答えしまーしょう」
休憩室のなかにはロイドにゲシュタルト、ディエゴにサスガ、トワイライトにシャアナ、ルルルカ、アルルカ。
そしてレストア本人に僕にアリー、コジロウ、アル、リアン、ジネーゼと部屋の大きさに見合ってない人数がいた。
誰一人狭いとは言わないけれど窮屈な状態で、話を早く切り上げたくなった。
微妙に大人数が気まずいのか、「お茶あったかな?」と湯呑の棚から取り出しながら、大きな机の、それぞれの近くにお茶を出していく。
所狭しと駆け回るのだから窮屈さに拍車がかかっていた。
「キミが残っていた理由を教えてよ」
僕がそう尋ねてもジョーカーは答えなかった。
「……」
「レストアくーん。できれーばコーヒーが良ーいのでーすが?」
前に置かれた湯呑の中身を確認して、ジョーカーは注文をつける。
「できーれば、前のように取っ手付きで。湯呑は風情があってよーいのでーすが、やはりコーヒーには白く取っ手付きのコップでなーくては」
「今入れます」
ジョーカーは数が足りないから誰もが座るのを遠慮していた椅子に座り、コーヒーが届くのを待って、いやコーヒーが届いて一口つけてから
「それで質問の答えなーのですが……わたーくしは亀裂を消ーすという方ー法でPCたーちの扉を消したのですが……」
とコーヒーをまた一口。
「その段階でわたーくしには懸念事項が生まれたーのでーす」
「懸念事項?」
「そう。そこにおられるコジロウ嬢とジネーゼ嬢では気づーけるのでは? 扉が閉じーる前、何が起こったか分かれば」
「何が……と言われても……PCが出てきただけでござろう?」
「うん。ジブンもそれ以外は何も……でも出てきたのが結構少なかったような……」
「そーれですよ!」
パチンとコーヒーの入ったコップを握ってない手で指を鳴らす。
体がわずかに揺れてコーヒーが零れる。
「おう……!」
「布巾あったかな?」
レストアが布巾を取り出して忙しなくジョーカーの世話をしていた。
「申請待機しーていたPCは大量に存在していまーした。けれどわたーくしは扉を消滅させーただけで、そのPCはどうにかしたわけではなーいのです」
扉消滅の功労者はジョーカーだけでなくブラギオもいると心の中で付け加えておく。
ジョーカーが付け加えないのは、手柄を横取りしたいのではなく、面倒くさいだけなんだろう。
「じゃあ後始末っていうのは?」
「まさにそーれ、ですね」
扉たる亀裂が消滅する前申請待機していたPCたちはたくさんいた。
では扉がなくなった今、どうなっているのか。
ジョーカーはそれを懸念したんだろう。
「もし、そーれが世界に何らかの不具合を起こしーてしまったら?」
きちんと終極迷宮に転送されればそれはそれで良し。敵として対峙すれば退治すればよいだけのこと。
ジョーカーの懸念はもし転送先が消滅した終極魔窟であったなら――どうするかという問いかけだった。
そこはある意味で虚無の空間、次元の狭間なのだろう。
終極魔窟の舞台には意志があった。
もしその意志が世界なのだとしたら、その世界に異物が不具合として存在し続けることを嫌ったら――。
「もしかしたら不具合をなくすために、無作為に次元へと申請をPCを放り出すことさえあり得る」
「その通りでーす。まるでー小骨が喉に刺さったまーまが嫌だからー適当に吐き出してしまうよーうにーね」
「何それ……」
「そうなったら大変でござる。終極迷宮で阻止している意味すらなくなってしまうでござる」
「ええ、だから策を講じたのでーす。名付けて疑似的終極魔窟」
どどんとジョーカーは命名する。
「名前だけじゃわかんないから」
アリーのいうことも尤もだ。
「まーあ、簡単に言えば第三の選択肢みたいなものでーす」
ジョーカーはコーヒーの飲み干しておかわりを手の合図だけで要求する。
「終極迷宮に転送されーる保証はなーい。終極魔窟に残ーれば不具合の可能性もあーる。ならば、逃げ口を作ればいーい」
おかわりのお礼に無言の会釈を返して
「レストアくーん、休憩室は閉じまーしたよね?」
「ええ、はい。終極魔窟の入り口はもうないです」
「なーら、そろそーろ発動しているでしょーうね」
そう言ってジョーカーは世にも恐ろしい舞台の内容を語り出した。
***
申請待機していたPCたちは扉のなかで申請も退出もできず、操作不能だった。
そこに一縷の望み、一筋の光明のように突如暗闇の中に出口ができる。
そこはジョーカーの作り出した――疑似的終極魔窟だった。
『knuckle palm>ナニコレぇ……?』
数百という申請待機を終え、飛び込んだknuckle palmが見たのは阿鼻叫喚の地獄だった。
PCたちが狭い部屋で身動きも取れずにいた。その部屋の許容人数が五十人だとしたら、その部屋に二百人を無理やり詰め込んだという感じだろうか。
だからknuckle palmも突入早々身動きが取れない。
『harrow good-bye>誰か、伝えて……もうここには入ってくるなって。これは罠だって』
『bun-bun cyagama>終極魔窟の申請待機してたら意味ないって。強制的にここに飛ばされる』
『knuckle palm>ねえ、待って待って。退出すれば脱出できるんじゃないの?』
『harrow good-bye>だったらメニューを見てみて』
『knuckle palm>あ……』
メニューの退出は消えていた。もちろん、存在していたらこんな圧迫される場所に全員いないだろう。
『knuckle palm>ねえ、下がってきてませんか?』
徐々にいた位置が下がり、そこに遅れて申請してきたPCが補充されていく。
『harrow good-bye>うん。それにちょっとずつ熱くなっているような……』
『knuckle palm>というか、下がるにつれ聞こえてくる悲鳴はなんなんですか?』
『bun-bun cyagama>ああ、ああ……溶岩だ。溶岩が見える……なんだよ、これ。ちくしょう焼却炉のつもりかよ』
下敷きになっているPCの隙間から見えた景色をbun-bun cyagamaが伝える。
ジョーカーが疑似的終極魔窟を作成した理由はたったひとつ。
申請待機しているPCの消滅のためである。
『bun-bun cyagama>あああああああああああ、熱いっ熱いっ熱いっ熱いっ熱いっ』
『knuckle palm>溶ける溶ける溶けるっ』
『harrow good-bye>やめてやめてやめてやめて』
自身の頭上に表示された体力が、溶岩に沈んでいくたびに減少し、そのたびに痛みが振動のように現実へと伝わっていく。
もちろん伝わる痛みは何十、何百分の一かに減少し、後遺症などは残らないように設定されているが、PCは溶岩に沈んでから体力が0になるまでじくじくとまるで嫌がらせのように頭痛のような痛みが断続的に続くことになる。
一定のPCが消失したところで溶岩が変異。今度は氷海となって、PCたちを冷凍させていく。
炎耐性を持つPCたちも存在するため、溶岩だけでは対応できないとジョーカーも考えていた。
氷海に稲妻が落ちていく。海に浸かっていないものは焼けて消滅、浸かっているものは感電して消滅とさまざまな手法で舞台に圧迫されたPCたちが次々と消えていく。
申請待機しているPCは申請と同時に退出できない舞台へと落とされ、そこに用意された罠によって次々と消滅する。
それがジョーカーの作り出した疑似的終極魔窟――帰宅困難区域ファイアーウォールだった。
短くはない時間をかけて全ての申請待機しているPCが消滅。
同時に帰宅困難区域ファイアーウォールも役目を終え、自動的に消え去った。
――そうしてキング<7th>によって生まれた亀裂は修正された。




