最期
***
「邪魔すんなよ。誰ひとり」
ディエゴがニカッと笑う。
細剣〔裏切りの忠臣トネイリー〕を構えるのに合わせて黒金石の樹杖〔低く唸るジーガゼーゼ〕を取り出す。
キングの全身に闘気が纏っていた。強く儚い闘気。全気力を振り絞って固有技能を発動。
しかもここに来て、固有技能が派生する。
ディオレスも使っていた攻勢、守勢、速勢以外のもうひとつ全勢。
皇帝型には存在しなかったその型を、キングはここで閃く。
【全勢・皇帝型】。
「マジかよ」
ディオレスがその土壇場力に驚嘆。ディエゴが口笛を吹いて賞賛し、わざわざ詠唱に入る。
「数多の精霊よォ、俺の声を聞きやがれ」
ディエゴは初回突入特典〔詠唱が必要がない幸せ〕によって階級3以下の魔法を無詠唱で唱えるのが戦闘態勢の基本。
だが、あえてここでディエゴは詠唱を開始する。
「南に熱さ。北に乾き。西に熱さ。東に乾き」
キングは動けない。ディエゴがなぜ詠唱を選択したのかその意図を読み取ろうとしていた。
「南西に熱さ。北東に乾き。南東に熱さ。北西に乾き」
キングはまだ動かない。ディエゴが詠唱する瞬間を狙っているという単純なものではない。
属性の定義から炎と判断できるが、どこまで詠唱するかによって階級が定まる。
同時にこれがフェイントである可能性も疑っていた。
「南々西に熱さ。北々東に乾き。南々東に熱さ。北々西に乾き」
本来、魔法士系複合職は詠唱してからでなければ魔法は発動できない。
けれど〈10th〉のディエゴの初回突入特典〔詠唱が必要がない幸せ〕はあまりにも有名。
詠唱を途中で破棄して、無詠唱で階級3以下の魔法を放つことも可能だった。
「南々々西に熱さ。北々々東に乾き。南々々東に熱さ。北々々西に乾き」
最大限の警戒をして、構えたままキングはまだ動き出さない。
「南々々々西に熱さ。北々々々東に乾き。南々々々東に熱さ。北々々々西に乾き」
属性の定義が終わる。
キングはこの瞬間、走り出していた。
「鬼が如し炎よ、延々と続き全てを燃やし尽くせ」
ここまで詠唱すればディエゴの選択肢はひとつ。
「【鬼炎万丈】!」
無数に現れた炎鬼がキングヘと火炎を放射しながら距離を詰めていく。
その炎鬼へとキングは突っ込んでいく。
〔減点にして弔電〕が炎鬼たちへと発動。その速度と威力を低下させ、その中を【全勢・皇帝型】の全能力上昇によって突破。
「突破するのかよォ」
【氷牙】を連射するのを見て、キングが加速する。
どことなくディエゴに焦りの表情。
避けずに強行突破を選択したキングに【氷牙】の牙がぶつかり、頬にわずかに凍傷。低確率で発生する凍傷の状態異常が、キングの体を蝕んでいく。
動きが鈍ってもなお、キングはディエゴへと突進。致命傷圏内へと捉えて、細剣〔裏切りの忠臣トネイリー〕を突き出す。
途端に黒金石の樹杖〔低く唸るジーガゼーゼ〕から何かが発動。前方には何もない。
【落石】だと判断したうえで耐える選択。
「これで詰みだ」
黒金石の樹杖の杖先がいつの間にかキングの視界の外にあった。
杖先が細剣へと衝突。大事に扱ってきた細剣の刃が砕ける。
「さっき覚えた技だァ」
【特襲攻撃】。攻撃の瞬間に少しだけ意識を逸らせる打術だった。
砕けた刃はそのままキングへと跳ね返り、目へと突き刺さる。
勢いをつけたまま、キングは態勢を崩す。
「執念ってのは怖ぇな」
キングを見た後にシャアナを見てディエゴは呟く。
「正直、お前が警戒してくれなきゃたぶん負けていた。【特襲攻撃】を知ってたら負けていた。凍傷になってくれた運も味方した」
全快のディエゴだったらもっと余裕だっただろう。余裕を見せてもディエゴは封印されて体力を奪われていた。
だからこそ攻撃階級10の【鬼炎万丈】でキングの警戒心を煽り、その後焦ったように【氷牙】の連射を演技して、杖が見える状況で【落石】を使い、わざとらしい不意打ちもした。
全ては【特襲攻撃】に繋げるために。
「お前の負けだ。ラインスロット・レッサー・ドゥラグーン」
「……我が名を知っていたのか」
キングは驚いていた。
「仇の名前ぐらい調べるだろうがよォ」
もっとも<7th>と<10th>では次元が違うから本当の仇ではないけれど、出会ったどの次元のディエゴにも仇を討つことは依頼されたことだった。
それでも指摘されたのが恥ずかしいのか、早口で吐き捨てて、近くに落ちていた短剣を拾う。
短剣〔信奉者アジェビーダ〕。
その短剣を見てキングは皮肉に笑う。
「民にトドメを刺されるか……」
***
「ライン、あなたはもっと自由に生きていいと思いますよ」
結婚式の終わり、トネイリーはラインスロットにそう告げた。
トネイリーとヴェレッタ。
ふたりの兵士の結婚がフォクシーネとドゥラグーンの隔たりを無くすはずだった。
ラインスロットの王になるための日々は辛い日々だった。
それがなくなれば――そう願い、トネイリーはヴェレッタに頼み込んで自分たちの幸せの儀式に政治的要因を組み込んだ。
身近にいたトネイリーが臣下として行えるラインスロットへの精一杯の優しさだったのだろう。
もし成就していれば、ラインスロットがディエゴとリアンの父たる王を支え、ふたりにとって頼もしいお兄さんという立ち位置も――未来もあったのかもしれない。
***
「じゃあな」
ディエゴが別れの言葉とともに短剣で心臓を貫き、キングは斃れる。
キングの目に溜まっていた涙が頬へを伝い、地面に落ちていた折れた細剣〔裏切りの忠臣トネイリー〕へと一粒落ちた。
それがキングの――ラインスロット・レッサー・ドゥラグーン<7th>の最期だった。




