折心
周囲には自分とは違う名札――敵による包囲網ができていた。
クイーンの殺害とタミの裏切りがそうさせるには十分な時間があった。
「悪いが仕切り直させてもらう」
レシュリーを見て、ディオレスを見て、キングは告げる。
「させるわけない」
「てめぇはここで負けて、野望もとっとと諦めろ」
「何も分かってない下民がほざくな。王たる王の野望は大義で成就せねばならぬことなのだ」
「笑っちまうぜ」
ディオレスは一笑する。決して嘲笑ではなかったがキングにはそう見えてしまった。
「その結果が、仲間を殺し、仲間に裏切られてるじゃねぇーか。大義で野望で、成就しなきゃならないなら、そういうことが起こらないように事を進めなきゃならなかったんじゃねえのか」
『B0DH1・5ATTA>そもそもそういうのを{起}こさないようにするのが{王}じゃないのか。まあ{暴君}ってのもいるにはいるけど』
「そーもそも疑ー問なのでーす。キーング、あなーたはそもそも次元を統一して、それからどうするのでーす。統一世界を制定でもするつもーりでーすか?」
「もちろんそうだ。それ以外あるか?」
「だとしたらおかしくないか?」
ブラギオが問いかける。
「統一直後、何が起きるかわからない。当然、反逆者だって出るだろう。勝手に世界を変えたお前を恨む人間だって出てくる」
「カッカッカ。確かに。即挑むやつだっているだろうな」
自分がそうだ、と言わんばかりにソレイル・ソレイルが笑う。
「だとしたらなんだ? 王たる王の野望が叶いし後も継続して戦い続ければいいだけの話だろう」
「だったらなんで仲間たちをすぐに使い捨てたの? ひとりで戦いきれるわけがない。仲間を大事にして、一緒に戦い続けるべきなんじゃないのかしら?」
ギネヴィアが生まれた疑問をそのままぶつける。
「また集めればいいだけの話だ。それにお前たちを倒し切ればPCたちを利用することもできる。統一世界で共に戦うことも可能だ」
『Buddhak's etra>今のあなたに従うPCがいるとは到底思えないのデスワー』
『HUMA・Ntte117>ぼぼぼぼぼくはもそう思う』
「でーすねぇ。もーしキングに従うつもーりならPCたーちは扉のなーかで申請待機なんてしなーいでーしょう。見限って利用すーる方ー向に切りー替えーた証拠でーす」
「それにあなたは次元の統一に固執しすぎている。結果、それがむしろ建前にしか見えないのよ」
「本音を話せ。キング」
シュリの言葉に続いてディオレスが問いただす。
「変わらんよ。王たる王は全ての次元を統一する王となる。それが臣下の望んだことだ」
「あくまでも本音はいないってのか……」
「キング。キングはさ臣下の中に好きな人がいたの?」
レシュリーはふと思いついた言葉を吐き出していた。
「その人のために王になろうとしているの? 統一したいのはもう自分の次元では生きてないその人に会いたいからじゃないの?」
それは自分がキングだったらなぜ次元を統一したいのか考えた結果だった。
「考えたくもないけど、もし僕だってアリーが死んだらなんとか会いたいって思う。僕がキングの立場で、アリーが他の次元で生きていると知ったら、僕だってどうにかして他の次元に行きたいし、それができないなら次元を統一を考える」
そのレシュリーの発想にキングはまるで図星のように無言になった。
「ブハハハハハハハハ!」
ディオレスが爆笑した。
「いやすまん、すまん。コケにしたわけじゃねえ。それが本音だとしても隠すことねえだろうと思ってよ」
「何も、何もわかりはしないくせに」
ディオレスの笑いに激怒したというよりもレシュリーに言い当てられたからかキングは激高していた。
「分かるぜ。俺だってシュリを失うのは怖い」
「同意だ。ギネヴィアを失いたくはない」
ディオレスとソレイルがそれぞれ最愛の人を見つめて告げる。
それぞれ最愛の人を失った〈10th〉ではディオレスはデュラハンの首にシュリの幻影を見て自殺し、ソレイルは最強を求めなければならないという強迫概念に囚われてユグドラ・シィルにブラッジーニの持つ毒素を解き放つという暴挙に出た。
〈10th〉とは異なるにしても失った結果の結末は不幸としか呼べない。
「僕だって分かるよ。分かるからその答えに辿り着けた」
アリーを見つめてレシュリーも告げる。アリーの死を恐れるからこそ【蘇生球】を選び、その成功確率を上げるために特典を選択している。
今だからこそ分かる。
キングが建前で次元を統一と告げたのには違和感があると。本音が好きな人に会いたいなのだとしたら腑に落ちた。
「王たる王は――いや、我たる我はトネイリーに会いに行く。そのために――」
本音を隠す必要がなくなかったからこそ、
「仕切り直させてもらう!」
はっきりと宣言した。キングがこの場から離脱すれば、次は確実に次元を統一を成し遂げるという気迫があった。
なおかつ、キングには他の人が知らない、仕切り直す方法を知っているのだろう。
だからこそ自信満々にそう宣言できる。
「もーしかしてこーの空間がー崩壊すーると思っていーるんですか?」
キングは包囲網から抜け出すことを試さず、さらに言えば宣言するだけ宣言して、最大限に警戒をさせておきながら何もしようとしない。
それを訝しんでジョーカーは問いかける。
「崩壊はする。クイーンは死に、我は”亀裂”を失った。土台がない以上、崩壊し、自動的に終極迷宮に戻る」
だから仕切り直しになる、とキングは暗に告げていた。
「そーれはどうでしょうかねえ。そもそもわたーくしたちがここにどうやって来たと思うのでーすか?」
「俺たちは声に呼ばれてやってきたぞ」
「ええ。あなーたたちはそうです。けれどわたーくしたちは違います」
ジョーカーは語る。
「そもそーもこの終極魔窟は、特典〔魔窟創造〕の力を"救済"によって作られた永休牢獄に封印さーれたNPCたーちの力を利用してキーングが”亀裂”によって変質させーたものでーす」
改めて、ジョーカーはその仕組みを告げる。
「そしーて今、終極魔窟の三本柱、特典〔魔窟創造〕も、"救済"も、”亀裂”も消滅ーした」
「だとしたらおかしいですね。ここも終極魔窟。一向に崩壊の兆しがない」
ブラギオが察して続ける。
「それに俺たちもこの終極魔窟――いやこの舞台の声に呼ばれた。だとしたらその力がなくなった今、元の次元に戻っていてもおかしくねえ」
ディオレスも仕組みと異変を理解して指摘する。
キングももう気づいていた。
「わたーくしたちがここに到達した時点で終極魔窟は三本柱ではなく、四本柱になっていたのでーす」
ちらりとジョーカーはレストアを見た。
キングも悟り、走り出していた。
「彼を放置してーいたのは誤算でーしたねえ」
ディエゴたちに永休牢獄を使用したとき、弱めすぎて封印できなかった。
とどめを刺せたのにぎりぎり逃げられた。
脱落の可能性がある問題多発時空ヒヤリハットをレストアの対戦舞台に設定したのもキングだった。
そんな小さなずれが、非常用にと用意していた終極魔窟の崩壊というキング仕切り直しを狂わせていた。
レストアの特典〔休憩室〕がしっかりと終極魔窟の支柱として組み込まれていた。
レストアが死ぬか、特典〔休憩室〕の入り口を終極魔窟から切り離してようやく崩壊が始まり、終極迷宮へと戻るのだ。
「おのれっ!」
レストアへ向かうキングをディオレスとソレイルが阻む。
「どけっ!」
「お前のもう負けだ」
今まで以上に容易くキングは跳ねのけられた。
技能を使う気力もないのか、殴られ、蹴られ、転がり、包囲網の中心へと倒れたまま戻ってくる。
全てが狂い、心が折れる寸前だった。
「我は――会いたいのだ、トネイリーに」
野望が成就できない、絶望の可能性に自然と涙があふれてきた。
どれだけぶりに泣いたのか分からない涙だった。




