孤立
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キングは不敵に笑う。計画に狂いはないと。
それを体現するかのように、彼方からクイーンがこちらへと向かってきていた。
いや、様子が違っていた。
クイーンは動揺を隠せず、キングに縋るように走ってきていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
なぜ謝ってきたのか、キングはすぐに気づけなかった。
だが自身に起こった異変。そして、クイーンが向かってきた方向にあった亀裂――扉がなくなったことで事態に気づく。
扉もだが――自身に起こった異変こそがキングを激怒させる要因だった。
「何をした。お前は何をしたのだ?」
「操――操られて無理やり。ワテクシの意志ではないのです」
「なぜ操られるようなへまをした? 意識をきちんと持っていれば――操られることなどなかっただろう! まさか王たる王の約束を破ったのか」
「そ、それは……。ですが、ですが勝つためです。全てはあなたの野望を叶えるため。叶えるためなのですわ」
一方でクイーンはテアラーゼたちに見せていた強気な態度から一転、弱気な態度で、キングに恐れを見せていた。
失望されたくない、その一心だったが、
「もういい」
キングは失望した目でクイーンを見つめていた。怒りもにじんでいた。
クイーンへとキングは細剣〔裏切りの忠臣トネイリー〕を突きつける。
「許して、許してください。キング」
まるで悪さをして父親に叱られている娘のようだった。
「ならば、もう一度、〔嘗ては格好の的〕で、自身の〔嘗ては格好の的〕を否定しろ」
「それは……」
言いよどむクイーンにキングはさらに失望する。
「もう三回使ったのだろう? 不用意にも程がある」
「待ってください。今から、今からワテクシがすべてほかの連中を倒せば――」
「もういい。お前の役目は永休牢獄でディエゴたちを封印した時点ですでに終わっている。あとは邪魔さえしなければそれでよかったのだ」
「そんな、そんな、ワテクシはキングーー王のために。王のために役に立とうと」
もはや王は聞く耳を持っていなかった。
「ルルルカの封印は役に立ったが、調子に乗ったな」
「調子だなんて――全てはあなたのために、ですわ」
「だが結果が全てだ。お前のせいで全て台無しになった。王たる王の”亀裂”が失われた今、王たる王の野望は遠のいた」
細剣をクイーンの額に当てた。そこから血が流れても、クイーンはキングから視線を外さない。体は恐怖で震えていた。
「死をもって償え」
クイーンはその言葉に涙を流した。完全に失望されたのだともう力を入れることすらしない。
「愛しています。ワテクシはキングを愛していますわ」
「王たる王がお前を愛しているわけがなかろう」
涙の量が増えたことにキングは気づいても無視した。クイーンの愛の告白にもキングは動じない。
そのまま額に当てた細剣〔裏切りの忠臣トネイリー〕を突き刺していく。脳天を貫き、クイーンは額に穴をあけたまま、後ろ向きに倒れた。
「ししししっ。どうしてクイーンさんを殺したのでしゅか。王」
saikyou manに助けられてキングのもとに辿り着いたタミは、キングの手でクイーンが殺される瞬間に、その場に辿り着いた。
そうして問いかけてしまっていた。問いかけざるを得なかった。
タミは少なくともクイーンの恋心を知っていた。キングもその恋心を感じ取っていると思っていた。
だから<7th>のジャックやジョーカーが簡単に殺される光景を見ていてもクイーンだけは何があってもキングに殺されることはないと思っていた。
タミはキングをある意味で妄信していた。何があってもキングに従い、その野望のために戦ってきた。
それはきっとクイーンがキングを愛していたことにどこか絆みたいなものを感じていた。
絶対に崩れない絆。それはsaikyou manとの間にも芽生えたものだった。
それがあるからこそタミはキングを信じられたのだ。
タミの問いかけにキングは告げる。
「結果的に役立たずだったからだ」
いつも笑っていたタミはその表情を一変させる。
王を睨んでいた。
「兵士は裏切る可能性があり、切り札は王たる王の野望にとっては使い物にならない成果しか出さなかった。女王は無謀にも己をそう名乗り、台無しにした。民も裏切るのか?」
「もう信じきれないでしゅ」
saikyou manにむしろ申し訳ないと思ってしまった。キングの野望を叶えるため戦ってきた意味がもう分からない。
簡単に人を使い捨てる人間だとは思っていた。
それでも心の底ではそうではないと思いたいタミの心すら、キングは裏切ってみせた。
「なら好きにしろ。野望はやり直さざるを得ない。この女のせいで」
クイーンの死体を蹴り飛ばし、キングはさらに冒涜するように唾を吐いた。機嫌も悪くなっているようだった。
自然とタミは飛びかかっていた。
「しししししっ」
笑いながら。
タミの読めない表情を気に入ってキングはタミを仲間に従えた。だからキングはきっとタミの気持ちなど分かっていないのだ。
どんなにつらいことがあっても笑う。いや笑うしかなかったタミの気持ちなど。
クイーンだけだ。「おやめなさいな」と窘めてくれたのは。それでも癖のように笑ってしまってクイーンが呆れ返ってしまったのだけど。
それでも、そのときだけはクイーンがタミの笑うしかなかった気持ちを、理解してくれたような気がした。
だからそんなクイーンをいともたやすく殺して、尊厳を汚すように足蹴にしたのがタミは許せなかったのだ。
「王たる王は多少はタミ、お前を気に入っていた。今も昔もお前はただ王たる王に従ってくれたからな」
「しししししっ!」
「だが裏切るなら、要らん」
大剣〔戦略家の家臣ジグゾグ〕が飛びかかるタミの首を切断する。
ぎっぢんと鈍い音がしてタミの首が飛んだ。
けれど勢いのまま飛びかかったタミの胴体は止まらない。
突き出した腕にはタミが取り出した短剣があった。遊撃師のタミには無用の長物。
遊撃師であるにも関わらず【緊急回避】も使わず、キングの刃を受けたのは死を賭して報いを受けさせたかったからかもしれない。
キングにとっては想定外。鼠顔のタミの窮した一撃。
首を斬られてもなお、わずかにしか失速しなかったのは【正面衝突】によって勢いをつけていたから。
力強く握りしめた短剣〔信奉者アジェビーダ〕がキングの腹へと突き刺さる。
「ぐっ」
痛みを堪えて、キングはタミを押しのける。
「どうしてこうなるのだ……」
クイーンを殺し、タミを殺し、もはやキングは孤立していた。




