正体
9
「それではお三方、これが〔失意のままに〕でございます」
ゴーザックが僕たちにランク4の証たる秘宝を渡す。
ジネーゼたちは宝石を奪い取るように受け取ると足早に逃げていった。少し話もしたかったがしょうがない。話と言っても別にコケにしようとかそういう思惑はなかった。
「いつも思うけど……なんで宝石の名前ってこんなに暗いのよ?」
「一説ではあるものの人生を象ったものだといわれております。不運と不幸を重ね、それでも全てを手に入れた栄光を讃え、あるものの人生を秘宝の名に連ねた、と」
「妙に説得力がある感じね」
「作り話が好きな語り手が作れば、説得力など簡単に生まれてくるものです。あくまで一説にしか過ぎません」
ゴーザックはやたらと一説でしかないと強調していた。何か意味があるのかといぶかしんだが、意味があるようで実はないかもしれないとそれについては無理矢理納得してみた。
「何にせよ、おめでとうございます。次の試練は分かっているとは思いますが隣の太陽の闘技場で行なわれますよ」
「知っているわ。でもわざわざありがと」
「さて、それでは外に出るでござるか」
「先に行ってて貰っていい?」
促すコジロウには悪いけど僕にはやることがあった。
「どうしたのよ」
「少しゴーザックさんに聞きたいことがあるんだ」
とはいえすごく個人的なことだ。
「それ、私たちにできない話なの?」
除け者にされまいとアリーが反論する。
「やっ、そんなことはないけど……」
確かにそんなことはない。ただこれは僕が純粋に確かめたいことではっきり言って無意味といえば無意味なのだ。
「だったらここで待っててもいいわよね?」
「分かった。じゃそこで待っていてよ」
「で私に訊きたいこととはなんでしょうか?」
話が途切れたところを狙ってゴーザックさんが尋ねてきた。こんな至近距離だ。僕が質問したいことがあるという話を聞かれていても当然だった。
「ゴーザックさん、あなたは何者なんですか?」
「それはどういう意味で?」
「ナイトゴーントの魔方陣。あれは誰も知らないものだと島の図書館の本には書いてありました。でも試練の魔方陣はナイトゴーントを呼んだ。もし、あれを描いたのがゴーザックさんであるならばなぜ知っているんですか?」
「だから私が何者かと質問した、そういうことですか?」
「そういうことです」
「ハハ、これはすごい。その指摘をしてきたのはキミが初めてです。そのお礼に教えてあげましょう。確かにあの魔方陣は私が描きました。そして私は人間じゃありません。おっとだからってもちろん魔物でもありませんよ。地縛霊とでも言いましょうか」
「あとこれも本から得た知識に基づいた僕の推測でしかないですけど……あのグールって元は人間ですよね」
「推測でよくそこまで辿り着きましたね。……大当たりです。あなたには驚かされてばかりだ。あのグールはかつての私の仲間です。ちなみに彼に噛まれてもゾンビ化することはありません」
そういえば僕も噛まれていたことを思い出す。グールに噛まれてゾンビ化すると騒いでいた冒険者がいたけれど、そのときは僕は気にすら留めなかった。
「グールの彼も私も、そして受付の彼女もいわば呪いによってここに縛られている。だからこそ地縛霊なのですよ」
「ということはすでに……」
「ええ死んでいるという概念が正しいでしょう。これでおそらくご納得いただけると思いますよ」
ゴーザックが握手を求めてくる。応じようとするもゴーザックの手を僕の手がすり抜ける。
「ご納得いただけましたか? とはいえ、私どもの中で生きた者に触ることができないのは私だけです。グールの彼と受付の彼女には平然と触れるはずです」
「でもどうしてそんなことに?」
「β時代よりも古い時代からこの的狩の塔の内容変化がありません。もっともその時代では受付も案内人もおらず、ただ石版に詳細が書いてあるだけでした。若かった私どもはあろうことかその石版を壊したんですよ。若かりし頃の過ちというやつです。結果、呪われたとでも言いましょうか。それからずっとこの地で案内人をやっております。そしてそれぞれが代償を負った。私は誰にも触ることができない、グールの彼はグールとして生きるしかない、受付の彼女は誰にも覚えてもらえない」
悲しそうに言うゴーザックの傍ら、受付の女性を思い出そうとしてみたが……確かに顔すら思い出せない。
「私どもは死んでいるから死ねません。だからグールの彼は殺され続けても何度も的狩の塔に登場する。私がナイトゴーントの魔方陣をかけるのは呪いと同時に、その書き方を刻み込まれたからですよ。つまりその魔方陣すらも呪いということです」
「解放はされないんですか?」
「さあて。誰かが全てを手に入れてくれたら私どももお役御免になりそうですが……。しかし悲観なさらずに。私どもは常に高揚を感じているのです。最近は素晴らしい冒険者が多い。あなたもそうです。全てを手に入れるものが本当に現れるのかと懸念した時期もありました。しかし今は違いますよ、むしろ近年の冒険者の強さを見ていると、もうすぐなのではないかと期待できます。ですから悲観などせず、私どもなど気にせずにあなたは前に進めばいい」
僕は何も言えなかった。僕は知らないままでいるために推測を推測で留めておくべきだったのかもしれない。
それでも僕は知ってしまった。知ってしまったから「彼らを救う」という新しい目的ができた。




