茶会
激戦のさなか、ジョーカーとブラギオ、レストアの三人がいる亀裂の傍は台風の目のように静かだった。
ほどんどの参戦PCが、亀裂の傍を初期登場位置に設定しなかった、というのものあるが、
キングたちに加勢したPCが軒並み倒されているのを見て、参加者が激減しているというのものあった。
それでも新規参加数はまだ二桁。数が負担になるのを防ぐには
「やっぱり亀裂をどうにかする必要がありまーすねえ」
亀裂たる扉をじっくりと眺め、ジョーカーは言う。
「そもそも、前提としてこれは特典なのか?」
同じく眺めていたブラギオが問いかける。
「とも言えるのかもしれませーんね。確証はありまーせんが」
「推察としては?」
「わたーくしが対戦した相手はクロスフェード・シュタイナーと言ったのでーすが、彼は”特異”を消されることを嫌がりまーした」
「待て待て。情報にない。”特異”の説明が先だ」
「おおーぅ。そうでーすね。まあ、特典に近いと言えば近いです。言ーうなればランク7にならなくてももーらえる特典、あるーいは才覚とでも言うべきでーしょう?」
「なるほど。なんとなくだが理解した。そんなものが普及したらますます継続上昇が進む。弱者救済で作ったのかもしれないが、よりうまく使える強者はより強く、全く使えない弱者はさらに弱くなる代物でしかない」
「ですが、実ー際に普及しているとこーろでは普及してしまっているのでーすよ」
「論点がずれた。”特異”は理解した。そしてお前が戦ったというクロスフェードという人物がそれを消されるのを嫌がったとそういうことだな」
「ええ。ということは推測できるでしょう。この扉はずばり――」
「「”特異”でできてる」」
ジョーカーとブラギオの言葉が揃う。同じ推察だったようだ。
「打ち消し方は分かるのか?」
「方法はあーりました」
「過去形だな」
ジョーカーは肩をすくめ、
「嫌がられた、と言ったでしょーう。抵抗さーれて、”特異”を消せーた薬品は不許可にされーたんですよ」
「別の方法が必要ってことか」
ブラギオは考える。
「あなーたは特典を持たず、わたーくしの特典ではもうやりようがない」
「じゃあこいつのは?」
ブラギオがさっきからキョロキョロしているレストアを指さす。
「えっと……」
「彼の特典も無ー理、でーはないのかもしれませんね」
ジョーカーがレストアに向き直り、
「あなーたの特典に置いてあるもーので、この亀裂を何かできーるものはあーりますか?」
「あー、ないと思います。そういうものは置いてないので」
「でーはコーヒーは?」
「あ、それはありますけど……はいれるかな?」
「可能であーれば、テーブルと椅子も」
注文を受けてレストアが休憩室を作成して、そこからジョーカーに言われたものを取り出す。
「ちなみに中に入らなくてもいいんですか?」
「様子は見ていたいのでーすよ」
優雅に座ってコーヒーを啜る。
周囲が戦闘中の中、異様なティータイムであった。
「同じものを」
ブラギオも用意された椅子に座り、瞬時に出されたレストアのコーヒーを啜った。
「で、実際のところどうする? 試しにこの空間を壊すというのも手かもしれないが、この空間は本来の終極迷宮とやらとは違うのだろう?」
「ええ。最も無理やーり壊した場合、どうなーるかが分かってなーいのですよ。あなーたも助けに来た手前――といーうより興味本位に来たといーう感じでしょうが、それで死んだーら元も子もなーいのでしょう?」
「それはそうだ。この異質な空間が気になりはするが死にたくはない」
「まあ、もっともレストアくんの休憩室に飛び込んでしまえば無理やりにでも助かりそうなもーのですが」
「それはどういう?」
ブラギオの質問にジョーカーはここにこれた経緯を話す。
本来の終極迷宮に終極魔窟に変質した瞬間、終極迷宮から出ることも進むこともできず、
雑像や歪みを通じて休憩室に辿り着いた。
つまり、元の終極迷宮もどこかに存在しているが、終極魔窟が本質になっており、休憩室はどちらにもつながっている、と。
「となると、この亀裂も同じような休憩室と仕組みなのか。PCたちの世界と、終極魔窟をつないでいるということだな」
「しかーも休憩室のように出入りすーる人間の取捨選択もできーるため、我々――俗にいうNPCが入れない設定になっていーる、というわーけでしょう?」
おかわーりです、ともはや執事のようになっているレストアに言うと、急いで席を立ってレストアはコーヒーを入れる。
無言のプレッシャーのようにブラギオとも視線が合い、空のコップにコーヒーを注いだ。
それを油断と見たのか、何人かのPCがその周りを初期登場位置に設定。
『tomamu onemore>げげげッ』
が瞬間に首が落ちる。体が消滅し、先ほど通った扉から還っていく。
椅子に座っていたはずのブラギオが、PCが登場した瞬間に圧倒的な速度で倒していた。
瞬間、その場所に登場しようとしていたPCが位置を移動させる。
油断もなければ、隙もないとの警告の一撃だった。
「で今のところ、亀裂に対する対抗手段がない、破壊するのもなし、というのを前提として、そもそも終極迷宮が終極魔窟に変質した方法は特典なのか、”特異”なのか?」
「――それはぼくが説明します」
ジョーカーよりもレストア自身が詳しいと説明を立候補する。
クイーンが"救済"を使ってディエゴたちを封印。その力を利用してリオリットが特典〔魔窟創造〕 で終極迷宮が終極魔窟に変質した、と。
「待て待て。特典〔魔窟創造〕はそんな効果じゃない。いや、そこは――”特異”は絡むのか……?」
「まあそうでーしょう。ですが、重要なーのは特典〔魔窟創造〕の使用者はすーでに死んでいるということでしょう」
現在残っているのはタミにクイーンにキング。
タミの特典が〔魔法の捕縛〕、キングの特典が〔減点にして弔電〕、そしてクイーンの特典が〔嘗ては格好の的〕。
特典〔魔窟創造〕の該当者リオリットはもう生き残っていない。
「ということは使用者が死んだのにまだその特典の効果が維持されている。いや維持できるようにどこか変質してしまっている」
「ふーむ。変質……変化……」
ジョーカーは何か突っかかりを覚え、熟考。
「おーそらく、キングの”特異”なんでしょーうねえ」
そう結論づける。
クイーンの”特異”は"救済"で、タミの”特異”をジョーカーは"終端"だと把握していないが、おそらくタミがあまりにも重要視されてないことから、キングの”特異”だと推察していた。
「とはいーえ、現状”特異”を封じーる手はなーいのでーすよ」
「いやあるだろう」
ブラギオが言う。
「利用すればいい。あいつを。そうするための駒も揃っている」
コーヒーを一気に飲み干して、ブラギオはクイーンを見つめた。




