弱点
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とある三人はこう考えた。
そうだ、弱点を突こう。
それは至極簡単な考えだが、なんであれ、ある種の人道、正々堂々を重んじるPCなら決して取らない戦術だった。
とあるPCはその自慢の翼を生かして空から。
とあるPCは転送位置を近くに設定して。
とあるPCは高速移動で。
三人はNPCの弱点へと向かっていく。
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リアンの癒術の祝詞が続いていた。
爆音鳴り響く戦場ではリアンの小さな声での祝詞は他人には聞こえないほどの大きさ。
それでもしっかりとリアンは癒術を展開していく。
リアンの杖は相変わらず白銀石の樹杖〔高らかに掲げしアイトムハーレ〕。
機杖を使用してLabel AIを起動することで癒術の簡略化も可能になってはいるが、リアンは機杖を持っていない。
Label AIがジョーカーの技術、つまり改造の技術がどこかで使われているという噂に抵抗があった。……というのは他の冒険者が抱いている印象でリアンはただ単に何より母親の名を刻む白銀石の樹杖〔高らかに掲げしアイトムハーレ〕を【収納】しっぱなしにしたくないという想いが強いからだ。
治療が進んでいくなか、アルに飛んでくる殺意をリアンも感じていた。アルにというより負傷者やリアンも含めた周囲にだろう。
それでもリアンは癒術の詠唱を止めない。
まずは治療。
それがリアンの役目だ。
そうリアンが思えるはやはりアルがいるからだろう。
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「三人か……」
アルも殺意を感じていた。
もちろん殺意や殺気は方々から感じ取れる。
それでも明確にアルに向かってきているのは三人だった。
「どうしようか……」
迷いが言葉に出るが、優先順位は変わらない。
リアンと負傷者を守るのが第一。第二はあわよくば向かってくる三人を倒すこと。
最初に到達したPCはrandom・lot。転送位置を近くに設定したのが功を奏した。
一方で、転送した瞬間に殺意を飛ばしたため、アルの第一目標になった。
『random・lot>何をしてくるんだぁよ?』
少し訛りのある声だった。アルを嘗めるように観察して構えを取る。左足を上げ右足で直立。右手はサーベルを握り頭上へ。左手は手のひらを広げて前へ。
右手のサーベルは半月の刃がふたつついたような形状。真ん中にハートのような空洞があいている。言うならばハートサーベルか。
「【新月流・上弦の弐】」
『random・lot>おおっ! マジかっ!』
アルの新月流に懐かしげな声を上げるrandom・lot。
逆袈裟斬りだと分かっていたとばかりに防御してみせる。
『random・lot>このキャラじゃねぇけど、対峙したことあるわ、新月流だろ。多様だよな、それ。勝ったけど』
それでも転生に失敗したのは他のNPCに倒されたのに他ならないのだがrandom・lotは余計なことは言わない。
『random・lot>だから分かるぜ、その流派。降参するなら今だ』
「そうですか」
アルは動じない。NPCがPCのことを知っているならその逆もあり得る。
『random・lot>えー。少しはビビってくれよ。まあいいや』
random・lotはアルの新月流をいなしたあと軽口をたたいて頭上に構えたハートサーベルを振り下ろすがそこにアルは端からいない。
大きく空振りするかたちになったrandom・lotだが、それもそのはず、大きく空振り、その勢いでもう一度大きく振り上げ――再び振り下ろした。まるで大回転するように今度はアルの頭上へとハートサーベルが振り下ろされる。
アルは刀剣〔優雅なるレベリアス〕の刀身で防御。そのままハートサーベルが弾かれるが勢いそのまま、ぐるりと腰を捻って体を回し、random・lotはハートサーベルを握る左手を再び振り下ろす。
アクションPRG天罪謡いで舞踊るのPCたるrandom・lotは踊るように戦う。その戦い方はセレオーナにどこか似ている。
『random・lot>へいへいへい、止まらないぜっ!』
アルが防御に使う刀剣〔優雅なるレベリアス〕の刀身をまるで削るように止まらぬ縦回転斬りで、アルに反撃を許さない。
それでもアルは冷静。
『random・lot>おいおい勝っちゃうぞこれ』
リアンが詠唱している間近までアルは防御のまま押されていた。
このまま後ろの女を狙う、random・lotが殺意をリアンに移す。
『random・lot>ごほっ!』
途端に脇腹に痛み。痛みに思わず動きを止めてわずかに前屈態勢。
『random・lot>【新月流・小望の打】かよっ!』
random・lotは知っていた技を食らってしまった痛みと悔しさでしかめ面になっていた。
【新月流・小望の打】は刀剣〔優雅なるレベリアス〕の柄頭を利用した素早い突きだった。出が早いため防御姿勢から瞬時に攻撃に転じれる。
random・lotにとっては一番警戒しないといけない技。コマンド入力系の格闘ゲームなら防御ばかりしている対戦相手が、連撃を続ける相手の技のコンマ何秒かの隙をついて繰り出す反撃へと繋がる一手。
攻防が移り変わるきっかけ。
『random・lot>やっべぇぞ!』
前屈姿勢から背筋を戻したrandom・lotの眼前に飛び込んできたのは、
『random・lot>なんだ、その新月流っ』
random・lotがかつて全ての新月流を見たわけではない。それでもその新月流は見たことがなかった。
刀剣〔優雅なるレベリアス〕による居合斬りでrandom・lotを一文字に斬り、アルはどこかに消える。
斬られた痛みで空を見上げたrandom・lotはアルが頭上にいることに気づく。同時に先ほどは違う剣を握りしめている。
屠殺刀〔果敢なる親友アーネック〕。
【新月流・壊軌月蝕】だった。
『random・lot>死ぬ……のか?』
まるで走馬灯を見るかのように、周囲の映像がゆっくりと見えた。
そして見た。
空中から屠殺刀を振り下ろさんとしているアルを、ネームプレートが青いキャラ――つまり自分にとっての味方が蹴とばしたのを。
『parep・pare>よう。大丈夫か? ……くぅううう、これ一回言ってみたかったんだよ』
『random・lot>ああ、助かったぜ』
助けてくれたparep・pareにrandom・lotはお礼を告げる。自分が言うとは思わなかった台詞だったが、素直に言えたのは自分でもびっくりだった。
何度も挑戦してきたことだったのに、今回初めてなぜか死を感じたからかもしれない。
助けてくれたparep・pareの背中には白鳥の翼が優雅に生えていた。その翼こそがSRPG"が来るっ!"の一番の特徴だった。
もっともparep・pareはTシャツにオーバーオールで白鳥の翼だから少し異様な姿にも見える。
『parep・pare>狙いは一緒だろ? 元より味方同士。共闘しよう』
『random・lot>同じ穴の貉ってわけか。オケオケ』
ふたりの話に割って入るように高速移動でもうひとりが到着する。
『damdami229>僕も加わるよ』
患者用の甚平と眼帯を着用したPCは高速移動したのに息も切らしていない。探索型ホラーFPS廃棄病棟2399に登場する高速移動が特殊能力のPCだった。
アルが殺意を感じていた三人が合流する。
負傷者という名の弱点の元に。




