姉様
「戻れっ!」
通用しなくなった毒の蝶々――エンテロトキシンを【封獣結晶】に戻し、テアラーゼは次の【封獣結晶】を放出。
毒狼ロイコシジンはそのままに二足歩行の人の姿をしたテタノスパスミンが出現。
テアラーゼは【収納】していた三日月斧〔一笑に付すゲレロンチ〕と大布筆〔大きく描くヴィダンチ〕を取り出す。三日月斧をテタノスパスミンへと手渡すとテタノスパスミンは斧を握りしめ、まるでひとりの戦士のように対峙した兄者フェンリルへと向かっていく。
テタノスパスミンが口から大きく空気を吸って鼻から吐く。紫色の煙が荒く吹き出た。
一方でテアラーゼは大布筆で天召陣を描いていく。
「サセナイッ!」
姉様フェンリルがテアラーゼへと突進。描き切ったときに魔物が召喚されると本能で知っていた。
「うわわわわっ! こっちに来た~!」
おたおたするキムナルがその直線上にいた。
姉様フェンリルは誰がいようと関係なく最短距離でテアラーゼに向かおうとしていた。
「キムナル。私以外の女を見るなんて不埒。不倫。許せない」
「わわわ、待ってって。魔物だよ魔物~!」
「関係ないっ!」
キムナルは思いっきり首元を引っ張られ、勢いのまま転倒。
だが結果的にフェンリルの突進を回避していた。
「助かった……」
とキムナルがヴィクアのいた方向に顔を向ける頃には、ヴィクアが姉様フェンリルへと向かっていた。
「許せないっ! 許せないっ! 許せないっ! 私のキムナルを誑かすなんて許せない!」
殺意と嫉妬を綯交ぜにして聖剣〔姉思いのヴィヴィネット〕を構えて姉様フェンリルの通路をふさぐ。
「【刻下聖晶】!」
ヴィクアの体が癒術【守鎧】の防御膜に包まれていく。ヴィクアは聖癒剣師だった。癒剣士の上級職で、聖剣技も使用可能になっていた。
真っ向からその突進を防ぐ。
「ドキナサイヨッ!」
姉様フェンリルの牙と聖剣の刃がぶつかる。
「だったら謝りなさいっ! 私のキムナルを誑かしてごめんなさい、と!」
「何ヲ?」
「何を? じゃないっ! キムナルに勢いよく抱きつこうとしたじゃないっ! それに見つめ合いもしたでしょう!」
「……」
姉様フェンリルが唖然とする。抱きつこうとも見つめ合おうともしていない。最短距離の突進の先にキムナルが存在し、たまたま視線があっただけだった。
それを曲解して勘違いしている。
がこの手の人間はたぶん誤解を解こうとしても通用しないと、フェンリルは魔物ながらに分かっていた。
「勝手ニ言ッテテ!」
吼えて。ヴィクアを振り切る。
「だからさせない。謝らない悪い子は通さないっ!」
聖剣〔姉思いのヴィヴィネット〕が赤く熱せられる。
聖剣技【核燃無聖】の技能だった。聖剣技にして唯一癒術の効果が付与されない代わりに命中時には極悪な効果が発揮されるその一撃を姉様フェンリルへと振り下ろす。
「きゃんっ!」
がその軌道は態勢とともに崩れる。
「姉様ッ! 行ッテ!」
妹君フェンリルがヴィクアに渾身の体当たりをしていた。
振り向かず姉様フェンリルがテアラーゼへと激走。
「キムナルっ!」
ヴィクアの怒号。
「ああ、そんなに怒らないでよ~。分かってるってば! これ、費用対効果がおかしいからあんまりやりたくないんだよ~」
キムナルの手は姉様フェンリルへと向けられていた。
ぐっと握ると姉様フェンリルの体が一瞬にして反転。ヴィクアへと再び体当たりしようとしていた妹君フェンリルへと体当たりしていた。
「ギャン!」
という妹君フェンリルの悲鳴で姉様フェンリルの意識が覚醒。
「何ヲシタッ!」
自分が愛しの妹へと突進したことを実感して怒りをキムナルに向ける。
「ごめん。それ答えるとヴィクアが怒るから無理~」
顔を隠して体を縮めてキムナルが叫ぶ。
「さすが私のキムナルです!」
歓喜の声を上げ、ヴィクアが姉様フェンリルへと飛びかかる。
操縦師キムナルが使用したのは操縦技能【思考誘導】。
一瞬だけ、操縦師の思考を対象に押しつける技能で、キムナルは「ヴィクアに襲いかかるフェンリルを狙え」という思考を姉様フェンリルに押しつけた。
押しつけられた姉様フェンリルは効果時間中、ヴィクアを狙う妹君フェンリルを対象にするようになっていた。
「謝らないからこうなるのです!」
激高しキムナルへと突進していく姉様フェンリルへと背後に追いつき【核燃無聖】の刃がフェンリルの肌へ切り込む瞬間、姉様フェンリルの体躯が半回転。
その刃を避ける。
「わわわわわわっ!」
ヴィクアは勢いが止まらずキムナルに激突。
「目的ハ忘レテナイノヨ」
半回転した勢いのまま向きを戻し、姉様フェンリルはテアラーゼへと向かっていく。
「半歩遅かったな」
フェンリルが伸ばした爪が届くその直前、【摩睺羅伽】の天召陣が描き終わる。
天召陣が輝き、そこから巨大な魔人が出現する。




