嘘嘘
嘘吐きテアラーゼと正直者のアリサージュの物語は<10th>でも馴染みのある物語だ。
黒騎士と出会ったことで運命が決まったふたりの兄妹だったが
<9th>では同じ運命は辿らなかった。
50回も失敗した冒険者が断罪された現場を兄妹は目撃しなかった。
飛行場に向かう前の些細なずれがアトス兄妹の物語を決定的にずらした。
ただ単に、お手洗いに向かうとか、切れかけていた布系装飾品が千切れて落ちて、風に飛んだのを追いかけたりとか、
そういう些細なずれ。
至極単純、あるいは至極くだらない理由でただその場にいなかっただけの話で歯車がずれていた。
その些細なずれがなんだったのか、アトス兄妹は分からない。そのぐらい些細で、その後、飛行場に向かう最中に、黒騎士に殺された冒険者の死体を、他の冒険者と一緒に見つけた。
だから<9th>には嘘吐きテアラーゼと正直者のアリサージュの物語は存在しない。
テアラーゼがブラッジーニ・ガルベーになることも、アリサージュが仮死状態になることもなく、そのまま兄妹は強くなって今に至る。
「お嬢ちゃんも天召師か。だったら遊んでやるよ」
クイーンがフェンリルを呼び出したのを見てテアラーゼが嬉しげに、そして面白げに笑う。
「奇跡ダッ!」
クイーンに呼ばれたフェンリルが感涙に叫ぶ。
活動制限障壁ボトルネックで呼ばれたフェンリルが再びクイーンの元に召喚されていた。
「バカかよ。奇跡でもなんでもねーぞそれは」
テアラーゼはフェンリルの声に応えた。
「魔物と絆を深めれば天召陣でも召喚できる魔物は操作できる」
「兄さん。当たり前の知識をあっぴろげに自慢するのはださいですよ」
アリサージュが指摘するほどその知識は天召師のなかでは有名だが、召喚された側のフェンリルがそんなことを知る由もない。
「ドウダッテイイ。マタコウシテ戦エルコトコソ感動ナノダカラッ!」
テアラーゼに指摘されようがフェンリルには関係ない。
感動するように遠吠えるとやってきたのは三匹のフェンリルだった。
召喚された兄者フェンリルが呼び出した体格の違う三匹。弟者フェンリルに姉様フェンリルに妹君フェンリル。
三匹が弟者と妹君がクイーンに肌をこすりつけ、姉様は年長者という自負があるのか嬉しげな表情ながらも自重。
「サアサア、ソレグライニ」
「そうだぞ。いい加減、バカみたいに空気読んでやるのも疲れた。来いよ、遊んでやる」
フェンリルに対して指摘したのを気まずく思ったのか、それとも感動の再会っぽい雰囲気に水を差すのに抵抗があったのか、まるで自分の番が回ってこなかったら何もできないかのようにテアラーゼはその光景を眺めて待っていた。
テアラーゼの腰には五つの【封獣結晶】。菱形の球を提げていた。
その【封獣結晶】のひとつをゆっくりと床に落とす。
そこから現れたのは小さな蝶の群れだった。結晶からゆっくりと煙のように出現し、影のような靄のような蝶と変貌を遂げた。翅をはばたかせてゆっくりと広がっていく。
その速度は決して早くない。ゆっくりとひらひら優雅とも言えた。きっと虫取り網なんかなくてもゆっくりと近づけば捕まえられそうだ。
『let itou 5>なんだそれ』
無警戒だった。言っても蝶。見た目からすればクイーンが召喚したフェンリルのほうが何倍も怖い。
もっともクイーンに顔を寄せるフェンリルは狼というより子犬できゅんと胸が締めつけられるのだが。
いや違う。
ゆっくりと羽ばたいていた蝶にlet itou 5は触れてしまっていたのだ。結果、胸が締めつけられるように痛みに襲われ、脱力感とともに嘔吐感がつきまわり、思わず膝をつく。
そうやって態勢を崩したlet itou 5の頭に速球が激突。
アリサージュの繰り出した投球技能がかなりの速度をもって脳天を直撃した。
『njyanna ngon>ついてねえ』
テアラーゼが蝶々を展開した矢先、コジロウの素早い攻撃を避けたnjyanna ngonだったがその拍子に蝶に触れてしまい、let itou 5と同じような症状が発生していた。
『njyanna ngon>助――』
声を振り絞って、敵ながら目の前にいるテアラーゼに助けを求めた。
「ここでいいこと教えてやるよ。毒を以て毒を制す。同じ毒を摂取すれば助かるぞ」
嘘か本当か、藁にもすがる思いでnjyanna ngonでまた蝶に触れて、
「嘘だよ」
テアラーゼの圧巻のあっかんべーで症状はより悪化する。
直後、何者かの見えざる短剣がこれ以上苦しませまいと喉元に突き刺さる。
突き刺さった短剣の刃先から解毒剤がnjyanna ngonの体内へと中和されていた。
絶命間際のnjyanna ngonの顔は安らかな表情をしていた。
「解毒剤は持ってるじゃんか」
命を刈り取ったジネーゼが味方であるテアラーゼに問いかける。
この時ばかりは姿を見せた。
「持ってる持ってる。話を盛ってるのかもしれないが自分が死んだときの保険はちゃんと作ってあるよ」
そう言ってアリサージュを指す。
【封獣結晶】の欠点は、天召師および召喚士が死亡すると同時にその中の魔物がその場で解放されることにある。
ゆえに天召師は天召陣技能中心の戦いになりがちだが、テアラーゼに関してはなおも【封獣結晶】を使用している。
指されたアリサージュは封滅師で、封滅師は封獣士の上級職。召喚士が使う【封獣結晶】は封獣士によって魔物が封印されたものだ。
テアラーゼが持つすべての【封獣結晶】はアリサージュが作成したものだ。それがテアラーゼの保険なのだろう。
実は指を指すと同時に隠し持っていた【封獣結晶】をアリサ-ジュの後ろへと放っていた。
アリサージュの重要性をもちろんテアラーゼは理解している。
だから見逃さない。
『case by caseK>うへっ!』
額に当たった【封獣結晶】が一回転。そのまま口へと入っていく。すぽと口に納まった瞬間、【封獣結晶】が解放。
case by caseKが内側から溶けるように霧散して狼のような霧が姿を表す。
すぐさまアリサージュを探し出してすねをこする。
「くすぐったいですよ」
アリーサジュの肩へ蝶も止まっていた。
【封獣結晶】の美点は【封獣結晶】から呼ばれた魔物は召喚士の味方に対して絶対敵対しない点にある。
だから触れただけで状態異常を巻き起こす蝶にすら触れるのである。
「調子ニ乗ルナッ!」
兄者フェンリルが吠え、毒の蝶々を嚙み砕く。フェンリルには耐性があるのか通用していなかった。
「そうこなくっちゃな」




