絶倒
「ええとキミはどうする?」
何も知らないレシュリーは自分に似た冒険者へと問いかける。
見たところ魔道士の上級職魔導師のようだった。
「護衛が必要ならさ……」
「いりませんよ。先輩。そういえばぼくの名前名乗ってなかったですね。ぼくはレイシュリー・ライフ」
「えっ?」
唖然とするレシュリーにレイシュリーは笑う。
「ふふ。その顔が見たかった。名前が似ててぼくは嫌でしたよ」
はっきりとレイシュリーは言い放って、前へと出る。
***
一方でラッテに護衛されていたパパンとポポンの詠唱が始まっていた。
まったく寸分の狂いなく口調が揃い、紡がれていく祝詞。
「先輩方、言っては何ですけど古いですよ」
レシュリーを追い越したレイシュリーはパパンとポポンを一瞥して、NPCへと向かっていく。
「彼女は魔導師だ。援護して」
言うよりも先にロイドとゲシュタルトにシャアナまでもがレイシュリーに続いていく。
遅れて護衛すると宣言したHUMA・Ntte117が続いていた。
「あれ……?」
「ヒーッヒッヒ。たーぶん、大丈夫でしょーう!」
ジョーカーが気楽に笑う。
結局詠唱しているのはパパンとポポンのふたりだけだった。
***
『hanakara zako>魔法軍団だ。結界あるやつ頼む』
『saikyou man>後ろに下がれ。おれはタンクキャラ選択してきた』
『1ppatsuya-1828>ばか。それ魔法耐性ないやつ!』
「しししししっ。 オイラの後ろに!」
タミが前を行くPCに声をかけ、ネズミのように疾走。前に出る。
タミの背後には幾重もの手。
「我は把握してるぞ。あれは特典〔魔法の捕縛〕! 我の特典は捕縛できない』
「了解。じゃあ、僕もあいつを狙おう。双子さんがどえらいのを狙ってる。だから処理を複雑化して負担をかける」
ゲシュタルトが頷くと初回突入特典〔根源永遠自在法〕による祝詞を詠唱。
「我は深淵。我は暗黒。刹那の境界を自在に奔流し、真に万物の頂上に君臨するものなり」
魔法よりも短いが、タミ相手では二回目と認識されるため詠唱は必須。
その間に、ロイドが星黒銀の岩巻樹杖〔自棄の歌い手ロック・ザ・スター〕をかき鳴らす。
使用放題神域サブスクリプションを沸かせた音律が紡がれていく。
「強力なものより小出しにしたほうが良さそうだね」
音には乗せずに言葉を紡ぎ、途中で変調させる。
発生していた大きな炎球。おそらく【超火炎弾】の詠唱が中断。
それが変調によって、細かい炎へと分解。
無数の【弱炎】へと変化して、周囲のPCへと強襲。
「跪け、屈しろ。我、覚醒の時来たれり。我が望むは無なる世界。森羅万象灰燼に帰し堕ちろ、理」
ゲシュタルトの詠唱が響くなか、タミの特典〔魔法の捕縛〕がその【弱炎】を捕獲。
「我が禁断を今ここに解放せん!!」
捕縛された【弱炎】がすべて投げ返される。
「僕の魔法は前奏みたいなものだよ」
ロイドは笑ってまた旋律を奏でる。
【氷牙】が複数発生し、それが的確に跳ね返された【弱炎】に命中どころか
少し小さくなっただけで【氷牙】は消失せず、タミやPCたちへと襲い掛かる。
『dde roto>バーリーアー!』
SRPG双璧幻想異伝録のリフレクターであるdde rotoが叫ぶ。
実は叫ばなくても展開される魔法障壁にぶつかった【氷牙】が砕けていく。
「ししししししっ! これは助かるでしゅ!」
タミの感謝と同時に
「極まりし闇よ、全てを飲み込め!」
ゲシュタルトの詠唱も終わる。
「【世界ヲ無ニ帰ス終ワリノ忌呪】」
ゲシュタルトが発射した黒弾が魔法障壁をすり抜けてタミへと向かっていく。
「ししし」
『saikyou man>おいおい。これは魔法じゃねえのかよ』
タンクキャラを選択してきたと宣言したPCがタミを背負ってその鎧で黒弾を受ける。
その金色の鎧にはかすりひとつなかった。
『1ppatsuya-1828>魔法じゃないならその鎧強すぎなんだよね』
saikyou manはキャラ選択型FPS十五人の夜明けの重将軍コンジキを選択していた。
いわゆる物理攻撃にかなりの耐性を持っている反面、魔法を使われると激弱という極端な性質を持つ重戦士だった。
剣技だけの世界ならともかく、魔法もある世界でその性質は極端すぎるが、タミとの相性は抜群だった。
ちなみに今さらだが、NPCとPCたちは自分たちの味方を頭上に表示されている名前の色で判断していた。味方は名前が青く見え、敵は名前が赤く見える。
だからこそsaikyou manは違和感なくタミを救った。
「タミって子、厄介だね。量を増やせばいけるかな?」
ようやく追いついたシャアナがロイドに尋ねる。
「やってみようか」
共奏を承諾してロイドが星黒銀の岩巻樹杖〔自棄の歌い手ロック・ザ・スター〕をかき鳴らす。
「燃えてきたよ」
共奏を申し込む前に初回突入特典〔炎上勝報〕は発動していた。
こんなやりとりがあった。
「ねえ、なんでまたボクの味方してくれるの? 一度フッたのに」
『HUMA・Ntte117>だだだだって、そんなことではこのすすすすす好きという気持ちが止まらなかった』
それだけでシャアナの心が温かくなる。
「期待に応えられなくても?」
『HUMA・Ntte117>すすすすす好きでいる権利はじじじじ自由だと思う』
ああ、この人は本気なんだ。復讐に燃えていたシャアナのどこか冷めていた心が温かくなっていく。
「陰追者だけにはならないでね」
冗談のように言ってシャアナは照れ隠しした。
その時から初回突入特典〔炎上勝報〕の条件は満たしていた。
シャアナが【強炎】を繰り出すと共奏していたロイドも合わせて【強炎】を繰り出す。
「すごいね、それ。特典?」
「特典ではないね。これが僕の演奏だ」
タミの特典〔魔法の捕縛〕が高速で動き、多数の【強炎】も捕縛していく。
「先輩方も今風じゃないですよ。全然」
シャアナとロイドの合間、そして跳ね返された【強炎】の合間を潜り抜け、詠唱もしてないのに【加速】。レイシュリーはタミへと迫っていく。
「これ、避けてみなよっ!」
橙極石の機菱杖〔和を平つヴアナラ〕には稲妻が宿る。
「ししししっ!」
笑って特典〔魔法の捕縛〕の魔法の手で捕縛しようとしたがすり抜ける。
「魔法じゃないっ!」
『saikyou man>なら、俺が受けるっ!』
レイシュリーが繰り出したのは打術【撃襲電撃】。技能ながらに魔法のような雷撃を杖に宿し、襲いかかる技能。クレインが生み出した打術はすでに十数個の技能を生み出していた。
魔法ではない攻撃であればsaikyou manは耐性があるはずだった。
なのに、足が途端に動かなくなる。足に凍傷が広がり動きが鈍くなっていた。
『saikyou man>どうなってんだ!』
『1ppatsuya-1828>雷なら麻痺だろ。つかその前に魔法じゃないなら効かないはずじゃ』
「だからそれ古いんですよ」
レイシュリー・ライフは告げる。
「これからはぼくたち絶倒世代の戦い方が主流になるんです」
「絶倒世代?」
それはNPCにもPCにも聞き覚えのない言葉。
その言葉に応えるようにアルが告げる。レシュリーがいない間の世界を生きたアルたちは事情を把握している。
「1カ月半前に完成したchartDCSという試練攻略端末とLabel AI搭載の機杖を持つ彼女らをそう言うんですよ」
アルは続ける。もちろん絶倒世代という名も流行りを作り出す集配社が名付けたものだ。
「そして彼女はそのなかでも異質者が集まって試練攻略を目指す筆頭集団聖櫃戦九刀の統領レイシュリーなんです」
「ということです。よろしく先輩方!」




