総意
僕は嬉しくもあり哀しくもある複雑な表情で目の前に現れた十人の姿を見ていた。
僕たちの目の前には原点回帰の島から大陸へと向かう船の中でヴェーグルから教えられた[十本指]が集結していた。
その周囲には所縁のある冒険者の姿も見える。
<8th>はシュリが生存している次元なのだろう。〈10th〉では自殺した僕たちの師匠ディオレスが生存し、ふたりが共に歩いていた。
かつてヴィヴィを殺すことで正義を執行しようといたユーゴックの姿も近くにある。
彼もディオレスもシュリという女性を失ったことで人生を違えたふたりだった。彼女が生きているからこそディオレスとユーゴックはシュリと共に旅を続ける人生を歩めている。
「誰だか知らねえが、助けてやるよ」
ディオレスがこっちを見て言った。<8th>では僕たちはディオレスの弟子はなかった。
それもそうだ、僕たちはシュリを失ったディオレスと出会っていた。シュリがいるディオレスが僕たちと出会う確率はきっと低かったのだろう。
だからその言葉は哀しかった。でも他の次元であれ生きていてくれたことが嬉しいのだ。
僕たちとかつて敵対したラッテ・ラッテラと双子のポポンとパパンも<6th>では順当に旅を続けていた。
ブラギオの陰謀に唆された彼女たちも敵対しなければ絶対に心強い味方になった違いなかった。
そんなブラギオも目の前にいる。とはいえ僕の知っているブラギオとは程遠い姿。
元々のブラギオは老人で成り代わっていたと聞いたけれど、その成り代わっていた姿とも違う。全く別の道を進んだブラギオなのだろうか。けど言葉からは情報収集をしているような節もあり本質は変わらないのかもしれない。
かつて最強を求めて、最強の魔物を持っていたブラジルさんを誘拐したソレイル・ソレイル<5th>。彼は最強を求めるきっかけになったギネヴィアがいることで、ある意味で道を外れずに順当に最強の道を歩めているようだった。
だからこの場にはいない<5th>のブラジルさんは妹をゾンビパウダーで復活させているのかもしれない。
そもそもこの場にやってきた<9th>のブラジルさんはブラッジーニ・ガルベーを名乗っていない。魂を失い肉体だけで結界から出れらないという運命を背負わずに済んでいる。
本名であるテアラーゼ・アトスのままで、妹のアリサージュ・アトスとともに冒険をしていた。
残るふたりのうちキムナル・ラディージュの姿を見てアリーは複雑かもしれない。
<10th>でのキムナルはアリーの父親を殺し、母親を行方不明にした張本人だ。〈5th〉のキムナルとはいえ、見た目は変わらない。
割り切れない思いがどこかにきっとある。
ただ<5th>のキムナルは<5th>のヴィクアの尻に敷かれている印象すらある。それを見ればアリーの複雑な心境が和らぐかもしれなかった。
<5th>のヴィクアの姿はヴィヴィにとっては励ましになるかもしれない。でも<10th>のヴィクアはキムナルの愛ゆえに奴隷となり従っていたが、<5th>のヴィクアは愛を全面的に押し出しすぎてキムナルが困惑している感じだった。
そのギャップにヴィヴィも戸惑いそうだなとは思った。僕も戸惑っている。
転送転移世界ダイバーシティはまだまだ冒険者を転送してくる。
「レシュリーさん!」
聞き覚えのある声。僕たちはキングたちのように拘束されてはいないため振り返って声の主を確認する。
ちなみに動きが止まったキングたちの前には障壁ができていて互いが互いを攻撃できないようになっていた。
それは転送転移世界ダイバーシティが作り出したのかは分からない。
振り返った先にいたのはアルとリアンだった。
「ジブンもいるじゃんよ」
姿は見えないがジネーゼもいた。
「ランク7になったの?」
「ええ。もう2カ月経ってますから」
「えっ? そんなに? でも、言っちゃなんだけど……早くない?」
終極迷宮――今は終極魔窟の中と外では時間の概念が違うことは分かっている。
それでも外では二カ月経っていて、しかもアルたちがランク7に到達していることには驚いた。
もちろんアルたちにそのぐらいの実力はあるってことは理解しているけれど、危険度を考慮してもまだ挑まないと思っていたのだ。
「技術の進歩ってやつじゃん」
「説明は後です。いや……」
アルは転送してきたとある冒険者を見つけて
「というより彼女に聞いたほうが早いかもですね」と視線を送る。
視線の先には僕によく似た冒険者が立っていた。
手には見たこともない杖を握っている。
「何さ、ぼくはアンタに一言言ってやりたくてここに来ただけだよ。話してやる義理はない」
そういうとぷいっと顔をそらす。僕自身が拗ねているようでちょっとくすぐったく感じる。
「まあそう言わずに……」
アルはその子と付き合いがあるのか、宥めようとして、異変が起きる。
〘――なぜ、どうして? やはり障壁を作ったのはあなたなのですか。 これは世界の意志――〙
〘――世界の総意ではありません。 統合に一考の余地が――〙
〘――ありません。ありません――〙
転送転移世界ダイバーシティに複数の意志があるのか、同じ声で言い争う声が聞こえる。
そうして十つの次元が映り込んでいた亀裂に亀裂が入る。
おかしな表現だけれど、そうとしか言い表せない。
やがてキングたちが動き始める。
〘――すみません。助けに応じてくれた冒険者たちよ。世界の総意が獲得できませんでした。私たちは世界のそのままを50%が望み、世界の統合を50%が望みました――〙
声には戸惑いがあった。先にあった世界改変は世界の抵抗だったのかもしれないが、一方でキングの野望を望む世界もあるのかもしれない。
世界に意志があるかどうかは分からないけれど、けれど確かに僕たちではどうしようもできないことが突然起こって日常が一変する、なんてことは確かに存在していた。
〘――統合を目指す者たちの動きを封じる術を凍結させられました。そしてあなた方を呼んだ術すらも……すみません。もう増援は望めず、統合を目指す者たちを阻む障壁は数秒後には消滅します――〙
続く言葉は戦闘開始の合図だった。動き出したキングと対抗する僕たちの間にはまだ何も通さない障壁が存在していた。
けれどそれも数秒後には消えるという。それが消えれば戦闘開始だった。
〘――けれど世界は平等です――〙
〘――そして私たちは信じています。勝ってください――〙
最後、転送転移世界ダイバーシティはそう告げた。まるで母親のような温もりと優しさがあった。
「もう増援は見込めないってこと?」
ざっと見渡してもこちらには五十人もいない。
『HUMA・Ntte117>だだだだだとしたら、おおおかしくない? PC側の亀裂が閉じてないよ』
『Buddhak's etra>確かにそうですワー』
『Tillie Yan Chu>えっ? 平等って言ってなかったののら?』
彼らにも転送転移世界ダイバーシティの声は聞こえたのか疑問の声が零れる。
「大丈夫だよ」
僕は言う。
「行けっ! 王たる王のために戦い抜けっ!」
「応っ!」
障壁が消えるともにキングの呼応でPCたちが突撃し、そして一瞬にして消滅した。
別次元の[十本指]の突撃によって。
「たぶん、あっちは量。こっちは質で平等なんだよ」
終極魔窟に入れるNPCはランク7以上。
対してキングの亀裂から入れるPCに制限はないのだろう。
つまり実質こちらのランク1に相当するPCも多数存在している。
例えればレベル1がレベル1000に挑むようなものか。
だからこそPCたちは実力差によって一瞬にして敗北していたのだ。
「手応えあるやつが来いっ!」
ディオレス<8th>が叫ぶ。その猛々しい姿は〈10th〉のときと変わらない。
「シャアナ! 殲滅は任せた。護衛は……」
『HUMA・Ntte117>ぼぼぼぼぼぼくが!』
「じゃあお願い。アリーとジョレス、ルルルカは治療に専念。リアンお願いね。アルが……」
「護衛しますよ。もちろん」
「治療は任せてください」
「あとは好き勝手お願い。僕が援護する。キングを倒すぞ!」




