除外
「いよいよ不本意だったが"特異"を使わせてもらった」
クルシェーダは申し訳なさそうにそう告げた。
言葉の意味が分からなかったYEN-GAKUだったがふとクルシェーダが壁に記載された禁則事項を確認したような気がして、視線をそちらへと移す。
道具禁止
5m以上後退禁止
防御禁止が、禁則事項から消えていた。
『YEN-GAKU>何をしたっ? 特典、じゃあ、ないよな? "特異"ってなんだ?』
「ジブンの"特異"は"離脱"というらしい」
クルシェーダはYEN-GAKUから距離をとって後退する。5mは目視でも離れているとわかる。
けれど禁則事項:5m以上後退禁止には抵触しない。
『YEN-GAKU>見せつけんなっ! わざとだろ』
防御禁止
道具禁止
今度は壁に記載された禁則事項から5m以上後退禁止が消え防御禁止が記載されていた。
『YEN-GAKU>よく分からないけど、理解さましたぞ。その"特異"さまとやらで、禁則事項をひとつ消したんだな?』
「いよいよ消したというより除外が正しい。"離脱"はいよいよそういう"特異"だ。ちなみにそちらには適応されるぞ」
『YEN-GAKU>反則さま過ぎる。でももう種も仕掛けもないんだよな? そんな深手を負っていて、種は全部分かった。なら対処さまできる。いーや対処してやる』
「いよいよどうだかな」
距離を離したからか軽口も出た。クルシェーダは負けるわけにはいかない。
脳内に繰り返しキングの言葉が聞こえる。
――従え。
延々と繰り返し、響いてくる。
――従え。
目を瞑ると思い出す。キングが妻のノバジョを人質にとっている姿を。お腹は膨れ、やがて息子が生まれてくるはずだった。
瞼に、そして脳裏に焼きついた光景。
あのとき、家を留守にしなければ――後悔の念とともに、目を開く。
こんなところで負けてはいられないのだ。
この戦いに勝利すれば妻と子どもは戻ってくる。
キングの言葉をどこまで信じていいのか分からないが、それでも信じるしかない。
――従え。
――従え。
黙れ、うるさい。
まるでキングが耳元で息を吹きかけるぐらいに近づいて囁いてくるかのような気持ち悪さがあった。
「従っているっ!」
思わず怒鳴る。
『YEN-GAKU>いきなりなんだよっ!』
突然意味も分からず怒鳴るクルシェーダにYEN-GAKUはビクつき少しだけ後ずさる。
「いよいよすまない。それよりもどうした。いよいよ倒しに来ないのか?」
YEN-GAKUはたった今気づく。腹に深手を負いながらもクルシェーダは普通に喋っていた。喋れていた。言葉は途切れ途切れでもおかしくないのに。
『YEN-GAKU>なんなんだよ。てめぇさまは。本当に意味が分からない。どうしてそんなに必死になれる?』
「必死にならざるを得ないからだ」
YEN-GAKUは勝手に反祝術師にされ、満喫していたスローライフをはく奪された。もっと必死に反祝術師になることを否定し、もっと必死にスローライフがしたいと主張すれば、何かが変わったのだろうか。
罵詈雑言に屈し、運営の決定を覆そうともせず、勝手に諦めた。
『YEN-GAKU>おもんな』
自分自身への嘲笑だった。
クルシェーダは必死にならざるを得なくて必死になっている。
自分は必死にならざるを得ないときに何をしてた?
『YEN-GAKU>もう一回さまやってやる』
クルシェーダの必死さにどうしていらついていたかやっとわかったような気がした。
再びYEN-GAKUは動き出す。
『YEN-GAKU>反祝術! 集結さま! 反発祝典!』
クルシェーダが後退してくれたのはありがたかった。その時間だけ能力低下をかけることができ、それは反発祝典の大きさに比例する。
『YEN-GAKU>ちょっとは小さいがもう避けれないよな? だってその"離脱"じゃあひとつしか消せないんだろ?』
5m以上後退禁止の定義が少し曖昧だが、YEN-GAKUとクルシェーダの距離は5m以上空いている。もしこの状態でクルシェーダが防御禁止を"離脱"したら、5m以上後退禁止が有効化される。すると5m以上離れている状態で防御した反動で、一歩でも後ろに足が動けば禁則事項に抵触すると考えていた。
もしかしたら5m以上一気に後退するのが禁止かもしれないが、YEN-GAKUは怖くて一歩も後退できていないので確かめようがなかった。
『YEN-GAKU>展開さまして発射さま!』
またしてもクルシェーダを包み込むように魔力の針が展開。そのままクルシェーダを貫かんと発射される。
クルシェーダも先と同様に魔法抗盾〔天下人ノリヤス〕を展開。
道具禁止
5m以上後退禁止
禁則事項が切り替わる。
『YEN-GAKU>押し込めっ! 変転さま』
後ろにあった魔力の針がYEN-GAKUの声で、前方へと移動。
魔法抗盾〔天下人ノリヤス〕の減衰能力を上回る圧で、クルシェーダを後退しようと目論んでいた。
「"特異"は元々は持たざる者が持っている者に対抗するためにいよいよクロスフェードが生み出した」
クルシェーダは淡々と言う。深手を負いながらどこか冷静なのが不気味だ。
YEN-GAKUは不安を覚えて確認する。
特典はもう打ち破った。"特異"は禁則事項を除外する。他は――
「だが、実際は才覚を持っている者でも持つことができる。本来は才覚を持たざるものが"特異"によっていよいよ対等になるはずだったのに」
『YEN-GAKU>才覚さまもお持ちなのかよ』
「ジブンではいよいよ自覚できないが……どうやらジブンの場合、無自覚に最適な行動を取ってしまうことがあるらしい」
言葉でそう言いながら、魔法抗盾を投げ捨てて魔力の針を回避して、接近。それもたった二歩で。すかさず一閃。
目にも止まらぬ速さで、YEN-GAKUは曲刀で胸を斬りつけられていた。
「いよいよすまない。体が勝手に動いた」
それがクルシェーダの才覚〈無自覚〉だった。
『YEN-GAKU>はっ?』
一瞬だった。出血が止まらない。
『YEN-GAKU>マジか……よ』
『Deadheat>GJだったよ』
意識が消失する間際、罵詈雑言のなかで誰かが讃えてくれていた。一瞬だけ見えたその言葉に少しだけ泣きそうになる。
けれど泣き言も、負け惜しみすら言えずにYEN-GAKUは消失していった。
***
防御禁止
5m以上後退禁止
「いよいよキミだけだ」
YEN-GAKUとの戦いを終えたクルシェーダがアルルカの前に姿を見せる。
「どうする? いよいよ戦うか?」
「あなたとPCの戦いの会話を聞きました……。人質は本当なのですか?」
「……降参しろ。命は取らない」
そう告げるクルシェーダの腹の傷をアルルカは確認する。
「……なら私の負けでいいです」
アルルカは降参を選択した。クルシェーダの腹の傷は癒えていた。
道具禁止を"離脱"して自ら治療していた。
勝ち目がないと判断してアルルカは降参を選択した。
「ありがとう。感謝する」
アルルカに回復錠剤を使用すると安堵からかアルルカは気絶した。
クルシェーダは静かにそっとその場を去った。
――従え。 ――従え。
脳内ではずっとそんな言葉が響き、
「いよいよ従っているっ!」
怒鳴り声が静謐な空間に響いた。
舞台:行動制限境界デッドライン
勝者:クルシェーダ・ジェード




