抵触
YEN-GAKUが奮起したのも束の間、腹を貫かれ深手を負ったクルシェーダの曲刀が再び迫っていた。
討伐師のクルシェーダは癒術を使用できない。道具禁止の禁則事項がある限り、その傷は自然治癒に任せるしかない。
体内を駆け巡る回復細胞は活性化することでよりその力を増すが、道具も癒術も使えない今、その治癒力は微量。
道具禁止の禁則事項を破ってもいいが、それによってどんな罰があるかどうかは夢に見ていた。
自身の特典〔夢見心地〕の内容は見終わった後であれば確認できる。
一瞬の傷の回復を優先し、状態異常による隙を与えるならば治療しないほうがマシだと言わんばかりにクルシェーダがYEN-GAKUと飛びかかる。
同様に防御禁止と5m以上後退禁止の禁則事項を恐れるYEN-GAKUも最小限の回避にとどめるが、最小限ゆえに距離を詰められる。
YEN-GAKUはいやらしく腹の傷を蹴り飛ばして、5m以内ではあるが距離を開ける。
腹の傷を蹴られたクルシェーダは痛みに耐えることを選択し防御も回避もしない。
そこまでの覚悟。それにYEN-GAKUは臆する。腹の傷を狙ったのが妙に申し訳なってくる。
復讐を選択し、それが不運にも逆に見られある意味で流されるように戦うことを決めたYEN-GAKUに、そこまでの覚悟はない。
言葉では格好をつけても、それは格好をつけただけ。果たして有言実行にもなりえるのかどうか。
もはやあと数回、いや一度でも斬りつければ倒れてしまいそうなクルシェーダを追い詰めるイメージが沸かない。
一方で魔癒双剣師のルルルカも膝をつき壁に背をもたれていた。
クルシェーダにトドメを刺されそうになってはいたが、クルシェーダが予想外の傷を負い――、朦朧とした意識の中でクルシェーダの特典が破られたと知り――標的がルルルカからPCへと移り替わる。
安堵はあったが安心はできない。ルルルカもまた癒術を間接的にしか使えない。魔癒双剣師は魔充剣に癒術を宿すことが可能だが、そもそも斬りつけないと効果は発揮できないため主な用途はアンデット退治に用いられていた。
それでは治療も難しい。
呼吸を整え、YEN-GAKUとクルシェーダの戦いを見つめる。
ふたりの戦いに介入できるほどの力は今はなかった。
『YEN-GAKU>降参さまって選択肢はてめぇさまにはないのかよっ!』
追い詰めているのに追い込まれているかのようだった。
「いよいよないな!」
出血は止まっていた。それこそ回復細胞のおかげだろう。
「【速勢・連撃型】!!」
速度が格段に上がる。一瞬で首元に刃が当たった。
『YEN-GAKU>おいおい、手加減さましてたってことかよっ!』
YEN-GAKUは叫んで、笑う。
『YEN-GAKU>まあこっちさまだけどな。 反祝術! 反祝福域展開っ!』
特典〔夢見心地〕の時には使わなかった反祝術の秘奥義を展開する。
曲刀の動きどころかクルシェーダの動きが鈍る。
反祝福域は能力低下を与えるのではなく、能力上昇を反転させる。どころか能力低下は能力低下のまま適応させる。
一方的に相手に能力低下がのしかかるのだ。
【速勢・連撃型】は刃の速度と腕の振りの速さ、接近する速度など、連撃を繰り出しやすくするための能力上昇技能である。
それが反祝福域に触れ反転。
それらの動作が遅延する。クルシェーダはYEN-GAKUの首を掻っ切ったつもりだった。けれど現実にはYEN-GAKUは回避に成功していた。
あくまで反転したのは【速勢・連撃型】の能力上昇のみ。それ以外は正常。
ゆえに刃の切っ先が届いたという感覚が先行し、しかし倒したという感触もなく、避けられたという事実を目の当たりにし、なのに自分の曲刀とその腕の動きがゆっくりと続いているという現実もあった。
瞬間的に【速勢・連撃型】を解除。同時に反祝福域から逃れ、動きが正常に戻ったと認識する。
反撃に出ようとしていたYEN-GAKUの足が止まる。
『YEN-GAKU>マジかよ。判断さま早すぎでしょうよ!』
クルシェーダは気づいていないが、すでにYEN-GAKUの能力低下が発動している。発動していてなお、かなりの深手を負っていてなお、クルシェーダはYEN-GAKUの攻撃を許さず一方的に追い詰めていく。
『byebye young>詰めが甘すぎ』
『do through>さっさと倒してくれよ』
『( eye )>特典〔夢見心地〕を破ったのってまさかまぐれ?』
『you G row>見てらんない』
『hide44>最高の演出っての撤回する』
YEN-GAKUへの落胆の声が増えてきた。また手のひら返ししてきたことに人知れず舌打ちする。
YEN-GAKU自身が強くないことを理解している。それなのに期待に応えようとしてみたら、まるで化けの皮が剥がれたと言わんばかりだった。
『YEN-GAKU>なんなんだよ、なんなんだよ。なんでそこまで深手を負って動けるっ? いい加減、降参さまをしてくれ!』
悪あがきのように必死で食らいつくクルシェーダにYEN-GAKUはやつあたりのように叫ぶ。
「妻ともうすぐ生まれてくる息子が人質にとられている、といよいよ言ったらこちらの勝ちにしてくれるか?」
泣きそうな表情でクルシェーダはYEN-GAKUに問いかける。
『YEN-GAKU>なっ――』
まるで時が止まったかのようにYEN-GAKUは表情を硬め――
『YEN-GAKU>そんなの――信じ、られるかっ!』
唾を吐き捨てるかのように言い捨てる。真実なんて分からない。
そもそもYEN-GAKUはNPCの人生を重く考えたことはなかった。
けれどクルシェーダの言葉が戯言のようにも思えなかった。だからこそ深手を負ってもなお、自分に立ち向かってくるのだとその必死さが腑に落ちた。
もちろんクルシェーダも言いたくなかったのだろう。それが戦いの場において不誠実で同情を買うような発言だと知っていたから。
YEN-GAKUもそんな理由があるとは思っていなかったからこそ、忘れるように、そして同情は買いたくないと吐き捨てた。
PCに復讐するために負けるつもりだったが、そんな理由を聞いてしまったら余計に負けづらい。
なぜならそれを負ける理由にできてしまうから。
復讐をするために負けるつもりで、さらに言えば手のひら返しの声援に勝ちにいこうとした姑息なYEN-GAKUに、そんなきれいな負け方が許されるはずがない。
すでに声援が罵詈雑言に変わっていてもその理由であれば敗北は美化される。
YEN-GAKUの敗北はそんなものではいけないのだ。
もう無様に負けるか、勝つしかない。
選択肢は狭まっていた。
『YEN-GAKU>反祝術! 集結さま! 反発祝典!』
YEN-GAKUに発動していた能力低下が黒い靄のように顕現し、YEN-GAKUの手元に集まっていく。
反発祝典は、対象を能力低下にしていた時間に比例した大きさの黒い靄を手元に生成。
黒靄の大きさはYEN-GAKUを覆い隠すほどにまで成長していた。
『YEN-GAKU>展開さま!』
その言葉に反応して自動的に能力低下にしていた対象へと魔力の針がクルシェーダの周囲360度、逃げ場のなく展開。
『YEN-GAKU>発射さま!』
合図で魔力の針がクルシェーダに向かって発射させた。
回避不可能のクルシェーダは少し逡巡したような表情ののち、魔法抗盾〔天下人ノリヤス〕を展開。
魔力の針をその盾で防御。そのおかげでできた隙間を縫うように魔力の針を回避してみせた。
『YEN-GAKU>だけどそれは禁則事項:防御禁止に抵触さまするぞ!』
YEN-GAKUの宣言とは裏腹に、クルシェーダの身には何も起きていなかった。




