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tenth  作者: 大友 鎬
第12章 ほら、呼び声が聞こえる
703/874

不運


 ***


 ファンタズマティックライフオンラインが五周年を迎えたとき、運営が一番運のいい者を決めると言い出した。

 登録者数100万人の中からたったひとりにだけ、特別な職業を授ける。

 それに選ばれたのはYEN-GAKUと呼ばれたPCだった。

 まったりスローライフを五年間満喫していたYEN-GAKUにとってそれは幸運でもなんでもなく、ただの不運だった。

 最強の職業反祝術師(デバッファー)に選ばれたYEN-GAKUは五年間費やしてきた生産職をすべて失い、反祝術師(デバッファー)以外にはなれなくなった。

 運営にとってその職は栄光であり、栄誉であり、選ばれたことは幸運だった。

 おかしなことに僻み、妬みはあれどYEN-GAKUの辞退の声に耳を貸すものはいなかった。

 だからYEN-GAKUはファンタズマティックライフオンラインを辞めた。

 それでも終極魔窟(エンドレスコンテンツ)での申請(ログイン)戦争が始まり、その枠が少ないと知ったとき、YEN-GAKUは再び動き出した。

 自分が申請すれば必ず通る。その自信がYEN-GAKUにはあった。

 何せ、100万分の1に不運にも当選したのだ。終極魔窟(エンドレスコンテンツ)申請(ログイン)が何万人いるかわからないが、それでも確信めいたものがYEN-GAKUにはあり、事実、YEN-GAKUは申請(ログイン)戦争に勝利した十人に選ばれた。


『YEN-GAKU>これは復讐さまだよ』


 ファンタズマティックライフオンラインを辞めたとき、反祝術師(デバッファー)に選ばれた自分への誹謗中傷はすさまじいものがあった。運営は口をとざしたまま動きもなかった。

 YEN-GAKUは何かがおかしい世界で正常を保てるような人間ではない。体調不良と精神異常で、YEN-GAKUはどこかまともではなくなっていた。

 裁判所を模したような舞台(ステージ)に降り立ったYEN-GAKUは中央に(ガベル)が置かれた机の上部の壁に書かれている三つの言葉を一瞥。

 

 魔法禁止

 道具禁止

 能力上昇禁止


 破れば何かが起きると察しながらも興味なさそうなふりをして、相手を待つ。

「いよいよキミがもうひとりの対戦相手か……」

 右側の扉から長身の男が現れる。

 男の右手には十文字槍。その穂先には血がついていた。

 もうひとりの、という言葉からそういえば三人での戦いだったことを思い出す。


『YEN-GAKU>誰さまが相手だろうと関係ない』


 ファンタズマティックライフオンラインに能力低下(デバフ)は存在しない。

 その能力低下(デバフ)を唯一使えるのが反祝術師(デバッファー)だった。


「悪いがいよいよ手加減はできない。こちらには勝たなければならない理由もあるからな」

 十文字槍〔婿思いのバンゼ〕をYEN-GAKUに向けて、男は律儀にも名乗りを上げる。

「クルシェーダ・ジェード。いよいよ参る!」


『YEN-GAKU>来いよっ!』


 クルシェーダにとって、それは予想外の出来事だった。

 クルシェーダの突撃に合わせて、YEN-GAKUはクルシェーダに道具を放り投げる。

 それはクルシェーダの能力を上昇させるもの。

 同時に――反祝術によって能力低下(デバフ)を発動。

 ファンタスティックライフオンラインにおける反祝術はこの世界において魔法。

 つまり魔法禁止に抵触。


〘――警告っ! 警 ――現在の行動制限境界デッドラインの禁則事項(ロウ):道具禁止、禁則事項(ロウ):能力上昇禁止に抵――現在の行動制限境界デッドラインの禁則事項(ロウ):魔法禁止に抵触しました――〛


 ほぼ同時に禁則事項(ロウ)の抵触が発生。処理が間に合わなかったのか、言葉の途中で再度、警告文が飛ぶ。


〘――違反者には罰を与えますっ!――〛


 YEN-GAKUへ火傷、凍傷、麻痺の罰則が与えられる。

 クルシェーダにはYEN-GAKUの行動が理解できなかった。

「何がしたいっ!」

 理解できないまま、クルシェーダはYEN-GAKUの腹を貫く。

 反祝術によって発動した能力低下(デバフ)の対象はYEN-GAKUだった。

 ファンタズマティックライフオンラインはどんな特技でも自分を対象にできるのも特徴だった。炎吸収の腕輪を装備して、自分に炎で攻撃するなんてこともできてそれが戦略の幅を広げている。

 けれどYEN-GAKUはそういう戦略で能力低下(デバフ)の対象を自分自身にしたわけではなかった。

 血を吐き出しながらYEN-GAKUは叫ぶ。


『YEN-GAKU>復讐さまだよ。これは――拙僧さまの復讐さまだよ』

 今頃、観戦者は罵詈雑言を書き連ねているだろう。

『YEN-GAKU>役割(ロールプレイ)は人さまざま。――なのにスローライフから一転、不運さまにもそれを投げ捨てて反祝術師(デバッファー)を強制さまされた拙僧さまの気持ちがわかってたまるか――』

 クルシェーダは腹に突き刺さった槍を引き抜こうとしたが、なぜかそれができない。

『YEN-GAKU>幸運さまをどぶに捨てるだの、選ばれた責務さまを果たせだの、その権利(アカウント)さまをRMTしたら訴えるだの、適当なことを言いまくって――』

 YEN-GAKUの恨みつらみだけが吐き捨てられていく。

『YEN-GAKU>五年も楽しんだ空間が一瞬で台無しさまにされた気持ちを思い知れよ――』

 その言葉はクルシェーダではなく、観戦者に向けられていた。

 YEN-GAKUが思った通りの罵詈雑言がコメントとして流れていく。

『YEN-GAKU>だから台無しに――てめぇらさまが欲しがってたまらなかった終極魔窟(エンドレスコンテンツ)申請(ログイン)を台無しさまにしてやるよっ!』


 盛大に血を吐いて、YEN-GAKUの意識は薄れ――

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