標的
5
「ほら、さっさと行くわよ」
アリーに促されて奥の部屋に入る。広大な空間が広がっていた。百mはあるだろう。上を見上げる。高さもざっと見積もって五十mはあるようだ。百m×百m×五十mの空間が的狩の塔の会場だった。
ブザーが鳴る。
鳴り終わると今度は入口の正面にある三つの信号、それが右から左へと、赤から緑へと移行。
全てが緑に変わり試練が始まった。
「おそらく何かが起こるでござる。気をつけるでござるよ」
コジロウが下を指し教えてくれた。そこに描かれていたのは魔法陣。魔物使士が使うものに似ている。
同時に的が出現する。最初に出現したのは僕たちが立つ中央から最も離れている。つまり一番奥の壁際だった。
「レシュ!」
「分かってるっ!」
僕が【速球】を放ち、的を破壊する。スコアボードが6を表示する。これで六点ということか。
「遠くはあんたに任せる!」
アリーが叫び、走り出した。迸る雷光がレヴェンティに宿り、近くの的を焼き焦がす。わずかに離れた場所に出現する的を即座に狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕が切断。
コジロウも【苦無】でそれなりに移動を必要とする距離の的を壊す。さらに自慢の速さを活かして中距離のターゲットを足早に破壊していく。三分ぐらい経過したところでどうやら的の数が一定以上増えないことに気づいた。
「的の数が少ないわっ!」
疑問に思ったアリーがふと上を確認する。
「レシュ、上もお願いっ!」
どうやら的は上にも出現していた。五十mという高すぎる空間の意味はここにあった。
「拙者も手伝うでござるよ」
壁を蹴ってコジロウが跳躍。壁に近くあまり高くない位置の的ならコジロウでも破壊できる。
「私も解放すれば届く距離だけど。それだと時間が足りなくなる」
役割をきちんと決めて動くほうが効率がいい、だから自分は上を狙わない、アリーは状況を把握して言葉を紡いだ。それは同時に近くの的は自分に任せろと言っているようなものだった。
「僕が上と遠くを狙うよ」
「それは拙者に走り回れということでござるか?」
「いいじゃない。それが本職でしょ」
「確かに霍乱は得意でござるが」
紡がれる言葉を整理し、自分の役割を把握した僕たちの点数は見る見るうちに増えていく
制限時間を示す時計が六分を切った途端、魔法陣が輝き、魔物が出現した。
役割を理解し、連携がうまくいきそうな組の歯車を狂わすようなタイミングだった。おそらくそれが狙いだろう。合い始めた呼吸を狂わす、それがこの魔物の役目。
現れたのはたったの二匹。
二匹とも体格は人間に近い。
一匹は皮膚が鯨に似た漆黒で、蝙蝠のような翼が背中にあり、蜥蜴に似た尻尾がむき出しの尻の僅かに上から生えている。その尻尾の先端は三叉槍のように三叉。左腕はまるで刃物のように尖り、右手は指が小指、中指、親指の三本しかないものの人間の腕にそっくりだった。何よりも特長的なのは顔に当たる部分がないことだろう。それはデュラハンのように首から切断されているわけではなく、最初からないと言ったほうがいいだろう。首から上、湯気のように薄っすらと出る黒い靄、それが漂っているだけで、そこには何もなかった。
異端の島のン・グラネク山に棲息していると云われているナイトゴーントだ。それがこんなところに出てくるなんて。
その飛行するナイトゴーントに乗っている、もう一匹の魔物。
その魔物の顔は犬に酷似していたが全身に毛がなく、むしろゴムに覆われたような印象があった。犬の頭には人毛が生え、瞳は黄色。黴臭く、ゴム質な体の所々に黴や埃が付着していた。人間の指によく似た手から生える爪は鉤のように鋭い。
ナイトゴーントとある種の同盟を結んでいると噂されているため、しばしばナイトゴーントの背に乗り飛行するという光景が見られるらしいが、今がまさにそれ。ナイトゴーントから飛び降り僕へと襲いかかってきた魔物こそグールだった。
【収納】で瞬時に出した鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕でグールの爪を弾くも、その隙をついてナイトゴーントが上空の的を破壊する。7と書かれた的が破壊され、総点数から七点が引かれた。
ナイトゴーントが降下を始める。その先にはもちろん的があった。
「レシュ!」
アリーの呼びかけに応じて僕はすぐさま【剛速球】を繰り出す。ナイトゴーントよりも速く的を破壊。勢いはそのまま【剛速球】が壁にのめりこむ。
僕が的を破壊したことで、ナイトゴーントは旋回後、急上昇。見上げればそこにも的。
「アリー、こいつもしかして!」
僕は気づいたことをアリーに伝えようとしたが、グールが僕に噛みついてきた。どうやら食うのは屍だけではないらしい。名称は所詮名称ということだ。
「オメ、イガイトウマス」
僕の肉を咀嚼するグールが片言の人語で話しかけてきた。褒められても嬉しくないので代わりに鷹嘴鎚を右から払う。
「右、危ないぞっ!」
僕はそうやってわざわざ忠告してやる。人語が話せるということから人語を理解できると判断。
案の定、食屍鬼は右を注視し、迫る鷹嘴鎚を確認した。
左へと仰け反りグールは鷹嘴鎚を回避。
けれど、左で待ち構えていたのはアリー。雷光轟くレヴェンティが腹を刺し、蠢く紫電がゴム質の皮膚を焼き焦がしていく。ゴムが非導体であるがゆえに表皮は雷を通さない。
しかし雷が発する熱は当然ながらゴムを焼く。しかも内側までゴム質というわけではない。
グールの皮膚が爛れ、筋肉が露出する。その露出した筋肉を僕の鷹嘴鎚が啄ばむ。アリーがレヴェンティを引き抜き、一言。
「邪魔!」
反対の手に握る狩猟用刀剣が一瞬にしてグールの首を落とした。