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tenth  作者: 大友 鎬
第2章 交わらぬ嘘
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再会

 2.


 その魔物(モンスター)は、ひとりの人間を目の前にし、好物が現れたことに顔を歪ませる。

 魔物(モンスター)は青と灰が混じった瞳でギロリと睨みつける。その顔は人間そのものだったが、色は赤く三列に並んだ牙を持っていた。さらに顔の周りは獅子の剛毛に覆われている。

 異形の顔の下――獅子の巨躯を揺らしながら、その魔物(モンスター)は鹿よりも速い足並みで走り出す。笛と喇叭を同時に鳴らしたような声を上げ、その人間に襲いかかっていた。

「突き刺され、私の剣っ!」

 操剣士たる彼女の背後から八本の剣が出現。彼女の手の振りに合わせて剣が魔物(モンスター)へと飛んでいく。しかし魔物(モンスター)は彼女の剣を俊敏な動きで避け、時にはその剣を鋭利な牙で噛み砕いた。彼女は一撃も与えられないことに焦り後退するも、攻撃の手だけは緩めなかった。本数が減った剣が、彼女の意志を体現するかのように踊り狂い、再び魔物(モンスター)へと強襲。しかし、それすらも魔物(モンスター)は回避し、巨躯からはえた蠍の尻尾から鋭い矢が射出。それが彼女に突き刺さり、一瞬にして毒が回る。神経を犯し、全身が麻痺した彼女に涎をたらしながら近寄る魔物(モンスター)。彼女は麻痺しているせいか悲鳴すらあげれず、そして魔物(モンスター)の牙が彼女の柔肌へと噛みついた。


 ***


 僕たちが辿り着いた頃にはマンティコア(三首奇獣)が女冒険者の肢体に噛みついていた。

「助けないと!」

「無駄だろ。どう見たってああまでなったら生き返らせるのも無理だ。それよか準備しろ、タコ。大好きな人肉が三個もあるって気づいて襲いかってくるぜ」

 そう言いながらブラジルさんは腰に巻きつけてあるベルトにぶらさがる6個の【封獣結晶(キューブ)】のうちどれにしようか選んでいた。ちなみに魔物(モンスター)が封獣されたら、【封獣結晶(キューブ)】ではなく、【召喚結晶(リリースキューブ)】と呼ぶらしい。

 僕も鉄球を【造型(メイキング)】。ネイレスも上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕を両手で構える。

 マンティコアがこちらに気づき疾走。

「まあお前らふたりは下がって見とけ。出番なんてないから、いやホントに。毒物を極めた男ポイズンモンスターマスターにかかりゃマンティコアなんてザコだよ」

 ベルトの【召喚結晶(リリースキューブ)】を物色していたブラジルさんの手の動きが止まる。

「ネイレスさん、マンティコアって確か毒を持っているはずだよね。じゃあ毒は効くの?」

 ふと疑問に思ったのでネイレスに訊いてみる。

「ブラジルさんのは猛毒だから、毒に対する耐性ですら凌駕するわ。毒を持つ魔物(モンスター)ですら絶滅種毒素系の魔物(モンスター)の毒には勝てない。アタシたちの出番は本当にないわよ」

 ブラジルさんはベルトから【召喚結晶(リリースキューブ)】を取ると、マンティコアへと投げつける。

「セレン、行って来い!」

 マンティコアの手前に落ちた【召喚結晶(リリースキューブ)】が開封。なかから毒霧で作られた女性のような姿が【封獣解放(ワンタイムリリース)】された。

 セレンと呼ばれた魔物(モンスター)は、動こうともせず、マンティコアがそのまま突っ切る。

「いいんですか、アレ」

「ああ。アレでいいんだ」

 突っ切ったマンティコアの蠍の尻尾が突然、落ちた。尻尾は腐食していたように見える。

「戻れ。セレン」

「戻すんですか」

「ああ、セレンの毒は腐食毒だから。もう役には立たん。それに、より強い毒は他の毒を死に追いやるからな。一緒に出せないんだよ。さて次はオゲンの番だ」

「気づいた?」

「何がですか?」

「ブラジルさんは第一にアタシたちを守ったんだよ。マンティコアの唯一の遠距離攻撃はあの尻尾から出る毒針だからね」

 それは気づかなかった。ランク5になるとそこまで配慮していたりするのか。

 オゲンと呼ばれた毒霧で作られた男性のような魔物(モンスター)がマンティコアの前へと出現。

「ちなみにオゲンは神経毒。こいつの蠍の尻尾よりは強力だけどな。しかも全身だから触れるだけで感染する。マンティコアはバカだからこいつにも触れるだろうよ」

 その言葉通り、マンティコアはオゲンを通り抜けようとし、全身に毒を浴び、身体を弛緩させる。

「戻れ、オゲン。出番だ、カドミウム」

 カドミウムと呼ばれた魔物(モンスター)が出現。正方形の巨大な塊だった。

「こいつは皮膚毒。皮膚に作用し、徐々に皮膚を溶かしていく」

 カドミウムがマンティコアのうえに落ちると、マンティコアの皮膚がボロボロになっていく。

「よくやった、カドミウム。ようやく出番だ、ホスゲン」

 ホスゲンと呼ばれた毒素系魔物(モンスター)は、唯一宙に漂っている。

「ホスゲンは視覚毒。視神経を殺し、相手を暗闇に陥れる」

 マンティコアの目玉がドロドロに溶け、笛と喇叭の鳴き声であえいでいるように見えるが、口が動かないのでなんとも言えないだろう。

「戻れ、ホスゲン。出でよ、クラーレ」

 クラーレと呼ばれた毒素系魔物(モンスター)は見えるか見えないかの小さな球体。マンティコアの体内へと侵入していくのが見えた。

「クラーレは内臓毒。侵入した獲物の臓器を破壊する。魔物(モンスター)と言えど生きている以上、構造は生物の根底を揺るがさないものがほとんどだ。そして臓器をやられればほとんどが死滅だが、それは私が許さない」

 マンティコアの口腔から溶けた臓器が流れ出てくるもマンティコアはまだ生きていた。死ぬ前にブラジルさんがクラーレを戻したからだ。

「さて最後のトドメだ、ボツリヌストキシン!」

 ボツリヌストキシンがマンティコアへと慈悲なき毒の息吹を吹きつける。直撃したマンティコアはその強大な息吹によって痙攣を起こす。カドミウム、ホスゲン、クラーレ、それらの魔物(モンスター)の毒をも凌駕する猛毒はマンティコアの四肢に臓器、いや存在すらも侵しつくし、ドロドロの液体になるまで溶かした。

「最後のだけで事足りたんじゃないですか?」

 ボツリヌストキシンを戻したブラジルさんに僕は恐る恐る問いかける。

「言っただろ、バーカ。いたぶった挙句、ここに入ってきたことを後悔させながらじわじわと殺すって。ボツリヌストキシンを使えばそりゃ一発だけどよ、そんなつまらない殺し方してたまるかよ」

 その言葉に恐怖を感じた。

「まあそのせいでブラジルさん、フレージュからこの大草原から出たら駄目だって言われているんだよ。あ、フレージュってのはこの草原から一番近い街のことね」

「なんでですか?」

「召喚士が死ぬと【召喚結晶(リリースキューブ)】の封印は解けるからな。反面、封印が解けた魔物(モンスター)は、その領域から抜け出せないという誓約を背負う。つまり私がここで死ねば、この大草原だけを見捨てれば済むって算段らしい。まあ私はここが好きだから別にいいんだけどな。そんなことを言う奴らはどうにもバカらしく思えるね」

 そう言いながらもどことなくブラジルさんは哀しそうだった。

「じゃ、フレージュの近くまで送るからよ、最後の条件守ってくれよ」

「分かってますよ」

 ふと、本当に出番がなかったなと思ってしまい、改めてブラジルさんのその強さに恐怖した。


 ***


「私はここまでだ。フレージュからジャスト十Km(キロメーチェル)。あと一歩でも私が近づいたら街から警告。そこから一キロ近づくごとに集中砲火だ」

 理由は前にブラジルさんが言った通りだった。

 ちなみにここまで着くのに三日かかっている。ここまでの道中で魔物(モンスター)を倒す機会もたびたびあったからそれなりにレベルアップもしていた。

「あとはお前とネイレスだけで行け。私が毒を放っておくからそれまでに草原を抜けろ、そのぐらいはアホでも迅速にやれよ。街に入ったら準備を整えて共闘の園(タッグパーティー)の登録をしろ。明日になればすぐに試練が始まる。ランク2はランク1になったばかりの冒険者も割と合格するからお前なら楽勝だ。ネイレスもいるからな。私はここに経験稼ぎをしにきた冒険者から情報を集めてやるよ、バカなお前のために」

「ありがとうございます」

「さあ行こう、ヒーロー」

 仮面を被って以来、ネイレスは僕をそう呼んでいる。というか正体を知っていてもこの仮面の効果でレシュリーとは呼べなくなるらしい。不思議なものだ。

「行こう」

 しかし、ヒーローとは大仰だなとは思う。けど、仮面の効果でそうなってしまうのだから仕方がない。


 ***


 駆けに駆けてフレージュへと辿り着いた。

 ブラジルさんが毒を放っておいてくれたのか魔物(モンスター)には遭わなかった。

「やっぱりブラジルさんの毒はすごいね」

 ネイレスの呟きに僕は頷く。

 花と香りの街フレージュは名の通り、そこかしこから花の香りがするのどかな街だった。観光地として花畑があるらしいが、ゆっくりと寄っている暇なんてなかった。

「まずは登録しに行くよ。アタシについてきて」

「登録の仕方とか知ってるんですね」

「当たり前よ。一回受けようとしたことあるもの。もっともそこで二人一組じゃないと受けれないこと知って自棄になって草原に行ったら、死にかけてブラジルさんに出会ったの」

「僕と似てますね。死にかけたところ」

「そうね。それ以来、アタシはブラジルさんといるの」

 ネイレスは僕を連れて、冒険者協会へと赴いた。

 初心者協会の冒険者版だと思えばいいよ、とはネイレスの言葉だ。

共闘の園(タッグパーティー)の登録をしたいの」

「かしこまりました。後ろの方とでよろしいですね」

「ええ」

「それではお名前を」

「先に書いてよ、ヒーロー」

「分かった」

 どう名前を書けばわからなかったけれど、ネイレスが急かすのでマスク・ザ・ヒーローと書いておいた。

 続いてネイレスが自分の名前を書き、それを見た協会の人が、「永遠の新人!?」と驚いていた。その驚きにネイレスは冷えた笑みを浮かべ、僕の手を取り協会を去った。

「アタシはね、三年もランク1でいるの。ただペアがいなかったってのもあるけど……アタシはブラジルさんと居たかったからランク1のままでも良かっただけ。それでついた名前が永遠の新人。アタシは気にしてないけどね」

 気にしてないというのでそれ以上は訊かないことにした。それよりも疑問があった。

「僕、ヒーローって名前書きましたけど大丈夫ですか?」

「何が?」

「あの書類は自分の名前を書くんじゃないですか?」

「書いたじゃない」

「いやヒーローってのは仮面をつけたときの名前で……」

「それでも書いたことになってるよ。仮面をつければあなたはマスク・ザ・ヒーローと認識され、外せばあなたはきちんと認識される。ヒーローの時に書いた名前は仮面を外せば本来の名前に、本来の名前を書いた場合は仮面をつければヒーローと認識される、その仮面はそのぐらい便利なものなの」

「そうなんですか」

 それだったらその前に言って欲しかった。ちょっと拗ねた顔をしたらネイレスが笑ったのでつられて僕も笑った。

「じゃ宿を見つけて明日まで待ちましょう。迎えが来るわ」

「ところで共闘の園(タッグパーティー)ってどこであるの?」

 気になったので尋ねてみたらネイレスは上を指しニコリと笑った。


 ***


 その意味が分かったのは翌日。朝早く起きた僕は朝食を摂っていた。仮面は目元を隠しているだけなので外さなくても食事は摂れる。

「早いね」

 ネイレスが言った。

「島暮らしの弊害ですかね」

 僕は笑った。落第者という烙印を押されて以降、人目に晒されながらの食事が摂りづらくなっていた。訓練後は致し方なく人目に晒されてはいたけど。

 朝食ぐらいはゆっくり摂りたかったため、早起きが身についていた。

「起こしてくれればアタシも一緒に食べてあげたのに」

「別にいいですよ、そんなの」

「遠慮しないの」

 僕の隣に腰掛けたネイレスは豪快に朝食を摂り始めた。

 以前僕がアリーにご飯を奢ったことがあったが、その量に負けぬ劣らぬ量だった。そのぐらい食べるのが冒険者の普通なのだろうか。

「ご飯食べたらすぐ行くよ。集合場所までちょっと時間がかかるから」

 朝食を摂り終えた僕たちが外に出ると、いつの間にか他の冒険者もたくさんいた。

「ここらへんにいるのはこの辺りを縄張りにして一年間力を蓄えたランク1よ」

 ネイレスに気づいた何人かが「永遠の新人がいるぞ」と驚いていた。「パートナーのあいつは誰だ?」とも囁いていた。ある意味で注目の的だった。

 それを気にしている素振りを見せないネイレスはさっさと歩いていくので僕もそれに従う。

 街の外れ。草原と逆側、とでも言うべきだろうか、そこに大きな魔方陣が展開していた

「ここで待っていれば迎えが来るわ。会場に着くのが夕刻。日付が変わるまでに共闘の園(タッグパーティー)をクリアすれば晴れてランク2よ」

 気づけば他の冒険者もその魔方陣に入り、雑談したり武器を整えたりしていた。僕も暇なので球を出したり消したりしていた。

「投球士と永遠の新人の組み合わせですか。これはなかなか」

「あなたは?」

「申し遅れました。私はブラギオ率いる集配社(ライブライリアン)“ウィッカ”の集配員(レポーター)、セレッツォ・ビターシャでございます」

 礼儀正しくお辞儀をするセレッツォ。柔和な笑顔は好青年を思わせた。

 僕が船で会った人もブラギオの下についていると言っていたからあの人も“ウィッカ”所属なのだろう。

「と言うけど実際、あんたも古株でしょ。あんた何回目の挑戦なの?」

「挑戦とは無粋。端から勝負しておりませんよ。私の役割は共闘の園(タッグパーティー)でスクープを入手することですから。もちろんスクープになるかならないかは運否天賦でございますが」

 そう言って去っていくセレッツォ。ネイレスはセレッツォの後ろ姿を見つめたあと、こう言った。

「注意したほうがいいよ」

「なんでですか」

「とにかく注意しておいて」

 理由は話してくれなかったが僕は従うことにした。魔方陣でしばらく待っていると飛空艇が草原のほうから現れた。すると魔方陣が光り輝きはじめる。瞬間、身体が消え――

 一瞬のうちにガラス張りの部屋へと移動した。そこから見下ろすと、さっきまでいた魔方陣が見え、ここが艇内だと気づく。

「ここが最後の回収所だからあと一時間ぐらいで着くわ。あっちでおとなしく待っていましょう」

 ネイレスに促され僕が向かったのは百人ぐらいを収納できそうな大広間。今乗っている八十人ぐらいが今回の参加者だろう。多いのか少ないのかは分からないが自由に動けそうもない。

 飛空艇の揺れで誰かが僕にぶつかった。

「ごめんなさい」

 謝る声には聞き覚えがあった。

「大丈夫だよ。キミは大丈夫?」

 僕は笑顔で答え、けれど正体がばれるんじゃないかと怯える。

「大丈夫です」

 ペコペコと頭を下げるのは彼女らしいと思いつつ、ばれなかったことに安心する。

 僕とぶつかったのはリアンだった。再会を喜びたいところだが自重する。

 アルとアネクもいるんだろうか、とリアンを視線で追うと、そのふたりだけではなくヴィヴィの姿も見つける。参加資格が二人一組だからおそらく三人のうちの誰かと組んでいるのだろうと僕は予測した。

「知り合い?」

新人の宴ザニュービーズデビューで協力した仲間かな? と言っても洞窟のなかで知り合ったんだけど」

「仲良くなるのが得意なんだね」

 ネイレスが微笑ましく呟く。

「無駄に敵を増やしたくないだけかもよ」

 僕は照れて適当にはぐらかした。

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