複製
『Tillie Yan Chu>ぶらぁぼおーー!』
出現したPCは思わず叫ぶ。
さっきまで申請できずに泣きそうで、自分の配信に集まっていた観覧者さえも文句を言う始末。
どうしようにも手も足も出ない、申請不許可の悲劇から一転、何が起きたのか申請が通り歓喜へと変わる。
文句を言っていた観覧者すらも手のひら返しで歓喜のコメントが飛び交っていた。
『Tillie Yan Chu>ぶらぁぼおーー!』
興奮冷めやらぬ様子でTillie Yan Chuは叫んで、
『Tillie Yan Chu>ようやく俺がこの世界にやってきたののら!』
続けざまに嬉しさを爆発させてようやく、Tillie Yan Chuは致命傷を負ったクロスフェードとその傍らにいるジョーカーに気づく。
『Tillie Yan Chu>どういう状況ののら? っていうか、終わりかけ? ちょっら、ちょっら、それは待つののら』
「おい、さっさとそいつをやれ!」
致命傷ながらジョーカーを指さし怒鳴るクロスフェードと
「説明すーるので、少しお時間をくださーい」
PCに気づいて語りかけるジョーカー。
どっちの言葉に靡いたかは言うまでもない。
説明の間、クロスフェードは黙っていた。というかジョーカーの説明を聞き始めた時点で怒鳴る気力も失せたのだろう。
起死回生にと許可したPCの申請が一瞬で無駄になった。よもや奇策のはずだったが、クロスフェードに従うとどこかで思い込んでいた。かと言って再び不許可にしてももはや無意味だろう。
『Tillie Yan Chu>なるほど。って納得したいところののらだけど、よっくわかんないのよねえ』
ジョーカーから複製保管領域バックアップの仕組みを聞いたTillie Yan Chuだが、言葉だけの説明ではぴんとこなかったのか素直に感想を吐く。
説明書を読んだだけではわからず実際に操作してその言葉と動作が結びつくことはままあることだ。
『Tillie Yan Chu>ものは試しののら』
「というと?」
『Tillie Yan Chu>こうするのら!』
王子様のような格好しているPC、Tillie Yan Chuが作り出したのはYang swordと呼ばれる自分の現実の能力によって生成された剣だった。
Tillie Yan ChuはDUM -MY games-のPCで、DUM -MY games-は自分が持っている資格や学歴、職歴などの現実によって特技や武器が反映される。
現実が充実しているほど強いのではなく、ほどほどの案配、それなりの充実感のほうが強いという絶妙なバランスによって、一定の支持を得ていた。情報保護の問題で、その仕様を問題視する専門家もいるが今のところ、情報漏洩などは起こっていない。
Tillie Yan ChuはYang swordは普通のロングソードに見えるが、柄にある窪みを押すとその刃が回転鋸のように回りだす。どういう理屈かは考えても無駄なのだろう。
刃が回りだしたYang swordをクロスフェードの肩へと押し付けて、勢いよく切断してみせる。
〘――生体情報ニ元ニ生体ヲ復元シマス。復元マデ残リ一分――〙
『Tillie Yan Chu>なーるほど。なんとなくわかってきたののら!』
そして一分後。クロスフェードが復元される。
復元されたクロスフェードは致命傷を負ったまま。何せ、記録されたのは致命傷を負ったあとだ。
そのときの記録をそのまま復元されたので、致命傷の状態からは覆らない。
しかもそのときの記録を復元したものの、違和感は勝手に修復される。
違和感――それはTillie Yan Chuの申請が許可されていることだ。
その齟齬を修復するように複製保管領域バックアップはそこだけは許可のままで復元していない。
ただし、復元されたクロスフェードの記憶は、まだ申請を許可してない段階のもの。
「よくも殺したなっ! この"ワたシ"を!」
『Tillie Yan Chu>えっ? ちょっ……なんでこっちに来るののら!』
クロスフェードはPCがいることで、自分が記録後に殺されたことを理解したのだ。
「もーうすぐ、9分でーすよー」
『Tillie Yan Chu>えっ、あっ、そっか。そっか。倒せばいいののらっ!』
慌てたのも束の間、Tillie Yan Chuはジョーカーの言葉で気づく。Yang swordを回転させて、向かってくるクロスフェードに対峙。
一方で、クロスフェードもまたジョーカーの言葉で、方向を反転。
『Tillie Yan Chu>あれ? 逃げ切る系ののら?』
クロスフェードの足取りはジョーカーへと向かっていた。
「この"ワたシ"を舐めるなよ。ジョーカー。誰がこの"ワたシ"の"特異"がたったひとつだと言った。"特異"なものがいくつもある人間だって存在する。"ワたシ"がそうではないと誰が決めつけた。答えろっ! ジョーカーっ!」
「確かに! それは盲点でーした。けれど、あなーたの"特異"はこの薬品で消えーるのでーすよー」
「不許可だっ!」
クロスフェードは血まみれのまま、叫ぶ。
「ははははははははっ! 不許可だっ! 不許可だっ!」
〓凡人計画〓。違う次元の自分が生み出したものを不許可にするのは心苦しい。
それでも血反吐を吐く思いでクロスフェードはその薬を不許可にした。
申請を許可したことで容量が空き、不許可にする猶予が生まれたのだ。
全てはキングたちの"特異"を消させないため。
初回突入特典〔許可不可〕で不許可にしたものは、使用者が死んでも特典〔許可不可〕で許可しない限り、許可はされない。
次に許可される可能性があるとすれば、クロスフェードの死後、初めて終極迷宮に入った冒険者が特典〔許可不可〕を選択し、"特異"を消す薬品を許可するときだろう。
クロスフェードは満面の笑みで死亡していた。
『Tillie Yan Chu>あんた、よくわからないののらけど……もしかして、わざと……』
「こーれでも、彼の気持ちを利用したのはさーすがに良心がいたーんだのでーすよ」
『Tillie Yan Chu>あんた、実は結構いいやつののら」
「ははは。一応、〈6th〉のジョーカーは善人なのでーすよ。他の次元のは極悪人なーので、信用しなーいでくださーいね」
『Tillie Yan Chu>なんだそれ……。でこれからどうすりゃいいののら。戦うのか?』
「それについては説明しまーす。まずは記録を待ちましょーう。まだ本当に死亡してしまうかは検証してなーいのでーす」
〘――生体情報ヲ記録シマス――〙
ジョーカー、Tillie Yan Chu――そしてクロスフェードの死体に光が照射。記録が終わり、クロスフェードの死体が消滅していく。
「さて、これかーらのお話でーすが、あなーたは特になーにもする必要はあーりません」
『Tillie Yan Chu>どういうことののら?』
「これはわたーしの推測でーすが、おそらーくこの後も戦いが控えーているような気がしてならなーいのでーす。だからこそわたーしは極力無傷で帰還したーい」
『Tillie Yan Chu>ほうほう』
「この複製保管領域バックアップはおそらくでーすが、複製体での戦いなーのです。そして記録が終わるたびに本体に記憶と傷が継承されていく」
『Tillie Yan Chu>あー、つまりなんていうか残機がある感じ?』
「残機? よーく分かりませんが、結局、本体は別の場所に保管さーれており、この戦いが終われば、本体が元の場所に転送さーれるはずなーのでーす」
『Tillie Yan Chu>あー、分かるような分からないような……。でもあれののら、ほら、普段オートセーブだけど、バグとかエラーとかでやべえことになったら、↑+X+B同時押しで復元するみたいな。その↑+X+B同時押しで復元されるほうが本体で、そっちが元の場所に転送されるみたいなことののら?』
「↑+X+B? 嚙み合っているような、合っていないような感じでーすが、あなたがなんとなく理解しーてくれているのは分かーります」
『Tillie Yan Chu>で結局、俺は何もする必要がないってのはどういうこと?』
「わたーしは次の記録までに、即死すーる必要があーるということでーす」
『Tillie Yan Chu>えっ? あっ? はっ? どういう……』
ジョーカーは【収納】からとあるすてきなどうぐを取り出した。
「じ♪ ば♪ く♪ の♪ ス♪ イッ♪ チ♪」
おどけて、歌うように取り出したのはまるでノック式シャープペンシルのような見た目をしていた。
「さーて、離れて離れて! 巻き込まれまーすよ」
『Tillie Yan Chu>はっ? おまっ、何もしなくていいって言ったののら!!』
ジョーカーはTillie Yan Chuが慌てて離れていく姿を見届けて範囲外に出たのを再度確認して、そのスイッチをカチッと押した。
すてきなどうぐ、じばくのスイッチは言葉の通り、自爆するための道具だった。
Tillie Yan Chuへの被害なくジョーカーは散っていく。
『Tillie Yan Chu>せっかく申請できたのに、ほぼ何もしてないののら』
それでいいのか、と思わなくもない。ほぼ労力なしにTillie Yan Chuは勝利を手にしていた。
けれど耳に残るのはジョーカーのこの後も戦いが控えているという言葉だった。
だとしたら無傷で勝ち残れたのは幸運なのかもしれない。
舞台:複製保管領域バックアップ
勝者:Tillie Yan Chu




