大罪
〘――ヨウコソ、複製保管領域バックアップヘ――〙
転送されてきたジョーカーに緑色の光が上から下へ照射される。
〘――生体情報ヲ記録シマス。以降、記録サレタ生体情報ハ規約ニ則リ、自動的ニ保管サレマス――〙
何事かと思ったが異変はなく、身震いした程度だった。
それよりも、すぐに周囲の景色に目を奪われていた。
〘――次回、記録ハ10分後ニナリマス。以後、10分置キニ記録サレルヨウニ設定サレテイマス――〙
目の前には本棚が広がる。
「ヒーッヒッヒッヒ。これはー好奇心がそそりますねえー!!」
端的にいえば図書館だが、棚の上に斜め向きに棚があった。その上にも角度が違う本棚が置いてある。
向きだけでなく、置かれている棚の大きさも違う。不規則のように見えるが小さい棚の上に大きな本棚が置いてあるわけではなく、大きい棚の上に小さい棚が置いてあるなど、それなりの規則はあるようだった。
その本棚も、背板が存在せず、本もぎゅうぎゅうに置かれているわけではなく無造作に空きが存在している。本棚の向こうに誰がいるのかはその隙間から確認することができるのだろう。
「残念でーすねえ……」
本棚にある本を取ろうと思ったが、その本は他の本と棚にくっついて動かない。
すぐにジョーカーは好奇心を失い、それどころか落胆していた。
「よーうは舞台主題に則った装飾に過ぎなーいということでしょーうか」
そこに並んでいる本の表題は「転生したら」やら「追放された」やら「「不遇だった」で始まる書物が並んでおり、ジョーカーにとっては内容がどういうものか非常に興味が湧くものだった。
「そうと分かればー実験でーすねえ」
【収納】されていた髑髏印の爆弾を取り出す。
「さーて、髑髏印の爆弾の実力をここでも示ーすのでーす」
近くの本棚めがけて空間をも砕いた髑髏印の爆弾を放り投げる。
「ヒヒーッ! やりすぎまーしたねえ」
本棚が吹き飛び、破片が飛んでくる。
「やれやーれ、本自体は破壊不能ってことですねえ」
不思議なことに本は宙に固定されたまま、ぴくりともしない。
「しかーし宙に浮いているとはなんとも不思議なものでーすねえ」
その風景に刺激を受けたのか、ジョーカーは宙に浮いて固定された本を四方八方から見定め、そしてやはり本の内容が気になったのか、本の天地をさわり、帯が取れないものかと帯に指を滑らせ、時には栞のひもを天から引っ張ろうとしてみたりしたが、ビクともしなかった。
「読めなーいことは確定でーすねえ」
落胆したのも束の間――ジョーカーのもとに殺気が飛んでくる。
「ジョーカー!! やはり"ワたシ"の相手はお前だったか。"ワたシ"の次元のジョーカーはキングに倒されたが、ここで出会うのもやはり宿命なのだろうな」
クロスフェードが爆発を見て、ジョーカーの元へとたどり着いていた。
「ちなみに、あなーたの次元のわたーしはいい人でーしたかあ?」
そんなクロスフェードに殺意も向けずジョーカーが問いかけるとクロスフェードは親切にも答える。
「極悪人だったよ」
それだけでジョーカーはまるで貧血を起こしたかのように倒れた。
「ああ……。やはりわたーしのように善人はいなーいのでーすねえ……」
どの世界でも改造をばらまいた極悪人なのだろう。〈6th〉のジョーカーは別次元のジョーカーに対する罵詈雑言を毎回のように浴びせられているが、その耐性はつかない。
「隙がありすぎだなあ。ジョーカー! それとももう敗北を認めるのか?」
思わず倒れたジョーカーにクロスフェードは同情などしない。
クロスフェードにとって唾棄すべき存在なのだ。
「わたーしが何をしたーと言うのでーす?」
毎回、心が傷つくが、ジョーカーはその原因を尋ねる。好奇心もあるし、確認でもある。別次元のジョーカーがどれほどの大罪を犯してしまったのかを。
「いつもいつも、いつもいつもいつも、"ワたシ"の想像の先を行き、"ワたシ"の邪魔ばかりをする。どう見ても極悪人だろう?」
「ヒーッヒッヒッヒ。それはよかったー」
ジョーカーはなぜか安心する。
「クロスフェード。あーなたはどの次元でも対して変わりませんね―。別次元のわたーしは確かに大罪を犯した。だーからわたーしは正当な理由があーれば死んでやるつもーりでーす」
もちろん、罵詈雑言を撒き散らした冒険者に死ねと言われたこともある。
そのとき、ジョーカーはこのときと同じ台詞を吐いたことがある。それでもジョーカーが死んでいないのは、正当な理由がなかったり、〈6th〉のジョーカーがジョーカーでありながら別次元のジョーカーとは異なると理解が得られたからだ。
「けれど一貫してあなーたは違う。あなーたは結局、わたーしに嫉妬。嫉妬しているんでーすよねえ。勝ったことがないから、わたーしのことを、いやわたーしがやっていることを極悪と決めつけるのでーす」
「戯言だ」
「確かに」
クロスフェードの言葉にジョーカーは同意してみせる。
〈7th〉の次元でもジョーカーが極悪人であることを〈6th〉のジョーカーは知っているのだ。
だからこそ、戯言には同意。
「極悪人という客観的事実があるのに対し、あなーたが口にするのは明らかに主観的なのでーす。だからあなーたがわたーしを極悪人というのは主観に基づいた理由でしかなくそこに正当性は見いだせませーん。となればわたーし自らが死を選ーぶ必要はなーい。ゆえによかったーと言ったのです」
それは挑発でもあった。クロスフェードが何か言いたげなを我慢し、けれども怒りで顔を歪めていた。
「やはりお前は気に入らないっ!」
「それには全面的に同意しまーす。〈6th〉のあなーたも嫉妬だけでわたーしの邪魔ばかりしーてきてましたから。それで研究に何年支障が出たと思っているのでーすか!」
髑髏印の爆弾を取り出したジョーカーだったが
「ジョーカー、それがお前の特典か?」
「おーやおやどーうして?」
「ここでは道具の使用は禁止されている。なのに平然とそれを取り出せたのはそれが道具ではないからだろう」
「いえ、道具でーすよ?」
「ふむ。では特別な道具ということか……。だがしかし不許可だ」
クロスフェードが宣言すると髑髏印の爆弾が消失する。
「ヒーッヒッヒッヒ。ではこちらを!」
髑髏印の爆弾の消滅にも動揺せず、ジョーカーは再び髑髏印の爆弾を取り出す。
動揺したのはクロスフェードだった。
「想定外のような顔をしてまーすねえ。こーゆーときは顔に出さなーいものなのですよー。冒険者として経験が圧倒的に足りなーいですねえ」
「それはお前もだろう」
「いえいえ。わたーし、材料は基本的に現地調達なもーので」
「まあ、いい。それも不許可だ」
「では次はこれで」
爆弾が消滅すると表情一つ変えずに|髑髏印の爆弾を再び取り出す。
「不許可っ!」
クロフフェードが三度叫ぶとその髑髏印の爆弾も消滅。
「おーやおや、これは困りまーしたねえ」
全く困っていない顔でジョーカーは言う。おどけているように見えるのがクロスフェードには気にくわない。
「もーう、種も仕掛けも気づいているのでーしょう?」
「ああ。どうせお前のことだ、似たような道具を三種類作成していたのだろう」
「大ー正解っ! そうでーす。最初のが髑髏印の爆弾、次が髑髏印の爆弾、三個目が髑髏印の爆弾。きちーんと見れーば髑髏印がそーれぞれ異なっていーるのでーすよぉ!」
「どうした? これで打つ手は封じたか? 爆弾を作り出す。それだけではないのだろう。お前の特典は?」
「たーしかに。でも髑髏印の爆弾軍団は別にあなーたの特典で封じられたところでこちらには痛手ではないのでーすっ!」
ジョーカーはきっぱりと言ってみせる。
ジョーカーもさすがに自分の爆弾が三度も消滅すれば、クロスフェードの特典も推察できる。
言葉としても三度同じものを言っているためそれが鍵だろう。
「ちなーみにその特典の容量はどのくらーいなのでーすか?」
「言うわけがないっ!」
「といーうことは容量自体はあるのでーすねー。さすがに無制限に不許可されーるとわたーしも困りまーすからねえ」
「くっ……」
挑発に乗るようにクロスフェードは口を滑らせてしまったかたちになる。
「ちなーみに未だPCが現れないのーは、あなーたが不許可にしているからでーすか?」
ジョーカーがクロスフェードの特典を推察したうえで推察を続ける。
「……っ」
クロスフェードは何も言わなかったが、少しだけ、本当に少しだけ見抜かれない程度に顔を歪めてしまっていたが、ジョーカーはその機微を見逃さなかった。
「ヒーッヒッヒッヒ。わたーしどもが参戦しなかったら、あなーたの不戦勝だった、ということでーすねえ」
ただそれだけをジョーカーは告げる。卑怯、姑息と罵らないのが逆にクロスフェードを傷つけていた。




