打手
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〈10th〉のタミに比べて、〈7th〉のタミは幸せだったのかもしれない。
下水道の掃除はしていたが、〈10th〉の臭い、汚い、安いが三拍子揃ったものではなく、臭い、汚い、けれど(報酬が)高いという、掃除をしていればそれなりに満足が行く生活ができた。
だからそんな賃金を毎日もらえるタミを疎ましく思う冒険者がいないはずがない。
豪遊せず質素に暮らしているというのもそんな冒険者を逆撫でる要因だった。もっとも豪遊したらしたで、きっとそんな冒険者たちを逆撫でていただろう。
〈10th〉のタミが侮蔑によって追い出されたのであれば、〈7th〉のタミは嫉妬によって追い出された。
下水道の掃除がどれだけエンドレシアスの街に有益をもたらしていたか、考えの及ばない冒険者たちによってそれは実行され、そんな高給な仕事がタミに与えられるのは不公平だと叫んだ。
高給な仕事がタミに与えられていたわけではない。結局のところ、誰もやらない仕事だったが、重要視した依頼者が高額に指定し、それをタミが請け負っただけだ。
あぶれた仕事を担当していただけだ。声を荒げた冒険者は他の仕事を選択する際に目にもくれなかったのに、その報酬が、タミのほうが多いのが気に入らなかっただけの話だ。
そうやって嫉妬のもとにタミは〈7th〉でもエンドレシアスから追い出された。
「しししししっ」
タミはずっと笑っていた。鼠のような顔で笑う口元からは歯抜けの口内が見える。歯も欠けていた。
エンドレシアスから追い出された後は貯めたお金とあぶれた依頼をこなして生活を繰り返した。
タミを追い出した冒険者たちは悪評がたち、彼らもエンドレシアスから追放されていた。身銭ももらえず追放されたのだからタミのほうがましだっただろう。
そんな彼らはタミを追い詰め、追いかけ回した。
彼らのほうが絶対に悪だった。
「しししししっ」
追いかけられても笑っているタミより必死で追いかける悪のほうが、正しいように映る場合もある。
必死の形相で何かを取り戻そうとしているようにみえる姿に心を打たれるものもいる。
事情を詳しく聞かず、ただその様子だけで勘違いしてタミを追い詰めるものが多く現れた。そんな冒険者との戦いを繰り返し、気づけばタミはランク7まで到達していた。
不運は続く。いやその出会いは幸運だったのかもしれない。
キングが選定と評して、〈7th〉で大暴れしたことがある。そこで最後まで生き残ったのがタミだった。
「しししししっ」
殺される手前でタミは笑った。そこに恐怖はなかった。もちろん歓喜でもない。
読めない感情にキングが興味を示して、仲間入りした。
タミにとってこの笑いは癖のようなものだ。シッタの舌なめずりと同じ。
癖だから、とはキングには言えていない。けれどどんなときも一緒にいてくれる無類の友のように、逆境のときにはいつもその笑いがあった。
***
「しししししっ。正直、打つ手なしでしゅ」
黒弾に追い詰められた今も、タミは笑っていた。
ゲシュタルトの初回突入特典〔根源永遠自在法〕の名前も仕組みもタミは知らない。
目に見えている効果だけがタミの現実だ。
ゲシュタルトの目に見つめられると凍結したように動かなくなる。
ゲシュタルトの炎の翼は周囲を燃やし、そして飛行可能になる。
ゲシュタルトの包帯は黒い間は黒弾を発射する。
判断がついている効果はそれだけ。
その三種類以外もあるのか、その三種類に他の効果もあるのか、判断がつかない。
〘――空間が圧縮されます。それまでに安全地帯に到達してください――〙
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●□□
喉の乾き:66%
圧縮の連絡に地図を確認。
逃げすぎているせいか喉の乾きが100%へと近づいてきていた。
〘――あと四分で空間が圧縮されます。それまでに安全地帯に到達してください――〙
炎の翼の影響で、オアシスの泉がお湯になっていると思ったが、決死のように飛び込んだオアシスは冷たく、飛び込んだ際に口に飛び込んできた水は美味しいと感じられた。
「ここはまだ安全地帯でしゅ。……それに……しししっ」
表示した地図の●部分を見つめる。
おそらくここにはPCがいる。そしてそこは安全地帯ではなくなった。必ずこのオアシスにやってくると確信があった。
それまでは逃げの一手。タミはそう決める。
正直、打つ手がない。勝つ術が未だに見えてこないのだ。




