砂漠
『Pre:TA>あたしとしたことが……舞台名を聞き逃した。知らんけど』
そう言ってとりあえず砂漠を歩きはじめたのは波乗り板を持った赤髪の少年だった。肌に密着するように張り付いた水中用保護着も砂漠には似つかわしくない。Pre:TAは海岸少年-シーサイドボーイズ-のPCだった。
頭の中には説明が続いている。
先程ぼやいたように、Pre:TAは舞台名を聞き逃していた。
舞台到着後にいきなり説明が始まるとは思いもよらなかったのだ。
『Pre:TA>フツー、「起きなさい……私のかわいい○○よ」とか「おお、目覚めたか勇者よ」とかでこっちの覚醒を待ってから説明しないかな。知らんけど』
〘――この舞台では特別に地図が配布されます。意識的に瞬きを一回すると視界の片隅に地図が表示されます。非表示にする前はもう一度意識的に瞬きしてください――〙
Pre:TAは意識的に瞬きして地図を表示させる。
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喉の乾き:0%
随分と簡易的な地図だった。広さはどのぐらいだろうか。砂漠だからひとマスの広さが目視ではわかりにくいうえに、測っている時間もおそらくないのだろう。
〘――□及び■は砂漠。○及び●はオアシス。△及び▲は現在位置となります――〙
次々と説明が頭に響く。他の参加者もきっと聞こえているのだろう。
〘――また、この舞台にはこの舞台限定で使える道具が落ちております。その道具を使うか使わないかは各プレイヤー次第となります――〙
ふと足を止めて目を砂漠に見やると確かに槍が突き刺さっている。
『Pre:TA>これはいらないな。知らんけど』
〘――さらに各プレイヤーには喉の乾きが設定されており、そちらが100%以上になると、体力が減少し続けますのでご注意を。それではお楽しみ下さい――〙
『Pre:TA>結局、地図の白塗りと黒塗りの違いは説明なし? それともあったけど聞き逃した? 知らんけど』
とはいえ、重要な情報は得た。Pre:TAはひとまずオアシスを目指す。
どのぐらいで喉の乾きが100%になるのかわからないが、そうならないように戦うのがこの舞台の特徴だろう。
こういう面倒くさいことをさせるのは、その場に留まらせるのを防ぐためだ。
喉の乾きを抑えるには必然的にオアシスを目指すことになり、そこで必然的に戦いが起こる。オアシスの数がふたつなのも、参加者が三人だからだろう。
使えそうな道具を探しながら、ひとまずオアシスを目指して歩き始めると再び報告が届く。
〘――あと八分で空間が圧縮されます。それまでに地図上で白塗りの安全地帯に到達してください――〙
その報告を聞いて、Pre:TAはこの舞台が孤島でクラスメイトが殺し合いをする小説を思い出す。あの物語は特定地域に立ち入りが禁止され、違反すれば首輪が爆発した。
ただ観戦者のコメントを読み進めていくとなるほど確かに、と納得するものがあった。
その手のゲームにPre:TAは疎いため小説のほうが先に思い立ったが、百人ぐらいの規模で一位を目指すFPS系サバイバルゲームに似ていた。喉の乾きは、よりサバイバル感を付け加えた感じというべきか。
何にせよ、その手のゲームの法則に従って安全地帯に移動しようと波乗り板にまたがる。
波乗り板と言うがどちらかというとPC世界の未来系映画に出てきた、どこでも浮遊し移動する浮遊板というべきだろうか。波だろうが道路だろうが砂漠だろうが、膝丈ぐらいまで浮いて移動が可能だった。
北に爆走して意識的に瞬き。
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喉の乾き:10%
地図を表示させて、とりあえず安全地帯にまだ到達したことに一安心する。
西に向かうか、北東に向かうか。
細めて見てもオアシスは見えない。波乗り板で移動はできそうだが、充電が持つか不明だった。三分の一ほど消費されている。
『Pre:TA>ふふっ』
一度砂漠に着地して、砂に埋まっていた道具を見て笑う。
そこには波乗り板用の充電池が落ちていた。ついでに水も。
『rama>おお、ラッキーじゃん』
『roheo>水は温そうというかもうお湯じゃない?』
落ちている道具はきっと無作為なのだろうが、運の良さに笑ってしまっていた。
コメントで懸念が上がっていたが、手に入れた水は冷たかった。喉の乾きが10%から0%へと減少。
『purera>水はもうちょっと後で飲めばよかったんじゃない』
その指摘にはPre:TAも賛同した。もしかしたら乾きの減少率が10%以上だったかもしれず、それを知る意味でも喉の乾きが30%ぐらいで使用してもよかった。
オアシスが設定されている以上、水という道具の減少率は10~15%ぐらいのはずだ。
水が入っていた樹脂容器はそのまま波乗り板に収納。仕組みはわからないがこの波乗り板は仕様上、収納場所があるのだ。
地図を閉じて、西のオアシスに向かう。落ちている道具を目視しながら、敵が近づいてこないか確認するという行動はなかなかに集中力がいる。同じ景色で 丘程度の起伏しかないので隠れるところもない。
不意打ちで遠距離で狙撃されたら避けるのも難しい。
警戒しながら西に走り続けるとオアシスが見つかる。
オアシスというよりも密林だ。高低差のある椰子の樹がオアシスを囲む。誰かが潜んでいてもおかしくはないほどだった。
『Pre:TA>慎重に行こう。知らんけど』
波乗り板から降りて、自分の足でしっかりと砂の大地を歩いて行く。さらさらしている砂に足が埋もれていく感覚が妙に怖い。
それでも密林のオアシスへと踏み入れた。
駱駝がいた。二瘤の。オアシスにある茂みを食べてた駱駝がPre:TAを見て、互いに視線が合う。目配せをされた。
なぜか慌てて逸らして周囲を探るが、二瘤駱駝しかいなかった。
『Pre:TA>他のふたりは向こうのオアシスかも。知らんけど』
もう一度地図を表示させる。
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喉の乾き:23%
『Pre:TA>ここは安全地帯だし。あたしがわざわざ行く必要ないよね。知らんけど』
喉の乾きを確認してひとまず水を飲もうと決める。
確認を終えた地図を閉じようとして、地図の上にかなり小さな文字で舞台名が書かれていることに気づく。
空間圧縮砂漠シュリンク
まるで読まれたくない注意事項をわざと見逃すように小さく書きましたみたいな感じがして、別に騙されたわけではないけれどため息が出た。
〘――あと一分で空間が圧縮されます。それまでに安全地帯に到達してください――〙




