神業
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「不具合修正終わりました―!!」
PCの世界のどこかだった。目の下にクマを作ったぼさぼさ髪の男が叫ぶ。ワールド of スペースの開発元に勤めている男だった。ようやく重大な修正が終わったと安堵しながらも、これから送られてきた不具合情報をもとに細かい修正をしていかなければならない。
先行体験版だったのに終極魔窟に申請できたのはかなり重大な不具合だった。
この例外を認めてしまえば他の体験版でも申請を可能にしなければならない。
だから絶対にその例外を認めてはならない。
不具合は可及的速やかに修正され、例外的に申請できたTenjyo Amanoは強制的に利用終了されたのだ。
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想定内の想定外が起こって、デトロアは意味がわからなかった。
死んだわけでも、コジロウが倒したわけでもないのにTenjyo Amanoは消失してしまった。
その理由がPC世界の都合上、だなんて理由をNPCが知る由もない。
Tenjyo Amanoが消失したことで、コジロウも逃げ場が生まれピンボールアタックをいなす余裕が生まれていた。
「何が起こったかさっぱりでござるが拙者にとっては幸運だったでござるな。次はその"特異"の正体でござるな」
「はぁ? なんで知ってんだよ!」
趣旨返しというわけではないが特典をネタばらしし"特異"を秘密にしていたデトロアにコジロウは"特異"を知っていることを告げる。
それもデトロアにとっては想定外だった。
「やはりそちらのクロスフェード・シュタイナーも"特異"を作っていたのでござるか。しかもここに持ち込めるとは……。根付いた次元は大変そうでござるな」
「大変? 選別だよ。選ばれた人間だけが"特異"なものを与えられるんだ」
「選ばれた、ではなく選んだでござろう?」
「違うね。選ばれたんだ。何を言っても無駄。おしゃべりで少しでも体力回復しようだなんで無駄だ」
「やれやれ」
不都合なように話を打ち切るデトロアに苦笑するが、その目的はたしかに半分はあっている。
再び【強影分身】を生成。だが増えたのは三体。先程一気に片をつけようとして無理をしてしまったは事実だった。
「やっぱり疲れてるなっ!」
読み通りだと大きく笑ってアーマジロのまま大きく叫ぶ。怪獣化が一度解け、元のデトロアに戻るも続けざまに変化が起きる。爪が伸び、ハゲタカの尖り、同様に翼が生え、口が嘴へと変貌。全体的に青白い肌をしているが翼は対象的に真紅。胸から生えた金色の毛が肩と臍あたりまで伸び、まるで皮の鎧のようにも見える。
ガァルーダだった。
ガァルーダに怪獣化したデトロアは蛇腹剣〔愛苦しいパーパル〕で選別したコジロウの分身を一瞬で屠る。
「あえて拙者を狙わないのは理由があるでござるよな。それが"特異"でござるか」
「はっ。どうだかね」
思えばデトロアはTenjyo Amanoがいたときも分身を倒すことを何よりも優先していた。
結果的にそれでコジロウは挟み撃ちから逃れなくなったのは事実だが、Tenjyo Amanoの力がなくてもコジロウの分身を選別している。
いやもしかしたらTenjyo Amanoの恩恵を授かったからこそ今、選別できているのかもしれない。
「何かを分ける力、でござるか? いや、拙者の見立てではそなたの一撃で倒れるような分身の強度ではないはずでござる。それこそ何を分け、そして選んだほうに特別な力を与えるような……そんなものでござるか?」
今推理したと言わんばかりの推測だったが、クロスフェードの研究所に名称こそないが、様々な効果が記載された資料があった。成功した暁に付与したかった"特異"なのだろう。〈7th〉に"特異"が根付いているのであれば、その資料から選ばれている可能性が高いとコジロウは踏んでいた。
実はデトロアの"特異"については八割は見当がついている。
「でたらめばっかり言ってんなあ」
絶妙に言い当てられて言葉尻が強くなる。
人生は選択の連続だ。選択しなかったほうを切り捨てて人生を歩んでいく。
デトロアはたまにあちらを選択していれば、と過去を振り返ることがある。
それは選択しなかった、切り捨てた出来事だったが、もし選択しなければ今は別のものになっていたのかもしれない。
パーパルを彼氏から奪ってユグドラ・シィルに逃げた選択は果たして正しかったのか。
少なくともきちんと戦う選択肢を選んでいれば、奪え返しにきた彼氏にパーパルを殺されるようなことは起こらなかったかもしれない。
逃げて、逃げて、逃げて、それが悪いことで決してないのだけれど、その選択は結果としてパーパルを切り捨てる選択だった。
戦っても同じだった可能性もある。けれど戦うという選択肢は逃げた時点で切り捨てたものだ。そこでその選択の結末は消失する。
だからこそデトロアは慎重に選別する。
デトロアの"特異"は"選別"だった。
同分類のものをそれか、それ以外かの二択で選別する。
例えば瓦礫。
自分が触れている瓦礫は壊れない、それ以外は壊れる。
だからアーマジロでぶつかっても壊れず跳躍遊技盤のように跳ねることができた。
例えば影分身。
Dummyの影分身は倒せる、それ以外は倒せない。
そう判断すれば、一撃で倒せる。
Tenjyo Amanoがいなくなった後に倒せたのは再度影分身の選別定義を切り替え、目視できた影分身は倒せる、としたからだった。
ではコジロウは?
まだ判断ができていなかった。分身を出したコジロウも影分身という可能性もありえるからだ。
コジロウを倒せると選別したとしてもそれは目の前の、と限定される。
そうなると目の前以外のコジロウは倒せないと選別される。再選別には時間がかかりそれが致命的になることもある。
それがこの"特異"の難しいところだ。
ひとまず選別せずに、コジロウと何度か激突。運良く、コジロウの腕にかすり傷ができ、血が流れる。
「本物だなっ! 選別してやるよ!」
デトロアはそう"選別"して、目の前のコジロウの首を掻っ切る。妙な手応え。目の前のコジロウが煙となって消える。
忍術技能【煙分身】は影法技能の【強影分身】よりも精緻な作りではない。
「どういうことだ?」
見間違えるはずはなかった。【煙分身】の煙が広がり視界がやや悪くなる。
煙を見えるに選別しようとした瞬間、
「あああああああああああっ!」
視界が真っ暗になると同時に痛みが走っていた。
「自分で言ったことでござろう。特典〔最高級に皮良い威容〕は皮膚に対する攻撃が無効と」
デトロアの両目には【苦無】が刺さっていた。皮膚のないところをコジロウは的確に狙ったのだ。
「どうやった! どうして!」
「拙者の見立てがおおよそ正解と推測して、傷を負った瞬間に、瓦礫の下の瓦礫にできた影に【影渡】して【煙分身】と入れ替わったのでござるよ」
デトロアの疑問に答えるようにコジロウは言う。
もはや神業だった。デトロアが"選別"すると見切ったうえで瞬時に入れ替わりを成し遂げたのだ。
【苦無】に触れたコジロウが【伝雷】を発動。伝う武器から電流が流れ、それが伝導してデトロアの体内へと侵入していく。
「ああああああああああああああっ!」
「ちなみにそれは見ないと選別できないのでござろう」
そこまで見抜かれていた。だから痛みは選別できない。
「また……選択を間違えたのか……」
身体を内側から焼かれて息絶えたデトロアはそのまま落下していく。決着と同時に竜巻は消え、どこまでもどこまでデトロアは落下していった。
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「コメント受け付けない不具合も終了しました……あーしんどい」
実は速度上昇空域アジャイルのコメント投稿が百年後になっていたのだがそれが先行体験版の不具合が影響していたとは知りよしもなく、ようやく投稿可能になったのは速度上昇空域アジャイルでの戦いが終了してからだった。
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舞台:速度上昇空域アジャイル
勝者:コジロウ・イサキ




