冒剣
「ボクが合図を出したら、キミも迎撃じゃなくて、攻擊しにいっていい。PCのキミにばらすのもなんだけど、あと少しでボクのほうは条件が整う」
そう言って「応じよ、気体。叶えよ、期待。揺らめけ、火の穂」詠唱を再び始める。
『HUMA・Ntte117>わわわかっただも』
シャアナの言葉の意味はわからなかったが、合図があるのだ。それまでは迎撃に集中しようと決める。
リオリットの指示で半魚人たちは動き出す。
やはりリオリットはなんらかの力で半魚人に指示、あるいは操作できるようだった。
それぞれ匙と肉叉を持ったローチマンの二人組がまずは襲来。肉叉を放り投げて接近を試みる。
その肉叉を足で弾く。鈍い金属音。ダガーと化した足が瞬く間にふたつの肉叉を叩き落とし、回るようにして、ローチマンの距離を詰めて二撃。二人組が一瞬で絶命。が、さらに後ろにローチマンの二人組。その左右にはシュリンプさんとイールギンの姿が見える。
『what'sUP>これが冒剣者のダガーの力だよ』
観客のひとりが興奮して語りだす。HUMA・Ntte117をよく知っているのだろう。
『065pro>興奮しないでくださいよ。彼の力を知ってるのはキミだけじゃないんですよ』
宥める彼もどこか興奮しているように見える。
転生したら冒険者だった剣。――通称、冒剣。
それがHUMA・Ntte117が選択した一部課金制のRPGだった。
その世界の冒険者は全て剣から転生していた。
ダガーにロングソードのようなものから錆びた聖剣にエクスカリバー。そういった武器が全て冒険者に転生していた。その転生した武器は冒剣者と呼ばれ、その者たちを育成しながら物語は進んでいく。
その剣には三種類の特徴があった。無双型・不遇型・努力型。
HUMA・Ntte117が選択したダガーはレア度R(下から二番目)の努力型だった。
このRPGはレア度によって初期能力が異なるが、遊戯内通貨と時間さえあれば、どんなレア度でも同様に育成することが可能になる。
HUMA・Ntte117が不遇型や無双型を選ばなかったのには理由がある。
彼は陰キャでコミュニケーションが苦手だった。
だから自分が転生した場合、どうなるかを想像してそれを選択した。
無双型を選んでもきっと自分自身が耐えきれない。どんなに強くて頼りにされても彼の性格は転生で補正されない。陰キャでコミュニケーションが苦手というのは治らない。
陰キャでコミュニケーションが苦手というのが治った場合、それは選択した職業に操作されてしまっている。
それは自分が自分ではなくなる気がした。仮に自分が賢者に転生すれば唐突に頭が良くなり、なんでも魔法で解決できるのかもしれないが、それは結局自分が賢者になったからではなく、賢者がそういうものだから、という職業という固定概念に定義されてしまっている。賢者だから賢者で、自分が自分ではないのだ。
そういう理由でエクスカリバーのような無双型の選択は諦めた。
一方で錆びた剣などの不遇型の選択も諦めた。
不遇型は特定の道具を入手したときに無双型と肩を並べる能力を授かるという型だった。
それも一瞬ありかと思ったが、プレイ中に錆びた剣の冒剣者をふたり手に入れたときに、不遇型を使うのを一瞬でやめた。
二本の錆びた剣、そのうち不遇から脱出できるのは神々の砥石を使ったどちらか一方だけ。
どちらかの錆びた剣はずっと錆びた剣のままだ。不遇からは抜け出せない。
不遇職が主人公“だけ”だったらきっと伝説の武器やら神の目やらを手に入れて不遇を抜け出せるのだろう。
けれど不遇職も不遇型も、そう認知されているように、その職や型についている以上複数人存在している。その者たちはきっとずっと不遇と呼ばれ続けるのだろう。職業に差をつける発言で炎上した事例もあり、まるで主人公でなければその不遇からは抜け出せないと言われているようで、HUMA・Ntte117は不遇型を使うのをやめた。
自分が主人公の器ではない、と自覚していた。
そうしてHUMA・Ntte117はダガーを選択した。無課金でできるレア度SRまでしか排出されない無料10連籤で最初に当たった一本。
ダガーの冒剣者。レア度Rのなかでは能力は低め。初期技能はひとつ。
連撃率アップ。
冒剣において連撃とは同一ターン数で何回攻撃できるかを示す。
HUMA・Ntte117は能力の上昇とともにその技能の向上も努めた。通常のRPGなら技能の能力上昇には制限があるが、冒剣においては無限に向上できる。
今年で冒剣は五周年を迎える。その間、HUMA・Ntte117はダガーしか使ってこなかった。一日も休まず。
そうして手に入れたのが連撃率アップ+99だった。
努力型の努力の塊である。
能力値はレア度SSRと同等。
強すぎたがためにバグやチートの利用まで疑われたものの、公式の解析によって五年間の累積の結果という結論が出され、認められた努力型の実力者だった。
地味でもコツコツと。HUMA・Ntte117はそれだけは得意だった。だから努力型を選んだ。
とはいえ、もちろん課金して無双型を手に入れれば、同等の力を得ることは可能だった。
連撃率アップ+99は冒剣においてさほど強い能力ではない。
それでも終極魔窟においてその能力は絶大だった。
疾走師の走技のように繋技が続いていく。
一度シャアナからの共闘の申し出で攻擊を止めたが、それまでは実は攻擊を途切れさせていない判定になっている。連撃が続けば、その度に威力が増し止めなければ最後の一撃は強力なものになるだろう。
攻擊を止めようにも半魚人はその術は少ない。数の多さだけが追い詰める手段にも見えるがその数を持ってしてもその繋技が止まらないのだ。
「左手に熱。右手に乾。合わさりて炎。右足に熱。左足に乾。合わさりて炎」
その間にシャアナが唱えたのは二小節。
「【中炎】」
そのまま発動したのにはHUMA・Ntte117も驚いた。また長い詠唱が必要かと思ったのだ。
けれど、すぐにシャアナの言葉を思い出す。
――あと少しでボクのほうは条件が整う。
けれどまさかそれだけで? HUMA・Ntte117としては多少拍子抜けではあるが、
「さあ、燃えてきた。キミも防衛しなくていい。さあ、好き勝手暴れ回ろうよ」
シャアナの言葉が準備万端であると語る。これが合図なのだろう。
そう言ってシャアナは着ていた服を脱ぐ。
以前よりちょっとだけ大きくなった胸だけを包む胸当てと短裾丈。に目元だけを覆う仮面。それだけになり、
『gara.ges>おおっ!』
野暮だが下衆な声は飛ぶ。それを批判する冷ややかな声も同時に飛んでいた。
肌の露出が多くなってHUMA・Ntte117も目のやり場に困ってしまう。
シャアナは〈炎質〉だからか、炎属性魔法を使う度に体温が上昇してしまう。
だから使えば使うほどその熱さに我慢できなくなる。服を着ていると暑苦しくて鬱陶しい。
昔は鬱陶しさばかり目立つ体温上昇だったけれど、〈炎質〉専用の特典が選択できたことでその才覚だけでなく、その体質をも自分自身だと認めることができた。
「ボサッとしない。まだ共闘は継続中だよ」
マスク越しの微笑みは意図したものではないが、その可愛らしさにHUMA・Ntte117は思わず赤面。
PCも観客数も言わずがな増え始めていた。




