閉扉
「惜しい冒険者を失ったでござるな」
シッタの墓参りをしたコジロウが僕に告げる。
「そうだね。良いやつだった」
それでも感傷に浸り続けている暇はなかった。
シッタロスとか気軽に口に出す冒険者もいたけれど、そういう冒険者こそ次の日には何の感傷も浸らず日常に染まっていくのも早かった。
そういう冒険者は誰かが亡くなるたびに○○ロスとぼやくものだ。結婚したときにも○○ロスなんていう冒険者もいるらしいが数日すれば、別の独身冒険者に夢中になっている。
○○ロスはやがて玩具箱に入れっぱなしになるおもちゃやぬいぐるみと同じような気がした。
それがいいことなのか悪いことなのかわからない。
亡くなった人をずっと想い続けている人もいればだんだんと忘れていく人だっている。
シッタを失った悲しみとシッタから受けた前へ進めという言葉。
その言葉が胸中でぐちゃぐちゃになっていた。
「それでランク9の試練はどうするでござるか」
コジロウがクロスフェードの研究所から持ち帰った資料には断罪の黒園のことが書かれていた。
ジャックの手記にもあったけれど、黒騎士が相手になるようだった。
「もちろん拙者は挑めないであるが……、シッタ殿の遺言通りにするのであれば、前にすすむのでござろう」
「そうだけどさ、コジロウを待ったほうがいいのか。アリーとこのまま進めばいいのか……」
「拙者のことは気にせぬでよいでござる。決めるのはレシュ……お主でござる」
「いいの。なら僕は……」
***
「大変だよ。大変なんだよ」
秘密基地の扉が開いて飛び込んできたのは久しぶりの顔だった。
扉を開けたのは買い物袋を持ったアリーで、急いで開けたのか少し呆れ顔をしている。
秘密基地には数日前から僕たち三人しかいなかった。
ザワリちゃんとフィスレさんはシッタの家へと帰り、世話好きのネイレスさんたちがお世話をしている。
フィスレさんも冒険者を再開するとのことだからその辺もネイレスさんが手伝ってくれるのだろう。
静けさが勝る基地内に、まるで嵐のように飛び込んできたのは炎の紋様の衣装に身を包み、赤仮面をかぶった、熱き女冒険者シャアナだった。
「ディエゴのやつがさぁ! ボクが倒す前に、そのキングってやつに、えええと」
早口でまくしたてるように、要領の得ない説明がシャアナの口から飛び出していく。
「とりあえず落ち着こう」
「いや実はそうも言ってられないんだよ。実は休憩室からこっちに出れるのには制限時間があってさ……」
「分かった。分かったから」
アリーのほうを向くと「さっきからそんな感じよ」と呆れていた。
コジロウが気を効かせて水を手渡すとシャアナは一気に飲み干して、「お湯!」そう一言。
「お湯! お湯の方がいい」
〔炎質〕の才覚を持つシャアナは冷たいより温かいのほうがいいのかもしれない。
それでも一杯の水が落ち着きをもたらしたことには変わりがなかった。
***
「それでディエゴがそのキングに封印されて……終極迷宮がどうにかなったって言うんだね?」
「うん。ボクは見てないんだけど、ディエゴの仲間の……レストアって人がさ……そういうんだよ」
「なるほど。なんとなく分かった。別次元のキングだと思うけど……目的はなんなんだろう?」
「ボクには分かんない」
「さて、どうするでござるか」
「行ってみる、しかないんじゃない? 終極迷宮がどうなったかわからないけどならよりアルルカたちも心配、でしょ?」
実を言えばシッタの言葉を受けて僕はこのままアリーと一緒に断罪の黒園に挑もうと思っていた。
でもアリーの言葉にもあったようにアルルカやルルルカたちがどうなってしまったのかという心配もあった。
ディエゴが封印というのは予想外の出来事だけれど、実はどこかになんとかするんじゃないかと思ってしまっていた。
もしかしたら、それは僕らしくない考えだったのかもしれない。
「ねえ。レシュ、どうしたの?」
そう問われるぐらい、深く考えていた。
「いや……ごめん。行こう」
即決した。たぶんこれが僕なりの前に進むということだ。
ただ目の前の試練に突き進むのがシッタの言った前へ進めという言葉じゃない。
僕らしく進めなければきっとシッタは怒るだろう。
「善は急げじゃあないけど、実は時間がないんだ。休憩室の特徴かなんかしらないけど、三日で、こっちとの行き来ができなくなっちゃう」
「できなくなるとどうなるでござるか?」
「うーんと、今終極迷宮には入り口から入れないんだよ。これは試したから確認済み。だからそのキングって人が作った場所に行く方法は今、休憩室のもうひとつの入り口からしかない」
「けど、三日もあるんでしょ?」
「うん。でもボクがこっちに来てから今日で三日目だから」
「…………」
「はあ」
ため息をついたのはアリーだった。でも「いっつも急よね」と言いながら嬉しそうだった。僕の元気が戻ってきたからだろうか。
「ほら行くわよ」
アリーに促されて手を握る。
今まで重い腰だったのに、妙に今日は軽かった。
***
「キミがレストアさん?」
「あなたがレシュリーさん?」
お互いが顔を合わせて、予想外だったのか驚きの表情をしたのもつかの間、
「実は来てもらったのは良いのですが、だいぶ困ったことになってます」
レストアが一言告げる。ちなみに休憩室へはギリギリ到着していた。
時間の感覚がないからか、レストアが時間がぎりぎりだったことには追及してこなかった。
もちろん、その困ったことに時間を費やしてそんなどころではなかったのかもしれない。
「色々聞きたいことがあったんだけど……その困ったことって?」
「実はここが、キングが言う終極魔窟の入り口なんだけど、――開かなくなった」
「えっ? どうすんの?」
シャアナが大きく声を荒げる。
――同時だった。
休憩室に亀裂が入り、「ヒーッヒッヒヒ。おーやおーや、ここはどーこでーすかぁ?」
ジョーカーが入ってくる。
ドゥドドゥドゥ・ジョーカー。キングの仲間で最悪の改造を作り出した冒険者。
悪い予感しかしない。
武器を取り出して、一気に臨戦態勢。
「待つの! レシュリー」
後ろから出てきたのはルルルカだった。〈3rd〉と表示されている文字で間違いなく僕たちが終極迷宮で出会ったルルルカだった。
「どういうこと?」
思考が追いつかない。
「なんと言っていいか。この人はいい人なんです」
ルルルカと一緒に現れたアルルカがそう告げた。




