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tenth  作者: 大友 鎬
第11章 戻れない過去
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終極魔窟・序編-9 鼠捕(番外編①)

 エンドレシアスの地下には整備されている下水道がある。

 そこにはひとりの冒険者が住み着いていた。

「チュチュチュチュ」

 走り回るネズミを慣れた手つきで捕まえて絞め殺し、【収納】していく。

 それがここに住むタミ・ミネタの貴重なタンパク源だった。


 ***


「またあいつだ」

 タミの体からは悪臭が漂っていた。整備された下水道とはいえ、下水道。

 あらゆる汚物が流れ着いた先に住んでいれば、自然と臭いが染みつくのは当たり前と言えた。

「ああ、臭い臭い」

 わざと聞こえるように冒険者たちは言うが、耳が元々悪かったタミに小言は通用しない。

 酒場にある下水道掃除の依頼を受けてタミはまた下水道へと戻っていく。

 下水道掃除の依頼は難易度は簡単だが汚い、安い、長い、で圧倒的不人気の依頼だった。

「いつもありがとうございます」

 臭いが嫌でも嫌な顔ひとつせず、受付の少女ラィカがお礼を述べる。下水道掃除は実は街の生命線だがあまり知られていない。

 その大変さと重要さを理解しているからこそ、ラィカは多少の臭いも我慢していた。

「おい、この道は通るなって言っただろ」

 タミが酒場から帰る道中だった。タミの脛を軽く蹴ってあっちへ行けと手で合図を送るのは風呂屋の客引きの男だった。

 タミは以前まで臭いを消すために風呂屋に通っていたが、あまりの臭いと汚れにタミが入った浴槽はお湯ごと入れ替える必要がある上に脱衣場には臭いがたまり苦情が入るのが常だった。

 業をにやした風呂屋の主人はタミを出禁にした。それからタミは近くの海で水浴びをしていたが、下水道掃除のために下水に入ることも多く、臭いは決して取れることはなかった。

 風呂屋の客引きもタミが風呂屋の前の道にいると客入りが減ってしまうため、主人に通らせないように言われていたのだ。

「さっさと去れ、去れ」

 客引きの看板で叩かれ、態勢を崩して通行人にぶつかる。

「やめてよ、汚い」

 押し返されて、地面に転がる。

「ししし」

 タミはそれでも笑っていた。気持ち悪い笑顔に通行人のほうがドン引きして嫌悪感丸出して去っていく。

 けれどタミは人々の嫌悪感にも鈍感だった。

 自分が鈍いから悪いのだといつもにへらと笑っていた。

 少し湿った服にこびりついた土は振り払いもしない。

「あんなやついた?」

「風呂屋出禁になった冒険者だよ。宿屋のおじさんに部屋が臭いって告げ口したのもDDじゃなかった?」

「覚えてないね。しししし」

「何、その笑い方?」

「あいつの真似~。ししし、ししし」

「似てるのかわかんなーい」

 そのからかいもタミには届いているのか傍目から見ても分からなかった。


 ***


「客はお前さんだけじゃないんだ。身だしなみはともかく臭いは抑えてくれよ」

 屋台の主人は鼻を摘みながらりんごを放り投げる。

 主人は自分の親切心を後悔していた。誰もが臭いや汚さで取引を敬遠する中、儲かるかもしれないという皮算用と可哀そうという親切心でタミと取引を開始したが、日に日に臭いはきつくなり、そのせいで常連客も寄りつかなくなった。

「今日で取引は中止だ」

 いよいよとうとう屋台の主人は言い放った。言っている意味が分からない、というような顔をタミはしていた。

「本来、このりんごは二個からしか売らないんだ。あんたには特別に一個だけ売っていたが、そのサービスも今日でおしまいってことだ。それとも二個買える余裕でもあるのか?」

 タミは「ししし」と笑ってりんごを買わずに市場を去っていく。

「悪いことしてしまったかな……」

「いや、あいつが来るってだけで客が減ってたし、それにあいつネズミとか食べてるらしい」

 サバイバル時は当たり前かもしれないが、普段街で暮らす人々にとってはそれが異常に見える。

「ネズミって……ということは下水道にあいつは住んでるのか?」

「それってちょっと気持ち悪くない?」

 その話を聞いていた誰かが言っていた。

 誰が言ったのか、誰も探ろうとしなかったが、それがきっかけとなって追い出すべきではないか、という議論に発展してしまっていた。

「DD、どうしたのそのお金?」

「楽な仕事を見つけたんだ」

「えー、どういうの?」

「下水道にいる冒険者を見つけるってやつ。洗濯代、風呂代も込みで昼飯代楽々でゲットってね」

「その冒険者ってあの“ししし”?」

「そ。まあ今日は奢ってやるよ」

「ラッキー」

 DDと呼ばれる冒険者が受けた依頼によってタミの居場所は特定されていた。


  

 ***


 追い出しの依頼を受けた冒険者やそれを見守るエンドレシアスの人々たちの前で煙が下水道へと入っていく。

 タミの居場所は通称DDによって特定されていたが、その場所へと冒険者たちは向かおうとはしなかった。

 場所が分かっているのなら、あぶり出す方が手っ取り早い。

 タミが寝ているであろう場所に向かって【狼煙炎(ファイアスモーク)】を炊いていく。

「ししし」

 タミは笑いながら下水道の出入り口から入ってきた煙で目をやられながらも、背を低くして、出入り口へと向かっていく。

 笑いながら煙を吸って咳をして、涙を零しながら這いつくばって、煙がない通路を見かけた。

 冷静に考えれば不自然だった。罠だった。

 それでもタミは煙立つ下水道から逃げたい一心でその通路を取って出入り口へと向かう。

 光が差したとき、同時に【捕縛(レストリツィオーネ)(クラウド)】がタミを捕らえた。

「ししし」

 足をばたばたさせながらタミは笑っていた。

「なんで笑ってられるんだ?」

 町人にはそれがひどく不気味に思えた。「で、えーと……タミだっけ?」

 捕まえた冒険者が問いかける。「なんかお前にエンドレシアスの下水道から出ていってほしいらしい。立ち去ってくれれば何もせずにすぐに解放する」

 ししし、とタミは笑って「それが要望ならオイラはすぐ出ていくでしゅ」即答した。

 嫌悪感に鈍感なタミはそれがエンドレシアスの人々の要望だと認識していた。

 もう来るな、と言われればタミはそれに従う。

 出てけ、と言うのならタミはそれに従う。

 どんな感情で言われても同じだった。

 【捕縛(レストリツィオーネ)(クラウド)】の手のような白い雲から開放されたタミは、煙に染みる目をこすって、薄汚い服のまま、悪臭を漂わせて歩き始める。

 ようやくいなくなってくれる、安堵にも似た息が見学者から人知れずこぼれた。

 そんなタミを引き留めようと前に出たものがいた。受付の少女ラィカだった。

 タミはラィカの名前を知らない。ただ、いつもお礼を言ってくれる、そんな印象だけを持っていた。

 余計なことを言うなよ、と同調圧力のような視線がラィカへと飛ぶ。その視線が恐ろしくてラィカは押し黙ってしまった。

 その横をタミは通り過ぎてエンドレシアスから姿を消した。


 ***


「今日も風呂屋お休みらしいよ、DD」

「もはやエンドレシアスから拠点移したほうがいいかもなあ」

 タミの居場所を特定した通称DDがぼやく。

 風呂屋は頭を抱えていた。

「あいつが消えてからだ」

 その原因が分かって、風呂屋は取り返しのつかないことをしたと後悔したがもう遅かった。

 受付のラィカがなぜタミを引き留めようとしたのか理由がわかった。

 そのラィカもエンドレシアスから異動してしまった。こうなると予測していたからこそエンドレシアスを離れたのかもしれない。

 風呂屋は下水道から漂ってくるネズミの臭いに悩まされていた。

「またネズミだ!」

 一方で屋台の主人も苛つきながらかじられたりんごを地面に投げつける。

 エンドレシアスの市場ではここ最近ネズミが多く出現し、被害に遭っていた。

 下水道掃除は報酬が上がることもなく汚い臭いがつきもののせいか、引き受ける冒険者も少なく、引き受けても最低限の仕事しかしない。

 タミは居住としていただけあって、依頼を受けた後、細部に至るまで丁寧な仕事をしていたのだろう。

 被害に遭ってようやくタミがどんな仕事を請け負い、どれほどの縁の下の力持ちだったかをエンドレシアスの人々は痛感した。

 タミの捜索依頼も出されたがまるで最初からいなかったかのようにタミの姿は消えてしまっていた。

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