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tenth  作者: 大友 鎬
第11章 戻れない過去
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悪戯聖域編-19 親友

「いつまで寝てるのよ、三人とも」

 頭の衝撃のともに僕は慌てて目を覚ます。どうやらソファーで眠っていたらしい。隣にはまだ寝たままのアルとシッタがいて、フィスレさんがいる寝室からは産声が聞こえていた。

「もしかして産まれた?」

「やべえ、俺としたことが」

 僕よりも少し目覚めが遅かったシッタが産声を目覚まし時計に起き上がり、寝室へと駆け込む。

「色々買い出しして疲れてましたから」

 アルがシッタが誕生を見逃してしまったのも無理はないと言わんばかりにそう言い訳した。

 周囲を見渡せば赤子に必要な道具がそこかしこに、所狭しと置いてあった。

「まだ足りないものがあるとか言って手の空いた人が買い出しに行っています」

 起きたばかりなのでアルは眠たげに欠伸をする。

 これだけの量を産まれる前に揃えたのなら上出来だと思うけれど父親のシッタとしては物足りないのだろう。

「何ぼさっとしてやがる」

 シッタがにやけた顔で寝室から僕たちを呼んだ。「めっちゃやべえぞ。女の子だ」

 急かされるように背中を押されて寝室に入ると赤子を抱いたフィスレの姿があった。

 嬉しげに抱えるその表情は母親そのものだった。

 応援として呼んでいたネイレスさん、メレイナ、セリージュは忙しなく動きながらも、赤子の姿に頬を緩めていた。

「かわいい……」

 とボソッとつぶやいたのはアリーだった。目敏く僕が視線を送ると脇を思いっきり肘で突かれた。

「かわいいものはかわいいのよ」

 もう一度ぼそと呟いてフィスレさんが抱える赤子を見つめてにやけていた。

 僕の表情も同じだ。

「さあ、もう見学はおしまい。赤ちゃんの寝場所を作るから男どもは出てく」

 ネイレスさんに押し出されるように寝室から追い出されて、再びソファーへと戻っていく。

「肩身が狭いですね」

 アルが笑い、「買い出しの手伝いに行ってきますね」と外へと出ていく。

 もしかしたらシッタと僕の話す時間を作ってくれたのかもしれなかった。

「ありがとな」

「何、急に?」

「お前は前に進めよ。何があっても。俺は停滞する」

「停滞って……」

「子どももできたし無理はできないだろ。お前と足並みを揃えることは難しくなると思う。追いつくように、追いつくように頑張ってきたけれど、これからはきっとフィスレと産まれてきた娘を優先する。だから停滞なんだ」

 舌なめずりして饒舌に神妙にシッタは語っていた。

「それは停滞なのかな……。それは言い方が変というか、やな言い方だよ。シッタはこれからも前に進めていけるよ」

「ありがとな」

 シッタは笑顔だったけれどどこか悲しげだった。

「僕は、キミにはずっと言ってなかったけど、親友だと思ってる」

「なんだそれ……面と向かっていうことかよ」

 シッタは爆笑してけれど照れている様子がまじまじと伝わった。

「これからだって僕は頼るときはキミを頼るよ」

「……」

 シッタはしばらく何も言わなかった。

「俺もさ、お前を親友だって思ってる」

 やがて口を開いて舌なめずりして僕がさっき告げた言葉を告げる。

 確かにこれは言ったほうが恥ずかしい。

「くっ……ハハ」

 我慢していたけれど笑いがこみ上げる。

「だろ、笑うだろ」

 ふたりして爆笑していた。

「お前は進めよ。絶対に進め。前へ進め。これからも。今までそうしてきたように」

 やがてシッタは強くそう告げた。


「戻ったじゃんよ」

 そうして買い出しに行っていた仲間たちが戻ってくる。

 最初にアルが手の空いた誰かが買い出しに行っていると行っていたけれど、それはジネーゼのようだった。

 アルとジネーゼが買い出しの袋を持って入ってきたのを見て、随分と前に仲直りしたけれど、こうして今も仲良くなっている姿を見て安心する。

 次に入ってきたのは……


「えっ?」


 そうして僕は気づいてしまう。


「何? そんな変な顔して?」

「まるでおばけを見たような顔でござる」

「やっぱり買い出しに行くべきじゃなかった! アルの話じゃ産まれたみたいですよ」

「落ち着け、アネク。お前の子じゃない」

「街の途中でばったり出会って聞いたの! 赤ちゃんみたいの!」

「姉さん、落ち着いてください」


 続く仲間たちを見て、僕は泣きそうになっていた。

 アルルカは終極迷宮にいるし、コジロウは後始末にでかけていた。 

 もちろん、ふたりは戻ってきている、と言われれば納得はできる。

 けれどこの次元のリーネに、アーネック、ディオレスとルルルカは死んでいるのだ。

 僕が蘇生できず見送った仲間さえもいる。


「ああ」


 覚めないでくれ、と僕は祈った。


「……行かないで」

 

 背景が白く変わっていく。


 輝く光点へと向かって、シッタがかつての仲間たちとともに進んでいく。


「行くな!」


 自然と涙がこぼれた。 


「進めよ。前に!」


 応えるように振り返って代名詞のように舌なめずりしてから

 

 にかっと笑うと


 後は頼んだ、と手だけを上げて


 シッタは背を向けて僕から離れていく。


 そうして輝く光点が消え、周囲が暗く染まっていく。


 終わる。


 終わっていく。


 僕が望んだ、幸せな夢が。


***


 目が覚めて、僕の目からはすすっと涙がこぼれた。

 「親友、だったんだ」

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