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tenth  作者: 大友 鎬
第11章 戻れない過去
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悪戯聖域編-15 自業 (九本指③)

 絶望の中でも仲間が生きていてくれたことに感謝を述べたセヴテンは松明を片手に歩いていく。

 神経を尖らせて、周囲を何度も何度も見回す。

 本当はケガをしているキーバスをシリヴとともに支えたかったが、そうするとロクテンの手先に襲われた際に後手に回る可能性があると考えて、セヴテンだけは身軽だった。

 もう手下はいないのか、セヴテンたちが歩いていると光が見えてくる。

「出口だ」

 途端にセヴテンの表情は明るくなり、つられてキーバスもシリヴも笑顔になった。

 出口という希望の象徴に影を落とすかのように、そこには底意地の悪い障壁が立っていた。

 ロクテンだった。

「随分と減ったな」

「これがやりたかったことか」

「そうさ。これがぼくさんのやりたかったことだ」

 短鎌〔裏切りのゲドロ〕の切っ先をべろりと舐めて行く手を阻む。

 けれどロクテン自体が動こうとはしていなかった。

 バンっ、と衝撃。

 何かがセヴテンへとぶつかる。ぶつかった何かへと視線を送るとそこにはシリヴの首があった。

「はっ?」

 理解が追いつかなかった。

 視線をずらすとキーバスは首のないキリヴの首元を握り、あたかも先程首を切り飛ばしたかのように血で濡れていた。

 顔は愉悦で歪んでいる。

「お前さんは……、キーバスじゃない……?」

「あ、今気づいたのぉおおおお?」

 面白いと言わんばかりの表情で、セヴテンを舌から覗き込むように近づけてキーバスだった冒険者は言う。【変装】すればキーバスに化けることは可能だ。それでも性格や仕草は真似できない。

 本性を見せたこの男は人の嫌がることが大好きのように見える。だからセヴテンに見破られないように上手に物真似していたのだろう。

「いつから、いつからキーバスだった?」

「最初からだよぉおお?」

 キーバスに化けた冒険者――ジグザァは言った。

「ぼくさんは知ってるんだよ。セヴテン、お前さんが仲間思いだって。だったら仲間をひとり捕まえて化けて、その近くに罠を仕掛ければ簡単に罠にはまる。結果は身にしみてわかってるだろ?」

洞窟に落ちる罠はキーバスの周りに罠が仕掛けられていたのではなく、キーバス自体も罠だったのだ。

「キーバスは! キーバスはどうした?」

「殺したよぉおおおおおおお! じっくり観察してからあっさりと、さっくりとねえ?」

 覗き込むように顔を近づけ、おちょくるように喋るのは目の前の相手を侮辱したいからだろう。

「しくじり……ました」

 ジグザァの顔のまま、キーバスの声で、キーバスの泣き真似をしてセヴテンに見せつける。

 巧妙な罠によってセヴテンは仲間をすべて失っていた。

 言葉にならず涙は止まらない。

 セヴテンの首を刈らんばかりに短鎌の刃が首へとかけられる。

「どうだ? これがぼくさんの遺産まで奪った罰だ」

「何もわかってない」

「何が、だ」

(ちち)さんの遺産は平等だった」

「嘘だ。お前のほうが多い」

「おれさんが増えたんじゃない、お前さんの分はずっとずっと引かれていたんだ」

「ん、あ?」

 理解ができない、というような声をロクテンは出す。

「お前さんが引きこもってる間にかかった生活費それは全部、(ちち)さんが残す予定だった遺産から天引きされていた」

 衝撃の事実だった。

 ロクテンはセヴテンがもらった遺産のほうが多い、それは自分の遺産を奪ったからだと思っていた。

 けれど違った。

 思えばワンテンという父親はそういうことをする性格だった。

 それこそ平等なのだろう。残った遺産を等分にして渡すのではなく、渡す予定の遺産を生前から平等に管理しておくというのが。

 親に寄生し生きていくなら、その分に使用されたお金は渡す予定の遺産から引かれていく。

 親の手を借りず生きていくなら、渡す予定の遺産はそのまま渡される。

 ロクテンは遺産を受け取る段階ですでにセヴテンの十分の一まで減っていたのだ。

「そんなのは知らない」

「遺産を渡されたとき、一緒に渡された手紙に書いてあった」

「そんなのは知らない」

「ただ読んでないだけだ」

 セヴテンは薄々ロクテンが勘違いして八つ当たりしていると気づいてしまっていた。

 けれどそれすらも伝えたくもなかった。嫌いだから。

 いつの間にか落ちこぼれたロクテンが嫌いだから。

 嫌いでもきちんと説明すれば仲間を失わなかったかもしれない。

「ハッテンが悪い、ハッテンが……」

 ロクテンの脳裏にハッテンを殺したときの感触が蘇る。意志がない、とハッテンに言われたことは覚えている。罪を犯したハッテンを殺した。いや罪をなすりつけようとしてハッテンを殺した。どちらだったか。人の言葉に流されるように、言われるがままに従ったことから、ハッテンに意志がないと言われたのだったか。言われたことは覚えているのに、なんで言われたかは覚えてない。

 罪を犯したのはロクテンだったか、ハッテンだったか。裏切ったのはロクテンだったか、ハッテンだったか。罪をなすりつようとして殺したのか、罰を与えようとして殺したのか。

 理由も動機も忘れたのに、結果だけは覚えている。

 ハッテンを殺した感触とハッテンに言われた言葉が脳裏にこびりつき忘却できずに、引きこもっていた。

「ハッテンが……悪かった、のか?」

 ロクテンの首が突然かっ切れて、流血する。見ればジグザァも気づけば死んでいる。

「おれさんは愚かだったよ」

 セヴテンはきっちりと反省する。

 ロクテンの短鎌〔裏切りのゲドロ〕を奪い、一瞬でジグザァとロクテンをセヴテンは殺していた。

「きちんと伝えるべきだった」

 死にゆく兄の目を久しぶりにきっちりと見て、「ロクテン(あに)さん」兄の名前を呼び、はっきりと伝える。

「おれさんは今のあんたは大嫌いだ」

 セヴテンは泣いていた。

「はっきり伝えないから、みんな失った」

 洞窟から脱出したセヴテンの後ろには誰もいなかった。支えてくれた仲間も、命を狙う敵も、大嫌いな兄も、何もかもを失ってセヴテンは生還する。

 それでも生きなければならない。酷な現実に立ち向かうようにセヴテンは独り歩いていく。

 妙に背中は寂しいのに、足取りはなぜか不思議と軽く、苦しいものを吐き出したかのように息苦しさはなかった。

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