悪戯聖域編-9 七天 (九本指①)
その男はセブテン・ゴーが[十本指]に選ばれているという記事が書かれた情報紙をぐしゃぐしゃに握りつぶして、スクィード臭い白薄紙ばかりが入ったゴミ箱へとその紙を投げ捨てた。
お前も同類のくせに、と恨みを込めた投擲は、お前とは違うと言わんばかりにゴミ箱からこぼれ落ちる。
「くそがっ!」
無精髭だけが別人だと認識させるぐらいにセヴテンとよく似た顔を歪めて、その紙を蹴り飛ばす。
勢い余って足を寝台にぶつけて痛みにわめき、その痛みさえもセヴテンのせいだと喚き散らして、
「くそったれが!」
もう一度悪態をつく。
すべてセブテンのせいだ、きっとそうに違いない。
薄暗い部屋の窓布から、光る世界を覗く瞳は憎悪で薄汚れていた。
***
セヴテンは追い詰められていた。
「コーバス、ゼダン、シリヴ、ケネン、キーバス、おれさんから離れるな」
「セヴテン、キーバスがいない」
「くそ。引き返すぞ」
「けど、もたもたしてたら囲まれちまうっす」
「だからって見捨てられない。おれさんたちはみんなが仲間だ」
コーバス、ゼダン、シリヴ、ケネン、キーバス、セヴテンは全員が仲間だった。
DLCを購入して強くなった仲間。
第ⅶ世代と雑に呼ばれ、呼び方が流行すれば、ちょっとDLCを齧った冒険者たちも自分たちもそうです、と便乗した。便乗した冒険者のその後は知らない。
それでもそう呼ばれた第ⅶ世代の彼らは、その看板を背負ったままがっつりと生きていた。
けれどDLCを使って強くなることに引け目はないし、むしろ効率的に強くなった自分たちに誇りさえあるのだ。
セヴテンが[十本指]に選出されたのはその証左でもある。
「いたっす!」
引き返したセヴテンたちが見たのは足を矢で射抜かれて動けないキーバスの姿だった。
「おいおい、やばいんじゃないのか」
「しくじり……ました。おれを見捨てて……逃げてください」
キーバスは泣いていた。射抜かれて倒れた瞬間から自分がお荷物になってしまうと自覚し、涙が止まらなかったのだ。
しかもどこかろれつが回らない。麻痺している感覚があった。
「おれさんは見捨てない。絶対に誰も見捨てはしない」
心温まるような言葉がセヴテンの口からこぼれ出る。嘘偽りない言葉だとキーバスも信じて疑わない。
いくつもの苦境をセヴテンは誰も見捨てずに乗り越えてきた。
「嘘をつくなよ」
醜い声が木霊する。聞き覚えのある、忘れるはずのない声だった。
見渡せばセブテンたちの周囲を冒険者たちが取り囲んでいた。
キーバスの身動きが取れなくなった時点で、セヴテンの性格を知っていれば罠を張るのは容易だった。
「ぼくさんは見捨てたじゃねえかよお?」
そんなことを言う男へとセヴテンは吐き捨てる。
「クソアニキが」
セヴテンの顔もまるで親の敵を見るかのように歪んでいた。怒りが抑えきれなかった。
「ぼくさん見捨てて、勝手にぼくさんの親の遺産まで使い込んで、それで[十本指]になった? ふざけるものいい加減にしろよお?」
セヴテンが転落人生を歩んだらこんな風貌になるのだと体現したセヴテンの兄、ロクテンが怒鳴り散らす。
ロクテンとセヴテンはイヴテンとワンテンの間に生まれた六人兄弟だった。
ワンテンはいち冒険者ながら莫大な富を築き貴族の仲間入りした、界隈で見れば有名な冒険者だった。
その彼がイヴテンとの間に設けた六人兄弟の四男と五男がロクテンとセヴテンだった。
長男、次男、三男、六男全員が冒険者だが死別、イブテンが病死し、続くようにワンテンが死んだとき、遺産はロクテンとセヴテンが本来なら半々になるはずだった。
けれどロクテンの手に舞い込んできた臨時収入という名の遺産は、ロクテンが思っていた金額の十分の一でしかなかった。
そして残りの十分の九はどういうことかセヴテンの手に渡り、それはセヴテンら第ⅶ世代の仲間たちのDLC代へと消えていた。
だからロクテンは怒りに燃えていた。復讐に燃えていた。
冒険者の道が閉ざされた人の目が途端に怖くなったロクテンと対象的に、[十本指]となり、冒険者としての未来も明るく、これから注目されていくであろうセヴテンが憎かった。
その道程に自分に渡るはずだった遺産が使われているのはなおのこと許さないのだ。
「お前も転落しろよぉ?」
ロクテンが不気味に笑い、動けないキーバスを中心に地盤が緩んでいく。
そこにはロクテンに雇われた改造者に掘らせた落とし穴が存在していた。
ロクテンの合図で仕掛けが発動し、そしてセヴテンたちは落ちていく。
底の知れない深淵に。
「じゃあ、計画通りに」
ロクテンは底意地の悪い顔をして金で雇った仲間たちへと計画を実行に移す。
ロクテンが金で雇った冒険者の中には第ⅶ世代を嫌う者たちも含まれていた。
***
「ここは? 全員無事か?」
松明を取り出して、セヴテンは周囲を確認する。
シリヴがとっさに【緩和膜】を展開したことで、転落死は防げていた。
「ここからどうするっす?」
「進むしかないだろ、そうだろリーダー」
「ああ。クソアニキの八つ当たりに巻き込んですまない」
「そういえば、あの人の遺産を横領したとかなんとか……本当なんですか?」
「あれは嘘だ。おれさんが受け取った遺産は正当だった。ただ、あいつに本当のことを言わなかったのは事実だ。話し合うのを避けていた」
「あの人……お兄さん、嫌いなんっすか?」
そもそも兄がいた、ということすら他の仲間たちは知らなかった。
「嫌いだよ」
はっきりとセヴテンは言った。「あいつは嫌いだ」
セヴテンは兄ロクテンをあいつと呼び、決して名前では呼ばなかった。
もう触れないでおこう、と仲間たちは目と目だけで通じ合った。
「行こう。何があるか分からないが、進むしかない」




