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tenth  作者: 大友 鎬
第11章 戻れない過去
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悪戯聖域編-5 縁下

「朝かいっ!」

 と突っ込んだのは連絡を受けたシッタだった。

 深夜に帰ってフィスレに叱責され、土下座に近いぐらい謝って、それでも連絡があるかもと徹夜して連絡を待っていた。

 朝指定した宅配物が、朝と呼べるギリギリの範囲で届いたぐらいの心境だった。

 ウイエアとしては配慮したつもりだったが深夜に会議が終わることをシッタに伝えていたのが逆効果だった。

 眠れぬ夜を過ごすかもしれないと相談事ついでに酒を飲まないレシュリーを突き合わせて酒場で駄弁り、夜更けまで待っていたにも関わらず、結局連絡が朝だったのだ。

 まだかな、まだかな、とソワソワソワソワと待ちきれなかった時間はいったいなんだったのか。

 連絡が来ないことにも苛立ちつつ、会議がもしかしたら難航しているのかもしれないとそんな推測まで自分に恥ずかしさまでこみ上げてくる。

 恥ずかしさやら苛立ちやら期待感やら、一人で十人十色のような感情をぶつけるかのようにシッタはわざわざ会いに来てくれたウイエアに突っ込んでいた。

 会心のツッコミである。

「ということで二本指おめでとう」

「……」

「……?」

「……」

「……どうしたっぺか?」

「マジか」

「大マジっぺ」

「正気か。沙汰か」

「驚きのあまりテキトーになってるっぺ」

「ってことはマジなんだな」

「何度も言ってるっぺ」

「口をパクパクさせすぎである」

 シッタの動揺ぶりにイロスエーサも苦笑していた。

「一応伝えたッペ。これから本社に戻って発表の準備をする必要があるので先に戻るっぺ」

「お、おう」

 まだ余韻のようにシッタは頷いた。 

 しばらくして玄関からフィスレのいる部屋に戻ると

「どうしたんだ?」

 寝台にいるフィスレが問いかけると、

「ウッホホイウッホホイ、ウッホホイホーイ!」

 まるで子どものようにシッタは飛び跳ねていた。

「うるさい。埃が飛ぶから静かに」

「すまん。だが、ついに俺の時代が来た。俺は二本指なったZE」

「そ、そうか。二本指! それはすごいな」

「待ってろ。もっと格の違いを見せてやるから。生まれてくる子どものためにも」

「はしゃぐな。もう十分だから。あとはどうか無理をしないで」

「それはこっちのセリフだ」

 互いを心配しつつもシッタはにやけ顔が止まらなかった。


ニ本指 舌の速達者 シッタ・ナメズリー


***


「いよいよか」

 男の正面には難敵と呼ばれる魔物が横たわっていた。

 彼がひとりでその魔物を倒していた。

 彼は人知れず難敵や強敵を倒してきた狩士であった。

 レシュリー・ライヴという男が大きな事件にでくわしても彼の姿がなかったのは彼もまた同時期、または加勢に行こうとした瞬間に彼もまた大きな事件へと立ち向かっていた。

 世界には魔物が多すぎる。封印された魔物の他に狩場は不定期だが定期的に魔物が大量発生し、そのせいで狩場が不安定になり時として強敵や難敵を生み出す。

 強敵はかなり強い魔物で、ランクが低ければ太刀打ちができない。

 難敵は強さはそこそこでも倒す手順などを見つけなければ攻略が不可能な魔物だ。

 どちらも生半可な冒険者では太刀打ちできない。

 強敵に難敵、そして大量発生、これらは発生した時点で酒場に緊急依頼として張り出され、いち早くの対応が求めらる。

 その八割を担っているのがクルシェーダ・ジェード、その人であった。

 まるで獅子のような、燃え盛る炎のような髪型。先端のみが白くあとは赤い、とにかく目立つような男だった。

 けれど知名度は皆無。

 難敵や強敵の緊急依頼を受けては颯爽と目的地へ向かい、さっさと依頼をこなして報酬をもらったら次の現場へ。

 あまりの速さにまるで幽霊が依頼をこなしているのではないか、と噂まであった。

 集配者のジュリオが見つけれたのは疫病まん延の禍中だった。

 おそらく出会えたのはクルシェーダが対峙していたのが難敵だったからだろう。


***


「なるほど。いよいよ理解した」

 クルシェーダの前には五体の人形が居た。ヒトガタという防具屋に置かれたマネキンのような魔物だった。

 ヒトガタは五体が連携して動く厄介な相手だった。

 難敵指定されており、クルシェーダよりも早く緊急依頼を受けた冒険者たちの死体がそこら中に散らばっていた。

 五体は様々な陣形で冒険者に襲いかかり、適切な行動を取らないと手痛い反撃を受ける仕組みだった。

 クルシェーダは二日がかりでその陣形を看破した。陣形は実に百にのぼり、五体のうち特定の一体が前に出る陣形だったとしてもその前に出る一体が違うだけで、適切な行動が違うという難易度だ。

 クルシェーダにしては珍しく攻略が難航した。すべての陣形を見る必要は当然ない。

 五体のうちの誰がどこにいるときにどう行動すればいいか、それを理解すればいい。

 けれど禍中に起こった依頼の賞金を多くの冒険者が狙っていた。

 そのせいで冒険者同士の妨害が加速していた。

 以前から妨害はあったが、禍中の不安がその妨害に拍車をかけたのだ。

 ヒトガタの動きを見ることに初めは注視していたクルシェーダだったが、その観察を妨害された。

 観察は難敵に対する必勝の攻略法であるとクルシェーダは自負していた。

 下手に攻撃を仕掛けることができず二日もの間、観察に徹していた。

 飲まず食わずである。

 そしてその鬼気迫る回避。周囲に散らばる死体を見て、噂が噂を呼び、ジェリオは偶然発見することができた。

 二日間の攻防はクルシェーダ以外の冒険者たちが全滅し、クルシェーダひとりになってから行われたものだった。

 クルシェーダの妨害後にやってきた冒険者は手出しが出来なかった。

 いや手出ししてはいけないと、クルシェーダと難敵ヒトガタから感じる闘気でひしひしと感じてしまっていた。

 不思議な空間だった。

 クルシェーダと五体のヒトガタの攻防。それを周囲で見守る冒険者たち。

 それだけでも少し滑稽なのに、クルシェーダもヒトガタも攻防と言いつつクルシェーダは手出しはしてない。

 ヒトガタが陣形を作りそれに対応した攻撃を繰り出すのに対し、クルシェーダは安全な場所を確認するのみに留め、追撃せず、次のヒトガタの陣形と攻撃を待っていた。

 他の冒険者だったら焦りもするかもしれない。けれどクルシェーダはそれを無感情にこなす。

 一方のヒトガタも意識はない。まるで誰に操られているように、そしてそう設定されているように陣形を作り、その陣形に対応した攻撃を繰り出していく。

 まるで機械対機械。どちらかが不具合を出した瞬間にやられると言っているような異様な空間。

 だからこそ周囲の冒険者も手出しはできなかった。ましてやクルシェーダの前に来た冒険者たちの死体がその末路を鏡のように映していた。

 時間を忘れるぐらいに周囲の冒険者たちはその戦いを見つめていた。

 腹の虫が鳴ってようやく夜になったと気づいた冒険者たちまでいる。

 それでもどうなるのか、目が離せなかった。

 目を離してはいけない。

 それこそ見逃してしまえば、明日酒場の肴でネタバレされてしまうような面白さがそこにはあった。

 そうして先の言葉が紡がれたのだ。

「なるほど。いよいよ理解した」

 周囲で見守る冒険者にも緊張が走った。その中のひとりにジェリオもいる。

 クルシェーダの言葉どおりになった。

 クルシェーダの象徴ともいえる篭手剣〔自浄のアーペーセル〕を右にはめていた。篭手剣(パタ)は扱いが難しいと言われている。

 篭手と一体になっているため手放すことが難しく、攻撃の失敗が致命傷になり得る可能性があった。

 そんな扱いの難しい武器を愛用していることこそがクルシェーダが歴戦の猛者だという証明でもあった。

 動き出す。

 中央のヒトガタを中心に斜めに並ぶ陣形。

「この場合は外側の二体が外側に闘気を宿した回し蹴り、中央のヒトガタが空中に扇状の光線。残る二体が前後に扇状の光線。けれど、わずかに隙がある」

 出が遅いと言うべきか。前後に放つ光線は回し蹴りと空中の光線よりもわずかに遅く、回し蹴りを避けたあとに左右のどちらかに避ければ十分に回避ができる。

「次はこうだ。もう読めてる」

 ヒトガタが一列に並び、左右交互に光線を放っていく。

「次は八割の確率で五角形。いよいよ見切った」

 クルシェーダの宣言通りヒトガタが五角形に並ぶ。

 否――四角形だった。

 それぞれの角にヒトガタがいた。一体足りない。

 すでにクルシェーダは一体のヒトガタを屠っていた。

 八割の確率で五角形の陣形になるとわかっていれば、その点に移動するヒトガタを狙うのは容易い。陣形が整わないとヒトガタは攻撃をしてこない。そして攻撃できる隙は五角形の陣形になる瞬間しかないと見切っていたのだ。

 

「人数が減ったらいよいよどうなる?」

 壊されたヒトガタがカタカタと動き出し、五角形の陣形が整う。

 本来はここから五体のヒトガタが回りながら光線を放つはずだった。

 その光線を避けるのはクルシェーダも至難の業だった。

 涼しい顔をして避けているように周囲の冒険者には見えたかもしれないが内心はどうにかなりそうなほどに神経を研ぎ澄ませていた。

 けれど壊したヒトガタは陣形の一部になれどその行動を取らなかった。

「いよいよ楽になった」

 五体の状態が一番攻略が厳しく、一体が倒されればあとは緩和されるという感じだろうか。

 クルシェーダの言葉通りだった。

 矛盾のように陣形が整っていながら陣形が崩された状態ではヒトガタの本領は発揮できない。

 総崩れだった。

 一体が倒されてからものの数分で戦闘が終わる。

「ふぅ」

 クルシェーダが一息ついたのもつかの間、歓声が湧き、周囲の冒険者が寄ってくる。

 それに興じる趣味はないと言わんばかりにクルシェーダはその場を去るが、ジェリオだけはその姿を追うことができた。

「――話がある」

 

 ***


 二日間の空腹に耐えかえたクルシェーダは食事をしながらジュリオの話を聞き、そして受諾した。


「いよいよか」


 それが今日だった。


「いよいよか。果たしてどうなるのか」


 クルシェーダはある意味で覚悟を決めていた。


 一本指 縁下の強者 クルシェーダ・ジェード

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